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エルトリアの日記Ⅱ ††

 エルトリア・オクターブの日記


 アイクとその部下、それにシーサーペント討伐に加わった英雄たちを持てなす宴は連日に及んだ。


 正直、私個人としては舞踏会など、有力者とコネを作る退屈でくだらない宴、という認識しかしていなかったのだが、アイクが参加してくれる舞踏会は楽しいものであった。


 本人は戸惑っていたようだが、女性の扱い方を心得ていないうぶな青年にダンスの手ほどきをするのは面白くもあったし、微笑ましくもあった。


 数度ほど足を踏まれたが、未来の魔王候補に足を踏まれたのであれば、後世の歴史家はさぞ羨むことだろう。


 それにアイクの部下たちも皆、一様に気持ちの良い連中だった。



 リリスというサキュバスの娘は、最初からダンスの方を覚える気など更々なく、踊り子のように奔放な踊りを繰り広げていた。


 招いた商人や貴族は最初こそ目を丸くしていたが、すぐにその奔放さになれ、彼女と一緒にジプシー・ダンスを踊り出した。


 彼女たちの姿を見ていると、『音楽』という言葉の本来の意味を思い出させてくれる。

 音楽とは音を楽しむ、と書く。

 本来は彼女のように音楽に合せ、自由奔放に踊るのが踊りの起源であった。

 そういった意味では彼女が一番、舞踏会を楽しんでいたのかもしれない。

 


 アネモネというエルフの娘も舞踏会を楽しんでくれたようだ。

 エルフ族など見慣れているが、その中でも彼女の美しさは特筆に値した。

 なんでもエルフの女王の双子の妹らしい。

 さもありなん。エルフの女王フェルレットはエルフ族の長い歴史の仲でも特筆に値する美姫と聞く。

 その双子の妹が美しくないわけがない。


 彼女も社交ダンスは初めてだったようだが、すぐに要領よくダンスを覚え、軽やかに舞い、草原の風を受けているかのようにその金色の髪をたなびかせていた。


 彼女の美しさはゼノビアの独身商人、他国の貴公子の垂涎の的だったが、彼女と踊れた幸運な男は少なかったようだ。


 曰く、「私はアイクさん専門です」とのこと。


 この辺は我が娘、ユリアに通じるところがある。

 連日のように我が娘とアイクの取り合いをし、喧嘩を繰り広げていた。



 一方、サティというアイクのメイドは相も変わらず控え目な娘だった。


 いつもはメイド服を着ているが、パーティー用のドレスを着せた彼女は、貴族の令嬢と主張しても通用するような容姿を持っている。


 可憐な少女だ。

 それに控え目でもある。


 ユリアとアネモネ、それにリリスが連日のようにアイクのパートナーを務めようと躍起になっているのに彼女はいつも壁を背に、それを遠くから眺めていた。


 私は彼女に、

「君はアイク争奪戦に参加しないのかい?」

 と尋ねたが、彼女は滅相もございません、と恐縮するだけだった。


 ただ、彼女もアイク以外の男は眼中にないようで、他の男からのダンスの申し出を全て断っていた。

 アイクもサティを気にかけているのだろう。

 時折、煩わしい娘たちから解放されると、サティのもとに訪れては何かしらの言葉をかけていた。

 その様子を端から見ているとその姿は、主と侍女という関係には見えなかった。

 ただ、恋人同士にも見えない。

 不思議な関係に見える。

 案外、サティのような少女が最終的な勝利者となり、アイクの伴侶になるのかもしれない。

 そんな気がした。


 さて、そうなると我が娘ユリアの嫁入り計画も台無しであるが、それはそれで構わなかった。

 日頃からアイクを我が婿に、と言っているが、最近、その考え方を変えつつあるのが今の私だった。

 本音を言ってしまえば私はアイクを気に入ってしまった。

 だからこそ逆に彼の幸福を願うようになってしまったのだ。

 彼がユリア以外の娘を選ぶのならば、それはそれで仕方のないことだった。

 彼と家族になることは叶わないかもしれないが、彼はちゃんと私との約束を果たしてくれるだろう。


 

『ゼノビアの平和』



 もしも諸王同盟が我がゼノビアに攻め入れば、彼、アイクは全知全能を持って救援に駆けつけてくれるだろう。


 そして見事なまでの手腕で侵略者を蹴散らしてくれる。

 そういった未来しか浮かばなかった。


 それと――、


『ゼノビアの更なる繁栄』


 先日彼が口にした言葉にも嘘偽りはないだろう。


 魔王軍がローザリアを統一し、首都をドボルベルクからアーセナムに遷都したとき、ゼノビアの地政学的な地位は更に跳ね上がる。


 このゼノビアは南方の交易都市の玄関として更なる発展を遂げるだろう。

 第六天魔王と呼ばれている人物は、余程希有な才能と構想を併せ持った王のようだ。

 私でさえ思いつかなかった構想を着実に実行しつつある。

 数々の奇跡を演出してきたその手腕は、正直舌を巻くものがある。

 当代の魔王ならば、この大陸を統一する、という難行も夢物語ではないような気がするのだ。


 今のところ、なんの根拠もなく、ローザリアさえ征服していない魔王軍であるが、私は彼女の勝利を信じていた。


 ただし、根拠は希薄だ。

 いや、むしろ周囲の商人に言わせれば今回も魔王軍が負ける可能性が高いという意見が多い。


 飛ぶ鳥を落とす勢いの魔王軍であるが、『また』いつもの様に失速し、東に逃げ帰ると主張している商人は多くいた。


 ――かくいう私もその一人だった。


 だが、その可能性は今、私の中では完全に過去のものとなっていた。

 その理由は勿論、アイクという青年に出会ったからだ。

 彼は不可能を可能にする。


 困難という言葉と不可能という言葉が同一のものでない、と思い知らせてくれる、と言った方が適切であろうか。


 彼はこのゼノビアを豊かにしてくれた。


 彼が提供してくれた大砲は、海賊たちの猛威を和らげ、ゼノビアに富をもたらしてくれた。

 伝説の大海蛇を倒し、このゼノビアを救ってくれた。

 二度も我が娘の命を救ってくれたのだ。



 そのような奇跡を何度も見せられてしまえば、アイクという青年の言葉を信じるしかなくなる。


 彼と彼の率いる魔王軍は宣言したとおり、近い将来、ローザリアの王都リーザスを攻略し、ローザリア全土を支配下に置くだろう。


 そして都をこの大陸の中心に定め、このゼノビアに繁栄をもたらしてくれるはずだった。

 分の悪い賭けだとは思わない。

 むしろ、そうならない、と仮定する方が楽観的過ぎるように思われる。

 だからこそ私は精力的に動き、通商連合の幹部たちに向けて手紙を書いていた。


 その一通によって彼らが私と同じ結論に達してくれるかはわからないが、別に同じ結論に達して貰う必要はなかった。


 今は懐疑的な彼らでも、数年後、いや、数ヶ月後には目覚めることだろう。

 私の言葉が正しかったことを再確認するだろう。

 そのときが訪れれば私の先見性に彼らは驚き、媚びを売ってくるだろう。

 些か癪であるが、私は彼らを責める気にはならない。

 この感覚は、アイクという青年に出逢い、接した人間としか共有し得ない独特な感覚だった。

 彼を見て、彼と接して『投資』を渋る商人などそうはいないだろう。

 それほどまでにアイクという青年は投資先として魅力的な青年だった。

 逆に彼と知己を得、彼を独占する機会を得ることができたこの私は幸福なのかもしれない。

 最近はそう思うようになった。


 ――さて、今日の日記も長くなったがこの辺で筆を置くことにしよう。


 魔王軍への食料援助、通商連合内での調整、私にはやることがたくさん残されている。

 しょげている娘の慰め役を努めるのも母親の務めであった。

 我が娘ユリアはアイクがイヴァリースに戻ってから、端から見ても分かるほどに気落ちしていた。

 最愛の婚約者がまた遠くに旅立ってしまったのだ。

 娘の気持ちは痛いほど分かる。

 ユリアは今、慰めの言葉を欲しているはずだった。

 こればかりは私の夫や執事のハンスでは力不足であろう。

 やはり女の気持ちは女にしか分からないのだ。

 さて、我が儘娘をどうやって慰めるか。

 問題はその一点につきた。

 それは通商連合の幹部たちとの交渉よりも難しいような気がするのは気のせいだろうか?

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