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第4軍団と第5軍団の長

 ゼノビアでの一連の歓迎式典を終えると、俺たち一行は転移の間を使いイヴァリースに戻った。

 俺はゼノビアまで付き添ってくれた部下たちに即座に別れを告げる。


「俺は寄るところがある。お前たちは戦支度を始め、いつでも出陣できるようにしておけ」


「え? イヴァリースに戻ってきたのに、即お出かけですか? 忙しないですね」


 とはリリスの言葉だった。


「俺もそう思うよ」


 ただ――、と続ける。


「これも軍団長の責務だ」


「といいますと?」


「食料調達の目処が立ったんだ。それを魔王様に報告しに行く義務がある。それに王都リーザスを攻めるんだ。問題は軍団長レベルじゃないからな」


「つまり、軍団長会議が開かれる、ということですか?」


 俺は「ああ、そうなるな」と肯定した。


「おお、久しぶりに全軍団長が出席されるんですね」


「それは知らないが、セフィーロ辺りとは会えると思う」


「いつも会ってるじゃないですか」


「でも、軍団長会議で会うのは久しぶりだよ」


 そもそも俺はまだすべての軍団長と会ったことはない。


 各軍団長は自分たちの戦線を維持するので手一杯で、一堂に会することはほとんどなかった。


 俺が第8軍団の軍団長に命じられた際も、全員が揃って就任式をしたわけではなく、何人かの欠席者がいた。


 俺のことが気に喰わないから出席を拒んだのではなく、皆、持ち場を離れられない事情があったのだ。

 この戦争が始まって以来、軍団長全員が集まったのは、数えるほどしかないはずだ。

 今回も魔王城にいるのは数名の軍団長だけのはず。


 次にすべての軍団長が揃うのは、魔王軍が決定的な敗北を喫したときか、或いはこの大陸を統一したときかもしれない。


 そんな見解を述べるが、リリスは、


「それは残念ですね、全員が揃うならこのわたしも付き添ってアイク様がいかにゼノビアで活躍されたか熱弁を振るったのですが」


 と、残念そうに言い放った。


「……それは別の機会にして貰うよ。さて、即座に魔王城に向かいたいが、この恰好のままでは流石に不味いな」


 今の俺の姿は『人間』そのものだった。変化の仮面と不死のローブは自分の館においてある。

 流石にこの姿のまま魔王城に赴き、軍団長に面会するわけにもいかないか。


 俺はサティに頼み、仮面とローブを持ってこさせようとしたが、命じるまでもなくいつの間にかローブを手に持っていた。


「…………」


 相変わらず完璧なメイドである。

 言葉もなかったが、俺は無言でローブに袖を通す。

 数秒で元の魔族の姿を取り戻すが、その姿を見るとリリスは「おお!」と声を上げる。


「人間のお姿も素敵でしたが、やはりアイク様は元の姿がお似合いです」


 こちらが元の姿だよ、と言ってやりたいがリリスに秘密を打ち明けるつもりはない。

 俺は礼の意味も込めてサティに軽く目配せするが、彼女は口元を軽く押さえていた。

 秘密を共有する人間同士のみに通じるユーモアというところだろうか。

 俺はサティがいつもの表情を取り戻すのを待つと、それと同時に転移の間で魔王城に向かった。

 すでに使い魔に食料調達任務の成功は伝えてある。

 セフィーロからも返信があり、魔王城へ来られたし、とあった。


 セフィーロの顔は見飽きているが、他の軍団長とはあまり親交がない。

 名と顔を一致させることができるくらいである。

 どのような人物たちなのだろうか?

 興味がある反面、不安もあった。

 セフィーロのように面倒な性格の人たちでなければ良いが。

 俺はそう願いながら魔王様の居城ドボルベルクへ向かった。





 魔王城にある転移の間で恒例の簡易チェックを受ける。


 毎回、チェックされる項目が少なくなり、こちらとしては助かるのだが、二重三重に人間だと露見しないよう気配りをしている俺としては微妙な気持ちになる。


 ただ、この分ならば数年後には顔パスで入れるのではないか、そんな期待もできるほどスムーズに入場を許可された。


 俺は案内人であるサティロスの魔族の後ろに付いていく。

 サティロスとは、上半身が人間、下半身がカモシカのような魔族である。


 下位の魔族とされるが、この魔王城に勤めているということはそれなりに腕が立つのだろう。見事な上腕二頭筋と背筋を持っており、背中に大剣を背負っていた。


 サティロスの男は特になにかをしゃべるわけでもなかったが、道中、暇を持て余した俺は彼に尋ねることにした。


「軍議の間には何人の軍団長が集まっているのですか?」


 敬語で話してしまったのは、この男が年上だからだった。

 どうも年上の人間や初対面の人間には横柄な口調でしゃべるのが苦手である。


 セフィーロからよく威厳がないと注意される。気をつけなければならないが、男は気にする様子もなく、礼節をもって返答してくれる。


 彼は見事な口髭と顎髭の間から、言葉を発する。


「3人でございます」


「3人か……少ないな」


 俺は率直な感想を漏らした。


 それは俺を含めて3人なのだろうか? それとも他に3人いるのだろうか? 尋ねてみたが、その答えが返ってくるよりも先に巨大な扉が見えた。


 軍議の間である。


 巨人族でも通り抜けられるよう巨大に作られているが、開けるのは簡単だった。


 サティロスの男が首にぶら下げた護符を掲げると、扉は蒼白く光り輝き、音も無くゆっくりと開かれる。


 魔力駆動式で地下に埋められた結晶石からマナを補給し、扉を開いているらしい。

 高価な装置であるが、魔王軍の居城である。これくらいの仕掛けは施されて当然だろう。


 物珍しい仕掛けが作動し終え、扉が完全に開ききると、俺は不死のローブをはためかせ、軍議の間へと入っていった。


 サティロスの男は俺の後ろ姿を見送ると、深々と頭を下げていた。



 部屋に入ると、見知った顔がいた。


 彼女は俺の顔を見るなり、


「久しぶりじゃな!」


 と、手を振った。


 次いでこちらに来い、と手招きをする。

 隣に座れ、という意味なのだろうか。

 そうなのだろうな。


 このような場でそんな真似をされるとこちらの方が気恥ずかしくなるが、俺はこの魔女になるべく逆らわないようにしている。


 セフィーロの勧め通り、彼女の隣に座った。

 俺の席は人型の魔族のためにあしらえた普通の椅子だった。

 一方、俺の対面にいる女性は椅子に座っていなかった。

 彼女には椅子が必要ないというか、椅子に座れない事情があるようだ。

 俺の対面にいる女性はいわゆる『ラミア』という種族に当たる。

 上半身が人間の女性、下半身が大蛇の魔族である。

 当然、椅子などに座れるわけがなかった。

 俺がラミアの女性を見詰めていると、彼女が俺に問いかけてくる。


「どうした? 第8軍団の軍団長殿よ? 私の顔になにかついているか?」


「いえ、そういうわけでは……」


 ただ、その美しさに見とれていただけ、と返せばセフィーロは及第点をくれるのだろうが、そんなキザな台詞がぱっと浮かぶほど女性の扱いに慣れていなかった。


 ただ、彼女の美しさに見とれていた、というのは本音でその美しい顔立ちと上半身、そして人間の目から奇異に見える蛇の下半身にはどうしても視線が行ってしまう。


 ラミアという生き物はほ乳類に分類されるのだろうか、それとも爬虫類なのだろうか。


 卵から生まれるとは聞いているが、彼女には授乳器官と思われる乳房があるし、どちらに分類すべきなのだろうか。


 そんなどうでもいいことを考えていると、セフィーロは余計なフォローをしてくれる。


「こやつはまだまだ乳離れできない子供なのです。ゆえにルトラーラ殿の乳に見とれていたのです。その非礼許してやってください」


「…………」


 胸部を見詰めていたのは事実だし、授乳について考察していたのも事実なので反論しようがないが、第4軍団の軍団長であるルトラーラも、


「そうか、確かアイク殿は幼き頃にロンベルク殿に拾われて母親の愛情を知らずに育ったらしいな。私で良ければいつでも母親代わりになってやろう」


 と、応じてくれた。


 曰く、減るものではないから、乳房くらいならいつでも触らせてくれるらしい。

 俺は謹んで辞退すると、本題に入ることにした。


「サティロスの従者殿から今回の軍議に集まる軍団長は3人、と聞き及びましたが、それはこの3人で宜しいのでしょうか?」


 その問いにルトラーラは「否」と首を振る。


「もう一人やってくる。第5軍団の軍団長単眼巨人(サイクロプス)のウルク殿がな」


「なるほど、つまり、ローザリア攻略は4個軍団を以って行われる。と思って解釈しても良いですか?」


「その通りだ」


「ちなみに残りの軍団長も遊んでいるわけではないぞ」


 と、セフィーロは補足してくれる。


「第1軍団、第2軍団、第6軍団はすでに出立済みだ。ローザリア西部に赴き、対陣している。諸王同盟の軍隊が急襲してきてもいいように陣を張り、待機している」


「ローザリアを包囲中に諸王同盟にやってこられたら大変ですからね」


「その通り。今回は難攻不落のリーザス攻略じゃ。下手をすれば何ヶ月も城を包囲し、相手が音を上げるのを待たなければならない」


「そういった意味ではアイク殿が食料を調達してくれたことは重要だな」


 ラミアの軍団長ルトラーラは俺の功績を賞賛してくれる。


「そうじゃな、少なくとも半年くらいは補給線を維持できよう。兵を飢えさせずに済むし、現地で略奪などという真似をしないで済む」


「昔の魔王軍ならほぼ確実に人間たちから食料を略奪し、反抗され、抵抗され、そのまま瓦解していたのだがな。時代が変われば戦略も変わるのだな」


 ラミアのルトラーラは感慨深げにそう漏らす。


「すべては魔王様のおかげですよ。彼女が魔王軍に改革をもたらさなかったら、また同じ過ちを犯して魔王軍は瓦解していた」


「そうだな。当代の魔王様は何もかもが違う。まるで魔族ではなく、人間のような考え方を併せ持っているお方だ。人間の良いところを取り入れ、魔族の長所を最大限活かしている。あのお方についていけば、魔王軍は安泰だろう」


 ルトラーラは率直に魔王様を賞賛している。

 魔王様に異を唱える魔族は多いが、彼女はどうやら魔王様寄りの軍団長のようだ。


 もしかしたら今回の軍議に参加する軍団長は魔王様に忠義を尽くしている軍団長が選ばれているのかもしれない。


 リーザス攻略は魔王軍にとって分水嶺となる大事だった。

 信頼のおける軍団長を集めて攻略に当たるのが魔王様の構想なのだろう。

 そんな考察をしていると、軍議の間の扉が再び開かれる。

 扉の奥には見上げんばかりの巨人がいた。

 説明を受けるまでもなく、巨人族の軍団長だと推察できる。


「遅れて申し訳ない」


 と、巨体に似合わず申し訳なさそうに入ってくる巨人。

 彼の名はウルク、サイクロプスの巨人族で、第5軍団の軍団長を務めていた。

 彼は巨体を揺らしながら入ってくると巨人専用の椅子に腰掛け、遅れたことを詫びる。


「すまない、すまない。女房が急に産気づいたものでな。出産に立ち会うため遅れた」


 ウルクはそう言うと本当に申し訳なさそうに頭を下げた。


 一つ目の巨人、それも強面(こわもて)の男が頭をかきながら言うにはシュールすぎたし、穏やかすぎる口調だったが、それがこのウルクという男の特徴であった。


 なんでも俺が軍団長になるまではすべての軍団の中で一番生ぬるい男と言われていた男らしい。

 無駄な殺生はせず、人間たちにも慈悲を施すタイプの軍団長として有名だったらしい。

 セフィーロはよく軍団長になれたものだ、と皮肉を言うことがあるが、彼は無能ではない。


 そもそも無能な魔族が軍団長に取り立てられることはない。

 第六天魔王様は心優しい方であるが、無能な魔族を有能な敵以上に嫌う。


 ウルクは確かに戦場以外では子煩悩で優しい巨人であったが、戦場では人間たちから悪鬼と恐れられる槍働きをする。 


 巨人の里の巨人たちを率い、その巨躯を活かし、城攻めにおいては八面六臂の大活躍をし、いくつもの城を落としてきた。


 自分の身の丈よりも大きな棍棒を振り回し、城壁を破壊し、人間を粉砕する。


 人間たちからは悪鬼と恐れられ、魔族からは『挽肉製造器(ミンチ・メーカー)』と二つ名で呼ばれる武人の中の武人なのだ。


 ただ、前述した通り、戦場以外では昼行灯のような振る舞いをするため、他の軍団長から軽んじられるところがある。


 セフィーロ曰く、

「その辺は甘ちゃんで有名なお前と似たところがあるな」


 と同列に並べられるところもあった。


 実際、俺はセフィーロを抜かせば、この軍団長と一番馬が合った。

 まだ軍団長に成り立てで交流は少くないが、そのうち彼とは茶でも飲みながら語らい合いたかった。

 そんな風に思いながら一つ目の巨人を見詰めていると、彼も俺と同じ質問をしてきた。


「さて、軍団長が4人も雁首(がんくび)を揃えている、ということは、この4人がリーザス攻略に当たるのかな?」


 俺は先ほど聞いた言葉をウルクにも伝える。


「恐らくはそうなるかと。他の軍団長はもうすでにローザリア西部に向かい。諸王同盟の牽制をしています」


「ふむ、流石は魔王様だ。手早い処置だな」


「それに見事な配置ですよ。機動的な軍団、第1軍団と第2軍団を速攻で西部に配置し、諸王同盟を牽制。城攻めが得意な貴殿の軍団をリーザス攻略に用いるのですから」


「城攻めが得意かは分からないが、まあ、壁を壊すのは得意だな」


 ウルクはそう言うと、「がっはっは」と笑う。

 その大声は俺の座っている椅子までも震るわせるほどのものだった。


「リーザス攻略の鍵はウルク殿が担っているでしょう」


「ワシに褒め殺しは効かんぞ。第8軍団の軍団長よ」


「まさか、そんな腹芸ができるほど器用ではありませんよ」


「そうか、というか、むしろ、リーザス攻略の鍵は貴殿が握っているようにワシは思っているのだが?」


「俺が? ですか」


「その通り。魔王様はおっしゃっていた。アイクの奴ならば間違いなくゼノビアから食料を調達してくるだろう。そう断言しておられた。そして貴殿は実際に調達してきた」


「たまたま幸運が重なっただけですよ」


「魔族がこれほどまでに人間から信頼を勝ち得るなど聞いたことがないよ。すべてはお前の功績だ。もっと胸を張れ」


 ウルクはそう言うと更に続ける。


「そしてその魔王様はいっておられた。今回、リーザスを攻略するのも『アイク』が要となるだろう。いや、アイク無しにはリーザス攻略は不可能だろう、とも」


「それは買いかぶり過ぎですよ」


 いや、頼られ過ぎというべきだろうか。

 魔王軍にはきら星が如く人材がいるのだ。

 新参の俺如きをそこまで重用してもしも失敗したらどうするのだろうか。

 魔王様に頼りにされるのは悪い気はしないが、そこまで期待をかけられると時折、怖くなってしまう。

 もしも魔王様の期待に背いたとき、魔王様はどのような顔をしてしまうのだろうか、と――。

 そんな風に考えていると、俺の感情を読んだのだろうか、黒禍の魔女セフィーロは言葉を発する。


「相変わらず謙虚な男というか、自信のない男じゃのう。前にも言ったじゃろう。魔族では謙虚は美徳ではない、欠点じゃ、と。この面子ならば舐められることはないが、他の軍団長の前ではもっとしゃんとしろ。お前はいくつもの難事を成し遂げ、最短で軍団長に出世したのだ。もっと偉そうにしておればよい」


「……はあ、まあ、頑張ってみます」


 覇気なく返すと、ラミアのルトラーラも会話に加わってきた。


「ふふ、アイク殿は魔族らしからぬ性格だとセフィーロ殿から伺っていたが、本当にそのようだな。まあ、魔族が全員魔族らしい性格をしている必要はないさ。貴殿やウルク殿のような魔族がいてもよい。私はそう思っている」


 ラミアがそう締めくくると、一同は会話を止める。

 再び軍議の間への扉が開いたからだ。

 今回、この軍議の間へ集結する軍団長は4人。

 すでに全員が揃っている。


 ――となると、軍議の間へ訪れる人物は必然的に決まっていた。


 皆、それは察しているようで、席から立ち上がると、軍議の間へ入ってきた少女に礼を尽くす。

 少女は軍団長たちから最高の礼節を持って出迎えられる。

 魔王と呼ばれている少女はそれを当然のように受け容れると、会議の間の首座へと座る。

 神々しいまでのオーラを放っている少女は席に着くと、「面をあげい」と命じた。

 彼女の命に皆が従った。

 久方ぶりの再会であるが、魔王様はそのカリスマ性を失っていないようだ。

 並の魔族などその魔眼で呪い殺してしまいそうなほど畏怖と霊圧に満ちていた。

 俺たち4人はその姿を注視すると、魔王様が軍議の開始を宣言するのを待った。

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