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少女たちの舞踏会

「あの、アイク様、この大事な時期に舞踏会なんかにうつつを抜かしていてもいいのですか?」


 リリスは素朴な疑問をぶつけてくる。

 もっともな言い分であったが、こう答えるしかない。


「いいんだよ」

 と――。


「ですが、今は早くイヴァリースに戻り、戦支度を始めないと」


「まあ、それはジロンに任せればいいさ。どのみち海路で食料を運んで貰うにしても日数は掛かる。そうだなゼノビアから魔王軍の支配する都市まで運んで貰い、各軍団のもとに届けるにしても数週間の時間が掛かる。どのみち俺たちはその間暇を持て余す」


「なるほど、確かに」


 リリスは己の褐色の顎に手を添えるとそう呟くが、こう続ける。


「でもアイク様? 本当にわたしはこのままの姿で参加してもいいんですか?」


 彼女はそう言うと自分の頭を指さす。

 そこには魔族の象徴である角が生えていた。


「別に構わない。もはや俺たちは人間に化ける必要さえないのさ」


「それはつまり、ゼノビアは魔王軍と同盟を結ぶ、と諸王同盟に見せつけてやる、ということでいいんですね?」


「一言で言うとそうなるな」


 そう言うとサキュバスは嬉々とした表情を浮かべ、くるり、とその場で舞う。

 彼女のためにあつらえたドレスの後ろの部分には尻尾の穴が空いていた。

 ひらひらのスカートともに彼女の尻尾が宙に舞う。


「じゃあ、もう、帽子を被ったり、尻尾を隠さないでいいんですね。あと、この牙も」


 牙の方は笑うと時折見えていたけどな、そう言ってやろうと思ったが止めた。

 エルトリアが急遽あつらえさせた魔族用ドレスは見目麗しいものであった。


 リリスの性格を表しているのか、その褐色の肌が映えるように計算しているのか、深紅を基調にしたドレスで、薔薇の花をモチーフにしている。


「えへへ、自分用に仕立てて貰ったドレスなんて生まれて初めて着ましたよ」


 とはリリスの弁であったが、なかなかに似合う。

 それに本人もご満悦のようだ。

 やはり魔族でも女は女なのだろう。こういった華やかな服を着て喜ばない娘はいない。

 リリスは、終始、「似合いますか? 似合いますか?」と尋ねてくるが、俺はその都度常套句を返す。


「ああ、最高だ」


 どんな世界でも女性が似合う? と尋ねてきたらそう返しておけば概ね問題はないはずだ。少なくとも臍を曲げることはない。


 案の定リリスはその都度、頬を緩ませていた。

 一方、アネモネもやや興奮気味だ。

 彼女はいつも質素な麻の服を着ている。

 エルフ族は華美を好まない。それに彼女はエルフ族の戦士長でもある。

 彼女も当然、パーティー用のドレスなどに袖を通したことはない。


「ア、アイクさん、似合いますでしょうか?」


 彼女は控え目に尋ねてくるが、彼女の場合は気を遣わずにそのまま返せば良いだろう。


「とてもよく似合うよ」


「こ、こんなに綺麗で豪華な服を着るのは初めてです。ああ、この姿を姉に見せたい」


 アネモネはそういうが、確かにエルフの女王様が着ていた服よりも金が掛かっているように見える。


 エルフのためにあつらえたのだろう。若草色のドレスは、彼女の金色の髪と調和し、得も言われぬ美しさを生み出していた。


 やはりエルフという種族の美貌は特筆に値する。

 彼女がそのままパーティー会場に赴けば、会場の視線を独占すること間違いないだろう。



 ――いや、それは少し褒めすぎかな。



 心の中で訂正する。


 確かにアネモネの姿は美しく、俺の目を楽しませてくれたが、それと同じくらい美しく着飾った娘がいる。


 メイドのサティである。

 彼女は真っ白なドレスを着て、彼女たちの後ろに控えていた。


 自己主張をすることのない娘ゆえ、リリスやアネモネのように似合うか尋ねてくるようなことはなかったが、沈黙していても厭が上にも目立つ。


 彼女の色素の薄い髪と肌に溶け込むような真っ白なドレス、余計な飾りなどは付けられていないが、それゆえに彼女の可憐さが強調されているような気がする。


 このドレスをあつらえた人物も彼女のような人間にきて貰って、さぞ光栄だろう。

 それほどまでに彼女の艶姿は人目をひいた。


 そんな風に三人の娘を見詰めていると、リリスは無遠慮というか、無配慮というか、一番されたくない質問をしてくる。


「ところでアイク様、三人の中でどの娘が一番美しいと思いますか?」


 俺を困らせるために発した言葉でないことはその表情から察することができるが、結果的に俺は返答に窮した。


 美女三人の前でそんな質問をされて角が立たないわけがない。

 残り二人も気になるのだろうか、少しだけそわそわしているようだ。

 まったく、戦場では役に立つ娘だが、それ以外では本当に俺の足を引っ張るのが得意な娘だ。

 改めてその認識を深めると、当たり障りのない返答をした。



「みんなが一番だよ。それぞれに個性的で美しい。オンリーワンという奴だ」



 まるで政治家のような解答であるが、俺は現在、政治も司っている。

 これくらいの発言ができて当然だろう。


 無論、リリスはその返答に満足していないようだが、何も言葉によって相手を満足させる必要はない。今必要なのはこの場をやり過ごす詭弁だけだった。


 俺はなんとかその場を誤魔化すと、目の前を通りがかった執事のハンスに問いかける。


「ハンスさん、我が配下のドレスアップは終了しました。迎賓館には何時頃向かうのでしょうか?」


 ハンスはその言葉を聞くと、懐から懐中時計を取り出す。


「もう出発されても構わない時刻ですね。来客者も入場を始めているでしょう」


 ハンスはそう返すと、「出立されますか?」と尋ねてくれた。

 無論、俺はハンスの提案に賛同する。


 前回もオクターブ家の主催する豪華なパーティに招かれたが、あそこに赴けば少なくともアネモネは先ほどの発言を忘れるだろう。


 なにせ彼女は珍しいものが大好きな好奇心の塊だ。

 初めて訪れた華やかな舞踏会の雰囲気に舞い上がるに違いない。

 迎賓館にある舞踏会場には華やかに着飾った人々や珍しい調度品が飾られている。

 また並べられた料理もこの大陸各地から揃えられた一級品で、彼女の心を奪うに違いなかった。

 またリリスもリリスでなんだかんだでアネモネと似たところがある。

 華やかなパーティー会場に行けば先ほどの言葉などすぐに忘れてはしゃぎ出すだろう。


 問題はサティなのだが――


 俺は最後にサティの艶姿(あですがた)を眺めたが、彼女はにこにこと微笑んでいるだけだった。


 ある意味、こういうタイプの娘が一番厄介なのだが、俺は気にすることなく、彼女たちを従えてハンスの用意した馬車に乗り込んだ。


 6人乗りの馬車は3人の乙女たちの甘い匂いが充満していた。

 香水の匂いだろうか、とても芳しい香りが馬車の内部を満たしていた。

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