宝物庫の魔術師
国璽が保管されている宝物庫は厳重に管理されていた。
宝物庫がある区画に入ると流石に衛兵に誰何されるようになった。
もはやここまで来たら、
「貴族様のお相手を務めるためにやってきました」
の言い訳は効かない。
俺はアリステアに目配せする。
「一人一人、アリステア殿の色香でたらし込む、という手もありますが、それは悪手でしょう。ここは我が部下リリスと同じ方策を採らせて貰います」
「といいますと?」
アリステアがそう尋ねてくると同時に俺は魔法詠唱し終えていた。
《衝撃波》の呪文が衛兵を襲う。
不意にその呪文を喰らった衛兵の青年は廊下の端まで吹き飛ばされていた。
「――強行突破する、ということですね」
アリステアはそう言うとスカートの中に忍ばせていた木の棒を取り出す。
俺はそれに魔力を付与する。
彼女は剣の達人ではないが、長年、騎士の修業に明け暮れていた娘だ。
武器を持たせて足手まといになるということはない。
彼女は木の棒に付与された斬撃特性で己のスカートを半分切り裂く。
艶めかしい太ももを覗かせると、
「これで戦いやすくなります」
と微笑んだ。
リリスのような行動だが、俺は窘めたりはしない。
むしろその機転に賞賛を送りたいくらいだ。
俺は彼女に、
「それでは参りましょうか」
と誘うと彼女はにっこりと微笑みながら返した。
「アイク殿と一緒ならば地獄の底まで供をしましょう」
と――。
魔王軍の魔術師と、白薔薇騎士団の団長は理想的なコンビだった。
華麗なコンビネーションで衛兵たちをなぎ倒していく。
今の俺は不死のローブもなく、円環蛇の杖さえ所持していない平凡な魔術師だ。
アリステアの援護は有り難かった。
彼女は華麗な剣捌きで衛兵を切り倒していく。
致命傷に至らないよう付与した魔力を斬撃から衝撃に変更しているようだ。
できるだけ人死にが出ないよう留意しながら剣を振るっていた。
彼女は囁く、
「手ぬるいでしょうか? 彼らはローザリア王国の臣民です。トリスタン国王が復位されればまた同じ仲間になります。そう思うと命までは奪えない」
「――いや、それでいいと思いますよ。流さなくて良い血ならば流さなくてよい。世間の人間は偽善と後ろ指さすかもしれませんが、それで済むのならばいくらでもさされようではありませんか」
俺がそう言うとアリステアはにこりと微笑んだ。
「分かりました。精一杯偽善者を演じて見せましょう」
彼女はそう言うと剣を抜きはなってくる衛兵たちを倒していった。
彼女の剣の技量はお世辞にも巧みではなかったが、彼女を補佐するように強化魔法をかけ、戦力を向上させる。
《敏捷》《筋力強化》この際、出し惜しみはしなかった。
一方、俺自身も本気で衛兵にぶつかった。
今は不死のローブも円環蛇の杖も装備していない。
俺の魔術師としての価値はその辺の宮廷魔術師に毛が生えた程度であろうか。
もしも宝物庫に宮廷魔術師クラスの魔術師が配置されていれば苦戦を強いられるかもしれない。
負ける恐れはないと思うが、時間を取られるのだけは避けたかった。
この騒ぎを聞きつけ、増援がやってくるまで十数分といったところだろうか。
先ほど出会ったアインゴッド将軍あたりが駆けつけてくる可能性もある。
彼の武人としての力は未知数であったが、横に導師級の魔術師が二人は控えていた。
戦況が不利になれば即座に逃亡するつもりであった。
「せっかく、ここまで来たのだから、せめて国璽を奪還してから脱出したいが……」
俺はそう漏らしながら4人目の衛兵を昏倒させると、宝物庫の前へ辿り着いた。
そこには一人の魔術師と二体のゴーレムが控えていた。
その姿を見て思わず舌打ちをする。
「やはりそう易々とはいかないか」
見れば宮廷魔術師級と思われる魔術師が宝物庫の前に控えていた。
先ほどまで椅子に座り本を読んでいたようだが、今は立ち上がり、杖を構え、臨戦態勢を取っていた。
この騒ぎに気が付いたようだ。
俺はアリステアに指示をする。
「俺があの魔術師を足止めしています。その間、アリステア殿は宝物庫に忍び込み、国璽を探してきてください」
「し、しかし、アイク殿一人で大丈夫でしょうか? ゴーレムが2体ほどいますが……」
「ゴーレム破壊は俺の最も得意なことのひとつですよ。定期的に我が元上司のゴーレムを破壊していましたから」
「……??」
意味を計りかねているのだろう。
一瞬、判断に迷ったようだが、すぐにその青い瞳をこちらに向けると、
「ご武運をお祈りします」
と、駆けだした。
無論、宝物庫の番人である魔術師はそれを止めようと呪文の詠唱を始めたが、俺は彼に目掛けて《雷撃》の呪文を放つ。
それに気が付いた男は急遽注意をこちらに向け、《障壁》の魔法でそれを防いだ。
バチバチ、と彼の周囲に電撃が舞い散るがさしてダメージは受けていないようだ。
ただ、数歩だけ後ずさっていた。
その姿を見て魔術師のおおよその力量は把握した。
以前、エルフの森で戦った宮廷魔術師ヴァリックには及ばないまでもなかなかの使い手だと思われる。
ならば負けることはないだろう、と思われるが、その横に控えるゴーレムはどうであろうか。
アリステアに宣言したとおり、自分でもゴーレム討伐には自信があった。
セフィーロという魔女が作ったゴーレムの実験台をさせられていたからだ。
最も古典的な泥のゴーレム、
次いでよく見かける木のゴーレム、
よく戦場で見かける鉄のゴーレム、
そしてあまり見かけたくない生物由来の素材を用いたゴーレム、
それぞれに、マッド・ゴーレム、ウッド・ゴーレム、アイアン・ゴーレム、フレッシュ・ゴーレムという呼称がある。
強さはまちまちであるが、素材によって強さが変わるわけではないのが、ゴーレムの厄介なところであった。
極論を言えば、天才が作った泥のゴーレムと、凡才が作ったダマスカス鋼で作ったゴーレムを戦わせれば、前者が勝つことも珍しくはない。
金属にも金銀銅鉄鉛など多種多様な種類があり、それぞれに別々の用途があるように、泥や木にも多種多様なものがあった。
泥にも裏山で採取したような泥、古代魔法文明の遺跡で採取された貴重な泥。
木も裏庭に生えている木から、マナに満ち溢れた古代樹まで多種多様だ。
それに魔術師自身の魔力や設計思想が加わるのだから、ゴーレムの強さは千差万別といってもいい。
「さて、前の男が使役する2体のゴーレムの強さはどれくらいかな?」
そう漏らすと品定めをする。
散々ゴーレムと戦ってきた俺は少しゴーレムに五月蠅い。
セフィーロという狂錬金術師が作った珠玉のゴーレムを見てきたこともあるが、ゴーレムという奴は男の本能をくすぐる。
前世でいえばロボットに近いためだろうか。
機械は男を童心に戻してしまう浪漫に満ち溢れていた。
俺はじっくりと敵のゴーレムを観察した。
敵魔術師の右側に控えるのは典型的なウッド・ゴーレムだ。
木で作られたゴーレムだが、残念ながら材質までは目視では判明できない。
ただ、木の身体に施された術式は複雑で怪奇なものだった。
魔族では用いられないものだ。
ものすごい魔力が付与されている可能性もあったが、俺はじいちゃんの言葉を思い出す。
「美しい術式は数学に似ている。シンプルで単純な術式こそこの世の真理に近いのだ」
似たようなことは前世の高名な数学者や物理学者も言っていた。
物理学者アインシュタインや数学者ガロアなどである。どちらも後世に名を轟かすほどの天才たちだ。
一方、我が元上司セフィーロはそれとは正反対のタイプで、ゴーレムを作るのにびっしりと術式を施していた。
時には術式で木のゴーレムが真っ黒になり、鉄のゴーレムに見えることもあったし、鉄で作られたゴーレムの内側にまでみっちり術式を刻むこともあった。
目の前にいるゴーレムはセフィーロが作るゴーレムによく似ていた。
注意を払わなければならないだろう。
そう思いながら戦闘に入ることにした。




