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エルトリアとのダンス

 迎賓館に着くと、控え室の間へと連れて行かれた。

 無論男女別々である。

 男の俺はあっという間に準備を終えるが、女にはやることが沢山あるそうだ。

 髪を結い上げたり、お化粧直しをしたり、その他色々。


 ともかく、男の俺が手伝うことはないであろうから、パーティーが始まるまで迎賓館の敷地をうろうろすることにした。


 迎賓館には世界中から集められた名品珍品が所狭しと飾られている。

 さして芸術品に興味がない俺でも時間を潰すくらいはできた。

 しばし高名な芸術家たちが作った一品を鑑賞していると、俺に話しかけてくる人物が居た。

 このパーティーを主催してくれた人物である。


 彼女は先ほどまでゼノビア評議会で熱弁を振るっていたらしく、パーティー用のドレスは纏っていなかった。


 仕事用の普段着のままで評議会議場よりそのまま駆けつけたようだ。

 ただ、仕事着でも彼女の魅力が損なわれることはない。

 ドレスを身に纏っているかのように魅惑的に見えた。 


 エルトリアは、

「仕事着のまま失礼するよ」

 そう言うと俺の横に居並び、共に絵を鑑賞する。


 彼女はこちらの方を振り向くことなく尋ねてくる。


「君は絵に興味があるのかい?」


 俺は答える。


「いえ、特別に」


 ただ、と付け加える。


「我が元上司の魔女は絵画に興味がありますが、俺自身はそうでもないですね」


 正直、芸術に関してはとんと疎い。


 前世でも子供の落書きのような抽象画が何十億で取り引きされているのが滑稽で仕方なかったし、写実主義の巨匠の作品を見ても写真を撮った方が早いのではないか、という感想を漏らしたことがある男だ。

 芸術など腹の足しにならない、と切り捨てるタイプだった。


 ただ、最近はセフィーロに感化されたのか、自分の館に絵画くらいは飾るようにしている。

 セフィーロに軍団長なのだから、多少は見栄えの良い調度品を揃えろ、と注意されたからだ。


 曰く、

「お前が不調法者(ぶちょうほうもの)なのは勝手だが、お前が粗野だと思われると魔王様までそう思われるのだぞ」

 と(たしな)められた。


 ゆえに客間に絵を飾るようにしたが、その絵も美術商から買い入れたものではなく、イヴァリースで行った絵画コンテストで市民から募ったものだった。


 美術品としての価値はゼロだったが、俺にはそれで十分だった。


 そんなことに金を使うなら、イヴァリースの街に投資をするか、軍団の装備品の増強に当てたい、というのが本音だ。


 まあ、その辺は価値観の違いなので、セフィーロにもエルトリアにも差し出口を挟むつもりはないが。


 というわけなので、エルトリアにこの絵の素晴らしさを力説されても、なんと答えて良いか分からなかった。


 エルトリアもそれは承知しているようで、絵の話を即座に切り上げると、本題に入ってくれた。


「さて、君には嬉しいニュースと嬉しくないニュースが二つある。どちらから聞きたい?」


「定石としては嬉しいニュースからですが、意表を突いて嬉しくないニュースから聞きましょう」


「君はつまらない男だな、それでは落胆させ甲斐がない。まずは嬉しいニュースから伝えてその後に君を突き落としたい。こちらの意図を感じ取って欲しい」


 ……ならば最初から順番を尋ねないで欲しかったが、仕方ないので俺は彼女の意図に乗ることにした。


「それではまずは嬉しいニュースからお願いしたいです」


 エルトリアはその言葉を聞くと、口元を緩める。流石は婿殿だ、と、言うとそのニュースを口にした。


「嬉しいニュースは、ゼノビアの評議会の説得に成功した。満場一致で諸王同盟とは手切れ、魔王軍の味方に付くことになったよ」


「おお、それは嬉しいニュースですね」


 俺は笑顔を浮かべる。


 魔王軍にとっても有り難いことであったし、盟友であるエルトリアにとっても良いことであった。


 今回の件でエルトリアがゼノビア評議会で力を失い失脚されるのは、個人的にも魔王軍の幹部としても困ることであった。


「どうやら君は私の手腕を低く見積もっていたようだね。ゼノビア評議会くらいは簡単に説き伏せられるさ。それに君はゼノビアを数百年にわたって悩ませていた伝説の化け物を殺した英雄だ。計算高い商人たちもその君の英雄的活躍には感謝しているのだよ」


「俺一人では倒すことはできませんでしたよ。英雄だなんてとんでもない」


「そういう謙虚なところも商人の心をくすぐる。特に私みたいな化かし合いの世界に生きてきた商人には効果覿面だ。腹黒な連中との駆け引きに疲れた心を癒やしてくれる」


「そういうものなのでしょうか?」


「そういうものだよ。前にも言ったろ。私みたいなタイプは君のような表裏のないタイプを好む。そして私みたいな商人は多い。君は商人に好かれるタイプだよ」


「逆に言うと鴨にしやすいのかもしれませんよ」


「それはいえるね。なにか心当たりがあるのか?」


「この前もゼノビアの街にお忍びで買い物に出かけたら、口の立つ商人に騙されました」


 先日、サティに送りものをしようとゼノビアの市場を物色していたら、露天商に捕まり、口八丁手八丁で髪飾りを買わされた。


 あとでそれを執事のハンスに見せたところこんなことを言われた。


「……アイク殿、私めにご相談くだされば同じものを半額で購入できたのですが」


 つまり露天商にぼったくられたわけだ。

 その話をエルトリアにすると、彼女は豪快に笑った。


「はっはっは」


 彼女は大きな口を開けるが、ひとしきり笑うと、「いや、失敬、笑い事ではないな」と口をつぐむ。だがそれでもおかしさに堪えられないと言った感じだ。身体をぷるぷると震わせている。


「いや、実に婿殿らしいエピソードだよ。婿殿は人の悪意よりも善意の方を先に見てしまうのだろう」


 彼女はまだおかしげに言うが、急に神妙な面持ちになると、


「――しかし、君は個人レベルでは善良で優しい若者だが、公人レベル。つまり政治家や軍人としても有能極まりない。冷静にものごとを判断できるし、決断力もある。そこが私のような女を惹き付けるのだろうね」


 と、論評してくれた。


 その論評が正しいかどうかは不明だが、こと軍団レベルの話、魔王軍レベルの話には個人的な感情はあまり持ち込まないようにしているのは確かである。


 もっとも、個人的な感情を完全に廃すことなど不可能であるが。


 今回も個人的な感情でユリアの危機を救い、個人的な感情でエルトリアの立場を心配していた。魔王軍の幹部としてはあるまじき行動である。


 他の軍団長から見れば物笑いの種にしかならない行動だったが、結果として俺の行動がゼノビア商人たちからの信頼に繋がったと思えば、結果オーライという奴なのだろうか。


「話が()れてしまったね。それでは悪いニュースの話を聞かせようかな」


「確かに良いニュースよりも悪いニュースの方が聞きたいですね。俺は心配性なのでそちらの方が気になる」


「宜しい。指導者たるものその心構えは正しいよ。往々にして良いニュースは引き延ばすことができるが、悪いニュースは引き延ばすことができない。私の短からぬ人生経験がそう教えてくれた」


「では、心して聞きましょうか」


 俺は神妙な面持ちになると、彼女に尋ねた。


 その悪いニュースという奴を――


 エルトリアはゆっくりとこちらの方へ振り向くと、真剣な眼差しで俺の瞳を見詰める。

 彼女の灼熱の瞳に吸い込まれそうな気迫を感じたが、彼女が口にした言葉に俺は度肝を抜かれた。

 数秒、彼女は沈黙すると、急に表情を崩し、こう言った。

 


「今回のパーティは前回のように途中欠席は絶対に許されない。婚約者であるユリアは勿論、君の部下であるサティという娘、それにリリスとかいうサキュバスの娘、あとエルフの娘ともダンスを踊るように」

 


 エルトリアはそう言い切ると、

「舞踏会で女性の誘いを断るような男とは取り引きできないからね」

 と人の悪い笑顔を浮かべた。


 俺は思わず吐息を漏らしてしまう。


 何を言われるか身構えていたからその落差に驚いていると言うこともあるが、それよりも舞踏会での自分の立場に今から戦々恐々としてしまったのだ。


 さて、俺は一体、何人の美しい娘たちの足を踏み、滑稽なダンスを衆目に晒して恥をかかねばならないのだろうか。


 今から気が重い。


 ある意味、戦場に立つよりも気分を滅入らせたが、俺の心情を察してくれたのだろうか、エルトリアは俺の背中を軽く叩くと、こう励ましてくれた。


「君も出世を重ねれば厭が応でもこういう席に立たされる。今のうちになれておく方が良い」


「慰めになっていないような気がしますが、そうするとしましょうか」


 観念しながらそう口にし、覚悟を固めるため、パーティー会場に向かおうとしたが、そんな俺にエルトリアは更に追い打ちをかける。


「待ちたまえ、悪い知らせがひとつだけだと誰がいった?」


 ゆっくりと振り返ると彼女はこう言った。


「ダンスパートナーはさっき口にした4人の娘だけじゃないぞ、もう一人、麗しい貴婦人が君とダンスをしたい、と申し出ている」


 誰ですか? とは問わない。


 それよりも前にエルトリアは俺の懐に飛込んできたからだ。


「ちなみにその貴婦人とは私だ。色気もへったくれもない仕事着で悪いが、初ダンスの栄誉は私が授かることにしよう」


 二の句を告げる暇さえない。

 彼女は俺の手を取ると、強引にステップを取り始めた。

 突如として迎賓館の廊下で行われたダンス教室。

 軽やかな貴婦人と、ぎこちない男の社交ダンスはなかなか様になっていた。


 社交ダンスはどちらか一方が熟練者ならばそれなりの形になる、と聞いたことがあるが、その噂は本当だったのだな、と再確認した。


 俺は薔薇の香りのする貴婦人からダンスの基本を習うと、この後に控える4人の娘たちに恥をかかせないため、必死にステップの練習を重ねた。

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