魔王、親征
「今回のリーザス攻略、余がその総大将を務める」
それが軍議の第一声だった。
ざわめきの声が漏れる。
「魔王様、御身自ら出陣されるのですか?」
ラミアのルトラーラは慎重な口調で尋ねた。
「うむ」
と魔王と呼ばれている少女は頷く。
「御親征というわけですな」
サイクロプスのウルクは嬉しそうに言った。
どうやらこの二人は相反する感想を抱いているようだ。
ルトラーラは魔王様自ら前線に出るのに反対のようだ。
もしも御身になにかあれば、あるいは魔王様の出るような幕ではない、と思っているのかもしれない。
一方、サイクロプスのウルクは正反対の意見を持っているようだ。
御大将自ら出陣となれば、いやが上にも魔王軍の士気は上がる。
4個軍団とプラス魔王様の直属部隊。
その数は軽く数万を超える。
大軍を従え戦場に立つのは武人の誉れ、と考えるタイプの男なのだろう。
俺は双方の意見、どちらにも同意できる。
魔王様に戦場に立って欲しくない反面、織田信長という歴史上でも希有な存在の指揮下で思う存分戦ってみたい。
そんな気持ちが並列して存在した。
どちらに転んでも良いのだが、俺は横に座って欠伸をかいているセフィーロの意見を聞くことにした。
「団長、団長はどちらがいいと思いますか?」
セフィーロはつまらなそうに欠伸をすると、
「どちらとはどういう意味じゃ?」
と返してきた。
「魔王様の御親征ですよ」
この人は相変わらずマイペースだな、と思いつつも一応意見を聞く。
セフィーロは「なんだ、そんなことか」そんな表情をすると、
「そんなものは魔王様がお決めになること。御出陣されるというならば臣下としては止める必要などあるまい」
と、言い切った。
ある意味、正論であった。
ゆえに俺もその意見に賛同すると、魔王様の次の言葉を待った。
「余、みずから戦の総大将を務めるが、今回の大戦。ひとつだけ問題がある」
魔王様はそう言い切る。
「問題ですか?」
ラミアのルトラーラは尋ねる。
「食糧問題はアイクが解決してくれたが、依然、国璽の問題は解決していない。王権の象徴ともいうべき国璽はまだローザリア宰相アイヒスの手にある」
「つまり我々にはリーザスを攻める大義名分がない、ということでしょうか?」
「その通り」
「しかし、今さら区々とした大義名分など必要なのでしょうか? ここは一気呵成にリーザスを攻略し、攻め滅ぼせば良いのでは?」
ルトラーラは常識論を述べる、魔族としての常識論だ。
だが、それは魔族の論法であり、人間たちには効かない論法であった。
「今、リーザスを攻められるのは、ローザリアが前国王トリスタン派とアイヒス派に別れ、同士討ちをしているからだ。諸王同盟が静観して動かないのもどちらが最終的に勝つか見定めている、という側面もある。もしもいたずらに戦が長引けば諸王同盟が漁夫の利を狙って我らの横腹を突いてくるのは必定」
魔王様は断言をする。
その通りであった。
もしも俺が諸王同盟の王ならば他の王にそう進言をする。
その事態を避けるには此度の戦をローザリアの内乱として処理するのが適切であった。
つまりアイヒスの手から国璽を取り戻し、前国王を復位させ、ローザリアと和平を結ぶのが適切と思われる。
その為には是が非でも国璽を取り戻さなければならない。
魔王様はそのことを重ねて強調していた。
ルトラーラとウルクは納得はしたようだが、理解はしていないようだ。
ただ、魔王様の戦略に異を唱える気はないようだ。
流石は当代のカリスマ魔王である。
灰汁と我の塊である軍団長クラスの魔族でさえ、意のままに操る。
しかし、ルトラーラもただ唯々諾々と魔王様の命令を聞く木偶人形ではなかった。
魔王様の戦略の不備を平然と突いてくる。
やはり魔王軍の軍団長に無能な人物はいないようだ。
「国璽の重要性は分かりましたが、その国璽とやらはどうやって取り戻すのでしょうか? その辺の詳細を伺いたい」
魔王様は涼やかな顔で「うむ」と頷く。
彼女は唯々諾々と命令に従う軍団長よりも己で考え、自分の信念で行動するものを好む傾向にある。
自分の戦略の不備を突いてくる軍団長はより重用される傾向にあった。
「国璽の奪還はアイクに任せようと思っている」
魔王様がそう断言をすると、ルトラーラとウルクの視線が俺に集まる。
セフィーロがこちらを振り向かなかったのは、首を回すのが億劫だったのと、事前にその情報を知っていたからだろう。前回、すでに食料調達と国璽の一件は俺に任せる、と聞かされていた。
というか、その場に立ち会っていた。
今さら驚く要素などないのだろう。
ゆえに俺は俺を無視しているセフィーロを無視すると立ち上がり、作戦の概要を他の軍団長に説明した。
「魔王様より国璽奪還の一任を受けているアイクです。以後、お見知りおきを――」
自分でも奇妙な挨拶だと思ったが、他に適当な言葉が思い浮かばなかったので、そう宣言をすると、他の軍団長に作戦の概要を説明した。
「今回、皆様には大軍をもってローザリアの王都リーザスを包囲して貰います」
「ワシの軍団を使って強襲はしないのか? 我が単鬼兵団を持ってすれば打ち破れぬ城壁などないぞ」
サイクロプスのウルクは誇らしげに主張する。
「それは存じていますが、攻略するのは敵の王都。その城壁の厚さは想像を絶しますし、備え付けられた固定大型弩や投石器は容赦なく貴方の部下の目を貫き、頭蓋骨を砕くでしょう」
「むむぅ、それは困るな」
「無論、力攻めも時には必要ですが、何も武力は万能ではない。戦わずして敵を倒せるのならば、それに越したことはない」
「つまり、アイク殿が国璽を奪還し、敵の戦意をくじく、ということか?」
ルトラーラは尋ねてくる。
俺は頷くと補足する。
「上手く国璽を奪還すれば、敵はそのまま投降するか、もしくは一戦で敗走するか。どちらかは分かりませんが、力攻めするよりも最小限の被害でリーザスを攻略できましょう」
「その理屈は分かるが、一体、どうやって国璽を取り戻すのだ?」
ルトラーラは素朴な疑問を口にする。
俺はその疑問に答える。
「単純な方法ですよ。皆さんに城を包囲して頂く、その隙に俺がリーザスに潜入、国璽を奪い返します。そしてそれを保護しているトリスタン陛下のもとへ持って行き、王権を取り戻す、そしてローザリア全土に勅令を発効して貰いアイヒスを逆賊として貰います」
「……簡単に言うものだな」
ルトラーラの視線は疑念に満ちていたが、俺は気にしない。
むしろルトラーラの評価を一段階上げたくらいだ。
俺のこの作戦を聞き、楽観的にものごとを考えられる人物が軍団長ならば、俺は魔王軍の将来を真剣に心配しなければならない。
楽観論者はリリスやアネモネたちだけで十分だった。
俺は脳天気な部下たちの顔を思い出すと、
「まあ、やるだけはやってみますよ」
そう宣言すると、魔王様に視線を向けた。
彼女は俺と視線を交差させると僅かに頷き、軍議の終結を示唆した。
「どちらにしてもリーザスを攻略する旨は変わらない。各軍団長は各自、領地に戻り、すぐに出立せよ。すでに軍を動かしているものもいると思うが、来月までには全軍団がリーザスを包囲しているように」
魔王様はそう言い切ると、席から立ち上がった。
俺たち軍団長も立ち上がると、頭を垂れ、魔王様が軍議の間から退席するのを見守った。




