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最新鋭連合艦隊

 数日後、ゼノビア港に5隻の軍艦が集う。

 最新鋭の軍艦だった。


 それぞれ、名を、海鷲(うみわし)号、海鷹(うみたか)号、海鳶(うみとび)号、海鳩(うみばと)号、海雀(うみすずめ)号、というらしい。


 皆、黒塗りの立派な軍艦で、このゼノビア海軍の主力だそうだ。


「君の都市から輸入している大砲を10門ずつ積んでいる我がゼノビアの最新艦だ。どうだ、素晴らしいだろう?」


「確かに」


 船に関する知識は乏しいが、その偉容は頼もしい限りだった。


 ただ、その前の戦いで艦隊が全滅に追い込まれ、執事のハンスが負傷していることが気がかりだったが。


「前回はこの倍以上の数で挑んだのですよね?」


「ああ」


 とエルトリアは答える。


「最新鋭の艦隊とはいえ、この数で大丈夫でしょうか?」


「さてね、それは分かりかねるが。前回とは三つだけ違うところがある」


「是非、伺いたいですね」


「一つ目は君が指摘したとおり、今回はゼノビアから最新鋭の船を掻き集めた。先日、入水式を済ませたばかりの艦もあるし、最重要貨物を護衛する艦を急遽こちらに回した」


「それは心強いですな」


「それと二つ目は、今度は最高の水夫達を集めた。前回よりも更に大枚をはたき、命知らずにして勇猛果敢な海の男を500人ほど乗せる。数では前回よりも劣るが、質は数倍だと思ってくれて構わない」


「それは助かります」


「そして三つ目、今回は、私自ら艦隊の旗艦である海鷲号に乗り込む」


「…………」


 思わず沈黙してしまうが、その表情を悟られたのだろうか、エルトリアは形の良い眉をひそめた。


「心外だな。その表情だとまるで私が役立たずと言っているように見えるぞ」


「まさか、そんなことは思ってませんよ。しかし――」


「しかし女性が戦場に出るのは気が進まないか? 君には昔、私がハンスと共に5つの海を駆け回ったと伝えてあるはずだが」


「それは聞いていますが、あまり想像できませんね、当時の姿は」


 目の前にいる赤毛の女性は魅惑的な女性だったが、若い頃の姿は想像できない。


 ――いや、今も十分若く見え、綺麗なのだが。


 想像できないのは若かりし頃、その細身の腕で舶刀(カトラス)を振り回し、海賊達から「紅の船姫(せんき)」と恐れられていたという逸話だ。


 『紅』の異名から分かるとおり、二つ名の由来はその燃え上がるような赤毛なのかと思ったがどうやら違うらしい。


 次々と容赦なく海賊達を斬り殺し、返り血に染まる様が「紅の船姫(せんき)」の由来と聞いてはいるが。


 俺はしばしエルトリアを見詰めていたが、彼女は俺の内心を察したのだろう。


「やれやれ」という言葉を漏らすと、そこら辺を歩いている水兵から囓りかけの林檎を取り上げる。


「――失礼するよ」


 彼女はそう言うとその林檎を宙に放り投げ、腰にぶら下げていたカトラスを抜き放つ。

 一瞬の出来事だった。

 エルトリアの放った剣閃によって、林檎は地面に落ちると同時に真っ二つにされていた。

 俺はその林檎を手に取ると、林檎の断面を見る。

 まるで日本刀の達人が斬ったかのような見事な切り口であった。

 林檎を合わせるとピタリとくっつく。

 彼女の剣の腕前に感心した。


「この腕を見ても君は私が足手まといだと思うかい?」


 エルトリアはそう言ってくるが、この腕前を見せられてしまえば黙っているしかなかった。

 それに海戦に関しては俺は素人だ。

 海を熟知している人間に艦隊の指示を任せるのが筋というものだろう。

 俺は彼女に艦隊の指揮権を委ねることにした。


「それでは艦隊司令官が私。その参謀が魔王軍の魔術師、ということでいいわけだね」


 彼女は改めて問うてくるが、異論は一切なかった。


「それは助かる。それに魔王軍最強と謳われる魔術師が傍らにいてくれるのだ。今回は負ける気がしないね」


 彼女はそう笑みを漏らすと、手を差し出してきた。

 彼女の手を握り返すと、俺も冗談を口にした。


「剣の腕が衰えていないのは確認しましたが、貴方の綺麗な御手が血で汚れる姿はみたくない。シーサーペント討伐の時は、船の指揮に専念してくださいね」


 エルトリアはこくりと頷く。


「分かっているよ。指揮官が前線に立つことは御法度というくらい。私は猪武者ではないからね。前線に立ったりはしない」


「それは助かります……」


 と返したが、その言葉は少しだけ耳が痛かった。

 かくいう俺も指揮官の身分なのに前線に立つことが多々あるからである。

 これはエルトリアのことを叱る資格はなかったかな、それにリリスのことも。

 ただ、今回ばかりは俺が前線に立つ必要があるだろう。

 船を何十隻も沈めた巨大な怪物を討伐するのだ。

 生半可な『力』では対抗できないであろう。

 今回ばかりは指揮官ではなく、一魔術師となる決意をするしかなかった。





 数刻後、エルトリアの指揮する大海蛇(シーサーペント)退治艦隊は出航した。

 真っ白なドレスを着たユリアは港から手を振っている。

 まだ包帯を巻いているハンスも付き添っている。


 彼も船に乗りエルトリア様の協力をしたい、と申し出てくれたが、それは俺とエルトリア双方で必死で断った。



「ハンス、今は静かに養生するんだ」


「ハンスさん、今は身体を休めながら、ユリア嬢の側に居てあげてください」


 それが俺たち二人の総意だった。


 説得に骨を折ったが、なんとか翻意して貰った俺たちは、彼女たちの見送りを受けると大海原へ旅立った。


 ちなみに今回はサティにもお留守番をして貰っている。

 戦場に彼女を連れて行くことは基本的にない。


 前回はユリアの身代わりをして貰うという特殊な事情があったため、連れて行ったが、今回、彼女を連れて行く理由は一切ないだろう。


 ――彼女の美味しい手料理を食べられないのは残念であるが。


 もっとも、戦場で飯が旨いだの不味いだの不平を漏らすつもりは元々ない。


 最近サティの手料理やエルトリアの持てなしで舌が肥えてしまった、ここらで戦場の味覚を取り戻しておくのも悪くないだろう。


 そう思いながら、エルトリアと共に味気ない堅パンをオニオンスープで胃に流し込む日々を過ごした。

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