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淫らな魔物サキュバス

 イヴァリースに戻ると、参謀のジロンが、お帰りをお待ちしていました、と手揉みをしながらやってきて、副官のリリスが怒り気味に抗議してきた。


「アイク様、このわたしを置いて、敵の根拠地に赴いたというのは本当なのですか?」


「本当だが?」


 特に隠す必要を感じなかったので正直に話す。

 するとリリスはその整った眉を逆立てる。


「なぜ、そのような危険な真似をされるのです。御身になにかあればどうするというのです」


「ただの偵察だ、そんな大事に考えるなよ」


「それでもアイク様はこの不死旅団の団長、いえ、それだけでなく、魔王軍の懐刀なのです。なにかあればこの魔王軍の損失は計り知れません」


 それに、と彼女は強調して続ける。


「アイク様は、このわたしの処女を捧げると決めたお方、そのお方に死なれてしまえば、このリリス、一生処女のままその生を終えた淫魔として世間の笑いものにされてしまいます」


 またその話か、と苦笑を漏らす。

 彼女、不死旅団の副団長リリスは、淫魔族の魔族、つまりサキュバスだった。

 旅団結成時から俺に仕えてくれており、その実力は旅団でも屈指だ。


 ただ、困ったことに、どうやら俺に惚れているらしい。


 通常サキュバスは、成年を迎えると、人間魔族動物問わず、雄から精気を奪い、己の魔力とするのだが、彼女は成年に達している、にも関わらず、それらを頑なに拒み、いまだに花々から精を吸って糧を得ているらしい。


 なんでも、

「淫魔がビッチでなくてなにが悪い!」

 とのこと。


 意地でもその処女を俺に捧げたいようだ。


 ちなみに彼女は俺が不死族だと思っているので、


「このままじゃその願いは永遠にかなわないわ。なんとかアイク様に生を取り戻して頂く方法はないかしら」


 が、彼女の口癖だ。

 俺の正体をばらしてはいけない候補筆頭なのが彼女だ。


 サキュバスの娘は例外なく美しく、例外なく激しい。


 ましてやその本能を抑え、他の男から精を奪うのを拒否しているような娘だ。


 もしも俺の正体がばれようものなら、俺は瞬く間にミイラになってしまうだろう。


 そう考えると、なるべく行動を共にしたくなく、今回の同行者のメンバーから除外したのだが、彼女はそれにお怒りのようだ。


 彼女をなだめるため、なんとか適当な理由を考える。


「リリスよ、もしもお前を連れて行けば、いくら魔法でごまかしたところで、人間共にその正体がばれてしまうかもしれない。魔法でもお前の美しさを隠すのは難しいからな。だから今回はサティをともなったのだ」


 うむ、我ながらいい言い訳だ。

 じいちゃんも女は取りあえず褒めておけ、が口癖だった。


 美人といわれて厭がる女はいない、というのが、どこの世界でも常識のはずだ。


 だが、それでもリリスの機嫌は直らない。

 いや、それどころか更に悪化させる。

 どうやら「サティ」という言葉が鼻に触ったらしい。


「アイク様、わたしはよくてもその女は宜しいのですか?」


「彼女は人間だが?」


「ですが、美人ではありませんか。無論、わたしよりは数段劣りますが、それでも目立つかと思いますが」


 サティに視線を向ける。

 困ったような顔をしている。

 そりゃそうだ。


 魔族の娘にそんな挑発的な言葉を言われたら、気の弱いこの娘のことだ。反論さえできまい。


 しかし、意外なことに、サティは俺のローブの袖を握りしめると、勇気を振り絞るかのように言った。


「お、お言葉ですが、リリス様は戦では活躍され、アイク様のお役に立てるお方ですが、日常生活、特に買い出しや家事などはわたしの方が何倍も上手だと思います」


 その言葉を聞いた瞬間、

 リリスは、

「なんですって」

 という顔をし、


 サティは、

「ま、負けませんよ」

 という表情をした。


 まさしく女の戦い、という奴である。

 それの板挟みになるのは、ある意味、戦場に立たされるよりも辛かった。


 俺は助けを求めるようにジロンの方を向いたが、


「オレに振らないでくださいよ、旦那」


 と小声で囁いた。


 魔族だろうが、人間だろうが、女のいざこざを解決するのは、世界最高の賢者でも無理、というのがジロンの持論らしい。


 確かに物事の真理を突いている。


 普段は役に立たないが、時たま妙に核心を突き、オレを驚かしてくれるのがこのオークの小男だった。


 そしてごく稀にだが、思わぬ助け船を出してくれる。


「ところで、その小脇に抱えている袋はなんですか?」


 その指摘で俺は、当初の目的を思い出す。

 この袋の中身を買った商人の顔と、彼が教えてくれた情報も。


 俺は、不死旅団長としての責務を思い出すと、実直な表情と声を作り言った。


「サティにリリスよ。くだらない争いはやめるのだ」


 威厳ある声が効いたのだろうか。

 二人は即座に争いをやめる。

 ――少なくとも表面上は。


 それを見届けると、俺は参謀であるジロンの方を振り向き言った。


「どうやら、近く、ローザリアの軍隊が攻めてくるらしい」


 その言葉を聞いたジロンはポカンと口を開け、リリスは謹厳な顔を取り戻し、サティは驚いたような顔をする。


 3人それぞれ特徴ある反応を示したのが面白かったが、ともかく、人間たちの侵攻に備えなければならなかった。

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