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臣下の礼

 王都リーザスに潜入した手口とは逆の手法で王都から脱出する俺とアリステア。

 王都からの脱出は潜入よりも簡単であった。


 潜入は敵に気取られない必要があるが、脱出時にはその必要性はない。


 行きがけの駄賃代わりに王都で暴れ回ってから帰還してもいいくらいだったが、それは自重すると、暗殺者のように王都の下町の細道を縫うように城壁へと向かった。


 城壁に近づくと《飛翔》の魔法で壁によじ登り、王都から脱出した。


 潜入したときは真っ暗で気が付かなかったが、城壁から見下ろすリーザスの街は荘厳であった。


 また空を見上げればどこまでも青い空が続いていた。


 景色を楽しむ余裕ができたわけだが、いつまでもこんなところに突っ立っているわけにもいかない。


 それにアリステアには悪いが、お姫さま抱っこという奴は疲れる。

 魔力を必要とする範疇ではなく、純粋に筋力を使うからだ。


「これは明日は筋肉痛になるな」アリステアには聞こえないようにそう漏らすと、俺は彼女を抱えたまま魔王様のもとへ帰還した。





 王都リーザス郊外に敷かれた魔王様の本陣、そこには魔王様が鎮座していた。


 彼女は俺が戻ってきたのを見るなり、

「大儀であった」

 と口にした。


 俺の成功を信じて疑っていなかったのだろう。

 国璽を見せる前に漏れ出た言葉である。

 俺は国璽を魔王様に献上する。

 直接、トリスタンにではなく、魔王様に渡したのは形式上の問題であった。

 国璽は魔王様の手によりトリスタンに渡されてこそ意味を成す。

 アリステアや俺が渡したのでは意味がなかった。

  


 魔王様自ら国璽を返還する。



 その行為は大きな意味を持つ。

 魔王軍とローザリアは対等な関係ではない、と内外に宣伝する意味にもなる。


 無論、アイヒスのようにトリスタンを傀儡にしたり、昔の魔王軍のように隷属下に置くような真似はしないが、それでもローザリアには従属的な位置に立って貰うつもりでいた。


 前世の世界でいえば、織田信長と徳川家康の関係といえばいいのだろうか。

 臣下ではあらず、だが対等な同盟関係ではない。

 それが魔王軍とローザリアにとってももっともベストな関係だと思われる。 

 そのことに異議を唱える人物は勿論いた。


 トリスタンの近習たちの何人かは激しく抗議したが、それでもトリスタン自ら彼らを説得したようだ。



「魔王軍には借りがある。余の命を救って貰ったし、その後、賓客として遇してくれた。或いは余の行動を後世の歴史家は臆病者、売国奴と罵るかもしれないが、余は魔王軍と共に歩み、この世界に平和と安寧をもたらしたいと思っている」



 トリスタン自ら反対者を説得して回ったそうだが、その甲斐があってか、従属同盟の件は問題なく成立した。


 魔王様は国璽をトリスタンに返すと、手の甲を少年王に突き出した。

 口づけを要求しているのだ。

 これは明確に序列を定める行為である。


 これに剣を授与する儀式が加われば完全に臣下となるのだが、剣の授与はなかった。


 近習たちはほっとした顔をしている。

 一方、横にいるアリステアは特に表情を変えなかった。

 忠誠心過多と思われる女性だが何を思っているのだろうか。

 尋ねてみる。


「アリステア殿はこの件、口惜しくないのですか?」


 単刀直入の質問だったが、彼女も単刀直入に答えてくれた。


「口惜しくないと言えば嘘になりますが、私はこれで良いと思っています」


 彼女はそこで一呼吸置くと続ける。


「私は、いえ、ロッテンマイヤー家は代々、王家に忠節を果たしてきましたが、王家の繁栄が永遠に続くとは夢想していません。私はローザリアの繁栄よりもローザリア王家の存続を願っています」


 そう言うと彼女は少年王に視線を向ける。

 その表情は年下の弟を見詰める姉のような慈愛に満ちた瞳だった。


「もしも、国璽の奪還がならず、魔王軍が負け、陛下の復位が成らなければ、私は陛下をお連れし、どこか別の国に亡命するつもりでした。陛下に一市民として大過なく過ごされて頂く、そんな未来図もあったのです」


「そういう運命もあり得たわけですな」


「ええ、ですが、それは回避できましたが、新たな問題ができました」


 アリステアはそう言うと、王都リーザスのある方向へ振り向く。


「国璽を手にしてしまったことにより、今から王都リーザスを攻めなければならなくなりました。宰相アイヒスとアインゴッド大将軍の性格を見る限り、国璽を奪われても投降してくることはないでしょう……」


 まさか、自分の生まれ育った故郷を攻める日がやってこようとは……。

 アリステアは嘆息する。

 落胆する彼女に語りかける。


「同士討ちがお嫌ならば白薔薇騎士団は戦闘に参加しない、という方針もとれますが」


 俺の提案にアリステアは首を横に振る。


「いえ、此度の一戦はローザリアの内戦でもあります。すべてを魔王軍に委ねてしまえば、それこそ後ろ指を指されましょう。それだけは避けたい」


 彼女は気丈に言い放つと、トリスタンのもとに向かい、こう宣言した。


 彼女は少年王の前で片膝をつくと、

「陛下、此度の一戦、我が白薔薇騎士団も参加させてください」

 と、申し出た。


 トリスタンもすぐにアリステアの覚悟を見抜くと、「うむ」と首を僅かに縦に振り、

「頼りにしているぞ」

 という言葉を添えていた。


 アリステアは「僥倖(ぎょうこう)です」と笑みを浮かべている。

 良い主従関係であった。

 前述したが、年齢差から年の離れた姉弟にも見える。

 微笑ましくも麗しい光景であるが、俺は彼女たちに近寄るととある提案をした。


「リーザスを攻めるのは今が好機ですが、その前に陛下にして貰いたいことがあります」


 俺がそう言うとトリスタンはこちらの方を振り向いた。


「なんだ? 余にできることならばなんでもするが」


「陛下にしかできないことですよ。国璽を取り戻し、陛下は正式のローザリアの王となられたのです。まずはそのことを内外に示して頂きたい」


 その言葉に、魔王様も賛同する。


「そうだな。今、地方で静観している貴族たちにまず手紙を送って貰おうか。正式な国王が貴殿であることを。もしもアイヒスに味方するのならば逆賊の汚名を負うことを明記して頂きたい」


「こちらに味方せよ、とまでは書かないでいいのですか?」


 少年王は素朴な疑問を投げかけてくる。


「それは不要でしょう」


 魔王様の代わりに俺が答える。


「ここで強行にアイヒスのように命令を下すのもありかもしれませんが、逆に柔軟に打って出た方が陛下の度量を示せる。それにそんな命令など付け加えなくても、世情を見る目があるのならば何も言わなくてもこちらの味方に付いてくれるでしょう」


「もしもそれでもアイヒスの味方をするようならば、戦後、改めて処罰すればよし。

中立を保つようならば腹に一物抱えている人物だ。注意するなり、後に粛正するなりすればいい。ここであえて命令を下すのは君主としての器量を下げるだけだろう」


 魔王様はそう結論づける。

 流石は織田信長だ。その手の権謀術数はすべて心得ているようだ。

 俺が言いたいことを全て補足してくれた。

 トリスタンも魔王様の凄みを理解したのだろうか。

 素直に命令に従う。


「それではさっそく諸侯に手紙を送ります」


 と、魔王様の本陣を離れ、自分の陣へと戻っていった。

 俺はそれを見届けると、次ぎに魔王様に視線を移した。


「さて、魔王様、これでリーザス攻略の準備はすべて整いましたが、城攻めはいつ行いましょうか?」


 アイヒスに付き従っている地方貴族たちのもとに手紙が届くのに掛かる日数は早くて数週間はかかるだろう。


 それを待ってから攻めるのが定石ではあったが、それをまたずに見切り発車をするという手もある。


 どちらにしろ、この状況下では諸王同盟が本格的に動いて来ない限り、負ける心配などなかったが、それでも魔王様は魔王軍の最高指揮官として魔王軍の被害を最小限にする義務があった。


 魔王と呼ばれている少女は、瞑想するように目を閉じると、考えを巡らせ始めた。

 黙ってそれを見詰めると彼女が決断するのを待った。


 俺は彼女がどのような決断をしてもそれに異を唱えるつもりなどなかったが、彼女が尋ねてきた言葉は意外なものだった。


 少女はゆっくりと瞳を開けると、こちらを見上げてくる。

 彼女は表情のない顔でこう言い放った。


「すべてはお前に委任しよう。好きにせい」


「俺が決めるのですか?」


「なんだ? 不服か?」


「――いえ、不服ではないですが、俺如きが決めて良い問題なのでしょうか?」


「うぬは魔王軍の第8軍団の軍団長だ。なにをそんなに謙遜する」


「俺はこの前軍団長になったばかりの青二才ですよ」


「前世が日本人の悪い癖だな。極度の謙遜という奴は。うぬは軍功を上げ、軍団長になったのだ。それとも余の情人にでもなって出世したと主張するのか」


「…………」


「違うのだろう。ならば胸を張れ。それに此度のリーザス攻略の下準備はすべてうぬがお膳立てしたのだ。ならば最後の締めもうぬが決める、道理にかなっているではないか」


 魔王様はそう宣言すると、

「この後に行われる軍議ではお前に参謀役を務めて貰う」

 そう言い切ると、本陣を離れるように命令した。


 彼女の命令に従い陣を離れようとするが、彼女は最後に俺の背中にこんな言葉をかけてくれた。


「ゼノビアとの交渉、見事であった。此度の潜入もだが。もしもうぬが余の配下でなければこうも上手くことが運んでいなかっただろう」


 いつもの冷徹な口調だが、どこか暖かみを感じるのは気のせいだろうか。


――気のせいなのかもしれないが、最近、少しだけ魔王様との距離が縮まったような気がする。


 無論、俺と魔王様はただの上司と部下だが、それでも多少でも気心を知り合えるというのは良いことであるはずだった。

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