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アリステアの元乳母

 アリステアに案内されたのは、リーザスの下町にある小さな一軒家だった。

 下町にあるが貧民街にあるというわけでもなく、こじんまりとしているが、立派な作りの家だった。

 なんでも彼女の乳母だった人物が引退後に住んでいる家らしい。


 今、自分の館に帰るわけにはいかないが、乳母の家ならば目立たないだろう、というのが彼女の提示した根拠だった。


「その人物は信頼できるのですか?」


 一応、尋ねる。


「私が幼き頃、居間に置かれていた花瓶を割ってしまったことがあるのですが、彼女は私を庇い罪を被ってくれました。以来、引退するまで実母のように優しく私に接してくれた女性です」


 決して密告などしないでしょう、と彼女は付け加える。


「なるほど、誠実そうな女性だ」


 事実彼女は誠実な女性だった。


 深夜、それも戒厳令が敷かれている中、謀反人として指名手配されているお嬢様とその連れを快く迎え入れてくれたのだから。


 彼女は慈愛に満ちた笑顔と言葉と共に、温かいスープを振る舞ってくれた。


 もしもこの女性が裏切るならば、それは余程の事情があるか、それとも余程の演技者か、の二択である。


 俺もアリステアのように彼女に信をおくと、彼女に甘える形で宿の提供を願った。

 元乳母は二つ返事で了承してくれた。


「お嬢様のお客人は私にとっても大切なお客様です。どうぞ自分の家だと思って自由に使って下さい」


 以後、彼女はその言葉通り、俺たちを客人として持てなしてくれた上に、俺たちの不逞にして大胆な計画に干渉するような真似もしなかった。


 現国王から国璽を奪うなどという計画が露見すれば、彼女の身にも危険が及ぶのだが、彼女は全く意に介することなく、俺たちに拠点を提供してくれた。


「ありがたいことだ。もしも王都リーザスを取り戻した暁には彼女の功に報いたい」


「そうですね。ですが、彼女の願いは死んだ夫の残してくれたこの家で平穏な暮らしをすることです。それ以上の贅沢は望まないでしょう」


「ならば王都での市街戦にはならないよう留意し、戦後も平和が続くように配慮するようにしよう」


「そうして頂けると有り難いです」


 アリステアは同意する。

 俺たち二人は眠りにつくことにした。

 国璽を取り戻すにしても情報が必要だと思ったからだ。

 情報を集めるには、昼間、人々が活発に活動している最中の方がいい。

 その為には今、眠りについて英気を養うべきだろう。

 そういう結論に達した俺たちは、乳母の用意したベッドで眠った。

 無論、別々であるが、最初は乳母は同じベッドを勧めてきた。

 なんでも、二人は婚約者のように仲睦まじく見えたらしい。

 俺とアリステアは激しく否定したが、結局は同じ部屋で眠ることになった。

 この質素な家には客間がひとつしかなかったからである。

 結局、お嬢様にはベッドを使って頂くことにして、俺は床の上に寝た。

 その晩なかなか寝付けなかったのは、床が固かったからであろうか。

 それともベッドから聞こえるアリステアの健やかな寝息のせいだろうか。


 どちらかは分からなかったが、翌朝になると、俺は眠い目をこすりながら、リーザスの市場へ向かった。

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