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魔力を込めた蹴り

 俺はまず敵の魔術師の右側にいるゴーレムに《火球》の魔法を放った。


 木材に火、とは安直な発想であるが、古典的な手法とは古来より何度も用いられて効果を上げているから王道と評されるのだ。


 木材が燃えやすい、という事実は変わることはない。 

 俺の放った火球は見事にウッド・ゴーレムに命中する、

 ただし、そのまま燃え上がることはなかった。

 思わず舌打ちをしてしまう。



「っち、流石に防火処理くらいはしているか」



 あの複雑な術式は炎に対する耐性を上げるためのものだったようだ。


「無駄に複雑な模様というわけではないようだな」


 なかなかやる、と言うと敵の魔術師は、

「お褒めにあずかり恐縮だ」

 と、漏らし《火球》の魔法を放ってきた。


 無論、俺はタダの人間なので、炎だろうが雷だろうが、氷だろうが、なんら耐性は備えていなかった。


 喰らえば確実に大ダメージを喰らうだろう。


 ――喰らえば、の話であるが。


 俺は無詠唱で《障壁》を張ると、そのままウッド・ゴーレムの懐に飛込んだ。

 耐火性を施されているのならば、その術式を消し去ってから燃やせばいい。

 それが俺の策だった。

 俺は《竜巻(トルネード)》の魔法を放つ。


 俺の手のひらから放たれた螺旋状の渦は、風の刃となり、ウッド・ゴーレムの表皮を切り裂いた。


 これで耐火性は失われただろう。そう判断した俺は再び火球を放つ。

 案の定、ウッド・ゴーレムは面白いように燃え上がった。


 文字通り火だるまとなるが、それでも活動を止めないのは無機生物の悲しい性であった。


 炎に包まれながら俺に突進してくる。

 無論、無理心中などしたくはない。

 刹那の瞬間で《転移》の魔法を唱えると、それを颯爽とかわした。


 計算したわけではないが、炎の塊となったウッド・ゴーレムはその場で崩れ落ち、廊下を塞いでくれる形となった。


 これで増援がやってくるまで少し時間を稼げるかもしれない。

 計算外の出来事であるが、慢心はしない。

 即座にもう一体のゴーレムに注意を向ける。

 もう一体のゴーレムは泥で作られているようだ。


「これまた古典的なゴーレムだな」


 ゴーレムとは本来、泥で作られた人型の無機生物を指す。


 前世ではカバラの秘術の産物とされる空想上の魔法生物だが、この世界では魔術師から錬金術師まで、誰もが製造できる現実的な兵器だった。


 前世でのゴーレムは泥で作られたとされているが、こちらの世界でもその伝承との類似性がある。


 ゴーレムの基本形は泥であった。


 泥で作られたゴーレムはマッド・ゴーレムとされるが、なんの呼称もなくゴーレムといえば基本的に泥で作られたものを指す。


 それくらいありふれた素材だった。

 ただ、ありふれているがゆえに奥深いのもマッド・ゴーレムの特徴だ。

 前述したとおり、ゴーレムという奴は作り手によってその強さをガラリと変える。


 我が元上司セフィーロが丹精込めて作れば、一個騎士団を足止めできるほどのものを作れるだろうし、駆け出しの魔術師が作ればお茶汲みさえ満足にできない木偶人形ができあがることもある。


 無論、先ほどの見事なウッドゴーレムを作った魔術師のゴーレムだ。

 木偶人形の可能性は限りなく低いように思われる。

 相応の覚悟で当たるべきだろう。

 俺は以前、セフィーロが言っていた言葉を思い出す。


「よいか、アイクよ。マッド・ゴーレムとはゴーレムの基本形の基本じゃ。作り手によっては最強のゴーレムとも成り得るし、最弱とも成り得る。ただ、どんな強力なマッド・ゴーレムでも弱点はある」


 その弱点とはマッド・ゴーレムとは例外なくその身体の中心に核となる結晶石を持っていることであるらしい。


 つまりそれを打ち砕けばマッド・ゴーレムは活動を止めるのだそうだ。


 ただ、逆に言えば、


「その結晶を破壊しない限り、ゴーレムはその前進を止めないのじゃがな」


 というのもセフィーロの言葉だった。


 事実、マッド・ゴーレムは俺の火球を喰らってもダメージらしいダメージを受けていなかった。


 つまり戦い方を変えなければならないようだ。

 俺は炎系の魔法を諦めると、氷系の魔法を唱えた。



氷槍(アイス・ランス)》 

 


 腕を垂直に上げる。

 見る見るうちに俺の腕は蒼い魔力に包まれ、冷気に満ち溢れる。

 あっという間に周囲の気温を下げ、俺の口から白い吐息が漏れる。

 俺は腕に絡まった冷気を解き放つ。


 氷状の投擲槍として――。


 俺の投げ放った冷気の槍はまっすぐにゴーレムの足下に向かう。

 そして泥で出来た人形の足に突き刺さる。


 槍自体でゴーレムの足を破壊することは叶わなかったが、ゴーレムの足を凍らせることはできた。


 ゴーレムは前進しようと試みるが、足を前に進めることはできなかった。

 ただ、それでもゴーレムは主の命令に従おうと前進する。

 俺を殺そうと歩みを止めようとはしなかった。


 ゴーレムの足が、

「ポキリッ」

 という音を立てて千切れる。


 ゴーレムは右足の膝から下を失っても尚、前進を止めなかった。

 ならば次は左足を狙い《氷槍》の魔法を放つ。

 ゴーレムは一瞬だけ前進を止めるが、やはり先ほどのように再び前進を始めた。

 今度は自分で左足を引き千切り、腕だけで前進を始めた。

 この様子では全身を凍り付けにしなければ前進を止めることはないだろう。

 そう感じた俺は魔法の詠唱を始める。

 唱える魔法は先ほどと同じ《氷槍》の魔法だ。

 ただし、今度は一本ではない。

 無数の槍をこの世界に具現化させる。

 100本、といいたいところだが、今の俺では10本くらいだろうか。


 ただ、それだけでもゴーレム一体を凍り漬けにするには十分であったし、余った槍で敵魔術師の牽制もできた。


 俺の放った10本の槍の何本かはゴーレムに命中しゴーレムを凍り漬けにすることに成功した。


 残りの槍は敵の魔術師に命中したが、命中しただけだった。

 ゴーレムのように凍結することはできなかった。

 敵も中々のものである。


 ただ、氷の槍を防御している隙に俺は、ゴーレムの懐に飛込み、氷の彫刻となったマッド・ゴーレムの破壊に成功した。


 凍り漬けとなっているゴーレムに触れると俺は《衝撃》の魔法を放った。

 氷の塊となっていたゴーレムは四散する。

 辺りに氷塊が散らばる。

 砕けた泥人形は、粉雪のように舞い、ダイアモンドダストのように輝く。

 戦闘中ではあるが、思わず見とれてしまうほど美しい光景だった。


 ただ、それも一瞬だけのこと、目の前の魔術師を倒さない限り、一息つくことはできない。


 それを知っている俺は、即座に対応する。

 魔法の詠唱を始めた。

 この男には《火球》や《氷槍》といった下級の魔法は効かない。

 それは確認済みだった。

 ならばもっと上位の魔法で倒すのがベターだろうか?

 無論、禁呪級の魔法を使えば塵芥(ちりあくた)にすることも可能だろう。

 しかしそれは不本意だった。

 今さら人殺しなど御免だ、と綺麗事を抜かすつもりなどない。

 しかしここで禁呪級の魔法を使えば脱出の際の魔力にこと欠くかもしれない。

 俺とアリステアは国璽を奪還するためにここにやってきたのだ。

 奪還とは持ち帰って初めて奪還といえる。

 手に入れただけでは駄目なのだ。

 そのことを知悉(ちしつ)している俺は彼女に向かって言った。

 アリステア殿、ご協力お願いします。


 俺は、

『宝物庫から国璽を見つけ出し、出てきたアリステアに命じた』

 魔術師の隙を突くように――。


 突如として宝物庫から出てきた金髪の美女に驚きの声を上げる魔術師。


「な、卑怯な、二人がかりだとッ!?」


 これは戦争だ、卑怯も糞もあるか、そう言ってやりたかったし、そもそも、ゴーレム二体をけしかけてきたような男に言われる筋合いの言葉ではない。


 遠慮することなく二人がかりで魔術師に襲い掛かった。

 アリステアは魔力を付与した木の棒を横なぎにする。



 ブオンッ、と魔力を付与した武器独特の音が空を切る。



 魔術師は華麗なステップでアリステアの斬撃を避ける。 

 この魔術師、魔力だけではなく運動の方も長けているようだ。

 そうでなくては面白くない。

 俺も自分の身体能力を上げる強化系(バフ)の魔法を付与する。

 拳に魔力を付与し、俺も接近戦に参加した。

 アリステアの斬撃、俺の拳が次々に魔術師に襲い掛かる。

 魔術師はそれらをかわしていく。

 上半身を反らし、魔法で障壁を作り、転移で俺たちを翻弄する。

 その姿はまるで曲芸師のようだった。


「やれやれ、なかなか手強い。魔術師という奴はどうしてこうも多芸なのだろうか」


 以前戦った海賊のカロッサ、宮廷魔術師のヴァリック、皆、一様に武芸にも秀でていた。


 魔術師などは研究室に閉じこもり、魔法の研究に明け暮れている学者崩れが多いと思っていたが、どうして俺と対峙する魔術師は皆、手強いのだろうか。


 そういう宿命の下に生まれたとしか思えない。


「日頃の行いは悪くないのだがな」


 そんな非科学的な言葉を口にしながら拳を振るった。

 俺の拳は彼に突き刺さることはなく、宮殿の廊下にめり込む。

 壁は盛大にひび割れ、大きな穴を穿つ。

 それを見て魔術師も愚痴を漏らす。


「このような一撃を食らえば命が危ういかもしれませんな」


「ならば投降をお薦めする。命まで取る気はないが、これ以上手加減はできない」


「これが手加減ですか? なるほど、その言葉で貴方の魔術師としての器が分かる。正直、寒気を覚えますぞ」


「お褒めにあずかり光栄です」


 俺はそう言うと魔術師ではなく、地面をちらりと見た。

 このまま格闘戦を繰り広げるのも悪くない。

 こちらは二人がかりだ。

 いくら虚勢を張っていても必ず向こうが不利になる。

 それを証拠に彼はすでに肩で息をしていた。


 このまま戦っていればいずれは彼を戦闘不能にできるだろうが、それではちと時間が掛かりすぎる。


 見れば遠くから衛兵の姿も見えた。

 ここは早期に決着を付けるべきだろう。

 そう思った俺は地面を思いっきり殴りつけた。

 アリステアや敵魔術師はその様子を注視していた。


 一瞬、この男は何をやっているのだろう的な顔を浮かべたが、すぐに俺の意図を察したようだ。


 石畳でできた宮殿の床は大きく穴が開き、粉塵が舞い散る。

 要は目くらましに使ったわけだ。

 アリステアは俺の近くに駆け寄ってくる。

 それを確認すると、《濃霧(フォグ)》の魔法で更に周囲を闇に包む。


「アイク殿、この視界不良に乗じて逃亡するのですね?」


 アリステアはそう尋ねてきたが、俺は首を横に振る。


「それも一手だが、ここでこの魔術師を戦闘不能にしておきたい。魔術師という奴は息をしている限りなにをしてくるか分からないからな」


 王都から脱出するにしても追跡されるのは真っ平御免だ。

 何の痕跡も残さず脱出したかった。


 国璽を手に入れたはいいが、最後の最後で敵兵に囲まれる、という事態は避けたい。


 実際、魔術師は声高に叫んでいる。


「無駄だぞ、賊め! 確かにお前の姿は今、見えないが、魔力はひしひしと感じている。例えこの場から逃亡してもその魔力を《追跡(トレース)》して必ずこの王都内で捕縛してみせる」


 負け惜しみではないようだ。


 事実、ここまで交戦し、俺の魔力を肌で感じていれば、それくらい容易にやってのけるだろう。


 ならばやはり奴はここで倒すしかないようだ。

 そう思った俺は奴の懐に走り出す。

 俺は魔力を込めた右手を奴の顔面に繰り出した。

 奴はそれを両手で受け止める。

 奴の両手にも魔力が付与されていた。


「無駄だ。私に貴様の拳は届かない」


「カッコイイ台詞だな。まるで物語に出てくる主人公のようだ」


「そうであるといいな。後世、魔王軍を打ち倒した英雄として名を残したいものだ」


「それは今後の展開次第だと思うが、ひとつだけ尋ねたいことがある」


「なんだ? 国家機密以外ならなんでも話してやるぞ。貴殿とは拳を交えた仲だ」


 目の前の魔術師はどうやら話が分かるタイプのようだ。

 俺はこの手のタイプの男が嫌いではなかった。


 先ほど出会ったアインゴッド将軍といいこのリーザスには中々の人材が揃っているようだ。


 改めてそれを確認すると、俺は彼に尋ねた。


「俺の拳には魔力が込められているが、殺意は込められていない。だから貴殿は自分を倒せないと思っているのだろうが、その辺はどう思う」


「それに関しては全くの同感だ。貴殿に必要なのは敵を殺す覚悟だろう。この分だと将来、苦労することになるぞ」


「よく似たようなことを元上司に言われる。ところで貴殿は魔力を付与した拳と、殺意を込めた拳、どちらが強いと思う?」


 俺の問いに魔術師は行動をもって答えてくれる。


 彼は、にやり、と笑うと俺の拳を払いのけ、先ほどの俺のように魔力を込めた一撃を放ってきた。


 その拳には明らかに殺気が宿っていた。


「答えは、『殺意と魔力双方を込めた拳』だ!!」


 男は前言通り全力で殴りかかってきたが、俺も彼の一撃を両手で受け止める。

 そして、その衝撃を全身で受け止めると、こう言った。


「残念、不正解だ」


 そう言い切るとこう続けた。


「答えは魔力を付与した『蹴り』だ。蹴りは拳の3倍の威力があるからな」


 俺は奴のがら空きの腹に蹴りをめり込ませる。



「ごふぅッ」



 魔術師は、血反吐と共にそんな台詞を漏らす。

 一瞬で意識を絶ったのでそれ以上の台詞を聞くことはできなかった。

 魔術師はその場に崩れ落ちると、痙攣していた。

 死ぬことはないと思うが、数週間は満足に食事も取れないだろう。

 それを見届けると、アリステアを抱え、窓の縁に足をかけた。


「さて、アリステア殿、ここから飛び降りて逃亡しますが、件の国璽はちゃんとお持ちですか?」


 アリステアは大きく頷くと、懐から革袋を取り出す。

 その中には確かに国璽が入っていた。


「例えこの命を手放すことになってもこれだけは手放しません。不死族になってでも陛下のもとに届ける所存です。ですのでアイク殿、もしも道中、私が死ぬようなことがありましたら、アンデッドとして蘇らせてください」


「なかなかの覚悟ですが、どうかその国璽は生きて陛下にお渡しください」


 俺はそう返すと、颯爽と窓の外へ飛び出た。

 無論、魔法によって重力を制御し、衝撃を最小限に抑える。


 リーザスの宮殿の庭は馬鹿みたいに広かったが、俺は彼女を抱えたまま《飛翔》の魔法を縦横無尽に駆使し、王宮の庭を突き抜けた。

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