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婚約者との再会

 エルトリアとの相談の上、シーサーペント退治にはゼノビアが所有する5隻の軍艦を用いることにした。

 水兵も500人ほど動員する。


 その軍艦も最新鋭のもので、すべて『イヴァリース』から輸出した大砲が積み込まれているそうだ。


 要はゼノビアの正規軍の精鋭を集めて対処することになった。

 俺はそれを聞いて「それは心強い」と一言漏らすが、エルトリアに笑みはなかった。

 さて、それはどうかな、と皮肉気味の言葉を漏らす。


「君にはまだ話してないが、前回、通商連合の連合艦隊でシーサーペントに挑んだが、10隻の船が沈められて海の藻屑となったよ」


「……なるほど、ハンス殿が傷だらけだったのはそれが理由でしたか」


「ああ、ハンスは運が良い。運が悪かったものはそのまま海の藻屑さ」


 エルトリアはそう冗談めかして言ったが、すぐに真剣な表情を取り戻すと、申し訳なさそうな視線を送ってきた。


「何度も君に頼ってしまって申し訳ないと思っている。これで三度目かな、君に助けられるのは」


「助けた覚えはないですよ。協力した覚えならばありますが」


「……そう言って貰えると助かる。もしもシーサーペントを退治して貰った暁には『私のできる範囲』でなんでも協力しよう」


 彼女はそう言いきると、握手を求めてきた

 俺はその手を握り返す。

 力強い握手だったが、やはり女性の手だった。どこか柔らかく、繊細な手触りだった。



 

 客間での軽い軍議を終えると、エルトリアは、「船と水兵の手配に三日はかかる。それまで我が屋敷に滞在して欲しい」という言葉をくれた。


 ゼノビアに他に知己はいなかったし、断る理由はなかったが、少しだけ不安になる。

 というか、今まで『彼女』と出くわさなかったことが奇跡のように思えるのだ。

 そんな風に思っていると案の定、彼女はやってきた。


 大事な話が終わったのを見計らうかのように客間の大きな扉を開けると、


「アイク様ッ!!」


 と、小走りにこちらの方にやってきて、俺に抱きついてくる。


 (くだん)の娘。

 エルトリアの娘にして、俺の『婚約者』ということになっている少女である。

 彼女は俺の胸に顔を埋めると。


「アイク様アイク様アイク様アイク様アイク様アイク様アイク様」


 と何回言ったのか判別できないほど俺の名前を連呼し、全身で愛情を表現してきた。

 周囲の女性陣の視線が痛い。



 リリスはこめかみをひくつかせながら、腰の剣に手を伸ばそうか迷っていたし、

 アネモネは「ずるいです!」と非難声明を発表していたし、

 サティはにこにこと微笑んでいる。



 なぜか既視感を覚える光景だったので、俺は定石通り彼女を離そうとしたが、エルトリアが俺のもとまでやってくると小声でこう言った。


「婿殿。どうかこのままで。ユリアは先日まで泣きじゃくっていたのだ。自分が生け贄にされるかもしれないと不安で眠れない日々を過ごしていた。君が来てから急に元気を取り戻したのだ。もう少しだけこのままでいさせてやってくれ」


「……了解しました」  


 エルトリアにそこまで謂われれば拒絶することなどできなかった。

 心持ちであるが、ユリアは少し痩せているような気がする。

 食事が喉に通らなかったのかもしれない。

 それに若干俺を抱きしめている手が震えているような気もする。


 悩み事とは無縁な娘に見えるが、流石に自分が『生け贄』にされるかもしれないという状況では平常心を保っていられないのであろう。


 女性を安心させる方法はよく分からないが、こんなときはどうすればいいのだろうか?

 セフィーロ辺りならば「抱きしめてやるのじゃな、この甲斐性無しめ」と言いそうだ。

 そんな声が聞こえた俺は、ユリアを優しく抱きしめる。

 数十秒ほどだろうか。

 衆人環視の中、女性を抱きしめる。


 ユリアの震えが収まった頃に軽く彼女の肩を抱き、僅かに距離を取ると、俺は彼女の瞳を見詰めこう言った。


「どうかご安心ください。このアイクめが来たからにはユリア嬢を生け贄にはさせませんよ」 と――。


 彼女は満面の笑みで微笑むと、こう返した。


「それはシーサーペントを退治して下さるという意味でしょうか? それとももう一つの意味でしょうか?」


 ユリアはそう返すが、二つ目の質問の意図が計りかねた。


 俺が難儀した表情をしていたためだろうか、彼女は悪戯好きの少女の顔をしながら、俺の耳元で囁く。


「生け贄に捧げなければいけないのは『乙女』なのです。アイク様とわたくしが今宵にも結ばれればわたしは生け贄候補から必然的に外れます」


 そんなことを囁かれてしまえば、返答に窮してしまう。

 俺が戸惑っているのを楽しむかのようにユリアは「くすくす」と笑うと、こう締めくくってくれた。


「冗談ですよ、アイク様。仮にわたしが生け贄の候補でなくなったとしたら、別の娘が候補になるだけ。それでは根本的な解決にならないと思います」


 彼女はそういうと、


「わたしが生け贄になってシーサーペントが静まってくれるのならば、いくらでも生け贄になるのですが」


 ユリアはそう言うが、若干、足が震えている。


 冗談めかしているが、やはり彼女は恐怖と戦っているのだろう。

 諸事情により彼女の夫になることはできないが、彼女の騎士(ナイト)になることはできる。


 俺は、彼女を安心させる為、王女に仕える近衛騎士のように膝をかしずくと、


「シーサーペントを見事に打ち払い、ユリア嬢のご心労を取り除いて見せましょう」


 と、頭を垂れた。 


 自分でも少々演出過剰かな、そう思わなくはないが、これで少女が安眠できるのならば安いものである。


 シーサーペント討伐の準備が整うまで、この館に留まらなければならない。

 その間、婚約者のご機嫌を取るのも俺の仕事の一つだろう。


 ――例えその婚約が仮初(かりそ)めのものであるとしても。


 そんなことを考えながら、その日一日は、ユリアの話に付き合わされた。

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