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魔王と魔女のチェスゲーム ††

††(魔王様視点)


 アイクが少女の命令を受諾し、謁見の間を去った後、少女とセフィーロはその場に残り、会話を続ける。


 最近、この魔女と会話をする機会が増えた気がするが、話題はもっぱらアイクのことが中心となる。

 今も、召使いに酒と肴を持ってこさせると、二人でチェスを差しながら話し始めた。

 本当ならば碁が好きなのだが、この世界に碁はない。


 碁盤と碁石くらい、簡単に作れるが、例え作ったとしてもルールが普及していない以上、打つ相手がいない。


 ならば将棋という手もあるが、これまたこちらの世界にはない。

 いわば妥協の産物なのだが、チェスも試してみればなかなか奥が深い。

 いや、将棋のよりもルールが単純な分、こうして話しながらするには丁度良いゲームかもしれない。


 相手の駒をとっても自分の手駒にできないルールは納得いかないが、それを差し引けば将棋とほとんど変わらない。


 少女は、兵士(ポーン)の駒を二歩進ませると、目の前に居る魔女に語りかけた。


「さて、セフィーロよ、お主はどう思う?」


 セフィーロはしばし沈黙すると、


「本当のことを言っても宜しいのですかな?」


 と返答した。


 構わない、と少女は返すと、セフィーロは率直な意見を述べてくる。


「魔王様はチェスが下手ですな」

「…………」


 沈黙したのは事実だったからと、意図した質問とは違う形の答えが返ってきたからだ。

 確かに少女はチェスが下手だった。


 別に相手を打ち負かす為に指しているわけでもなく、ただ単に時間を消費するために指しているので、そこらの門番と対戦しても負ける自信があったが、別にそれで矜持(きようじ)を傷つけられたりはしない。


 チェスなど所詮(しょせん)遊技だ。

 時間さえ潰せればそれでよく、勝敗など二の次三の次であった。

 実際の戦に負けるのは口惜しいが、チェス如きの勝敗に拘っていなかった。


「そのような話ではない。余が言っているのは、アイクのことについてだ」


「あやつもチェスは下手ですぞ。(わらわ)は一度も負けたことがない」


 それはアイクが気を遣って(わざ)と負けているからだろう。アイクの温厚な性格とセフィーロの負けず嫌いな性格を勘案すると、そういう結論に達するがあえて指摘はしない。


「そう言う話でもない。アイクの奴は今回の難題、解決することが出来るだろうか。余はそう問うている」


 その話を聞いてセフィーロはやっと真面目な表情になった。

 (ルーク)の駒を直進させ、少女の兵士(ポーン)の駒を奪うと同時にこう言った。


「魔王様はアイクに実現不可能なことを命令させたのですか?」


 少女は女王(クイーン)の駒でセフィーロの(ルーク)を奪うと返答した。


「この世に実現不可能なことなどない。ただし、実現困難なことならいくらでもあるが」


「確かに」


 セフィーロはそう言うと「女王(クイーン)の駒を早期に動かすのはチェスの定石に反しますぞ」


 と、少女の悪手を笑った。

 少女は「余は定石が嫌いだ」と返すと、続けた。


「無論、それはチェスでの話であって、今回、アイクに命じた作戦は悪手だったのやもしれない」


「――と、申しますと?」


「最近、なんでもかんでもあの若者に頼る癖が付いてしまった。国璽の奪還、それに食料の調達、二つも難題を課してしまった。少しだけ反省している」


「泣く子も黙る魔王様も反省されることがあるのですな」


 と、セフィーロはにやりと笑うと、騎士(ナイト)の駒で女王(クイーン)の駒を奪ってくる。


「うむ、たった一人の軍団長に負担を掛けすぎのような気がする」


「まあ、その通りなので否定はしませんが」


「やはりうぬもそう思うか?」


「御意でございます」


 セフィーロは言うと、己の兵士(ポーン)の駒を動かしながらこう付け加えた。


「ただ、魔王様の気持ちもよく分かります。あやつは使い勝手が良い、それに押しつけた難題はどんなことも見事に解決してしまいます。重宝される気持ちも分かります」


「重宝か……」


 少女はそう呟くと、前世で共に天下統一を目指した武将の顔を思い出す。

 


 羽柴筑前守秀吉、草履取りから大名にしてやった男。戦働きから調略、領国経営、なんでも任せられる器用な男であった。


 

 柴田修理亮勝家、父の代から仕えてくれた重臣で有り、織田家の要。猛将と謳われ、多くの武勲を織田家にもたらし、敵からも畏怖された。



 丹羽越前守長秀、戦での働きは他のものに一歩譲るが、民を慰撫(いぶ)する人徳を持ち、城を普請(ふしん)させれば右に出る者はいなかった。



 滝川伊代守一益、鉄砲の名手でもあり、謀略にも長けた名将。退くも滝川、進むも滝川の異名は伊達でなく、また水軍を率いさせても一流の男であった。

  


 明智日向守光秀、この男も器用な男で有り、戦でも役に立つ上、教養も兼ね備えており、将軍家や朝廷との折衝(せっしょう)に大いに役立ってくれた。――最後には裏切られたが。 



前世でもこの異世界でも色々な名将と出会ってきた少女だったが、アイクという青年はどの武将とも違うような気がする。


 能力が劣っている、という意味ではない。ある分野では彼らよりも優れているところもあるし、ある分野では劣っているところもある。


ただ、ひとつだけ彼らと違うところがあるとすれば、それはその性格であろうか。

 アイクという青年は、少女が今まで出会ってきたどんな将とも違った。

 戦国武将のようにお家や出世のために働くわけでもない。


 かといってこの異世界の騎士のように名誉のために戦ったり、あるいは忠義心に酔いしれているわけでもない。


 ただ、純粋に平和な世を作り、安穏な世界を夢見ている人物のように思える。


 仮定の話であるが、もしも少女がこの世界の秩序を壊し、私欲のためだけに戦争を行っていたのならば、彼は魔王軍に馳せ参じてくれなかっただろう。


 もしも、少女がこの先、魔王軍を私物化し、悪政を始めたら、アイクは容赦なく少女を見限り敵に回るだろう。


 例え絶対に勝てぬと分かっていても――。


 そういった意味では、これまで接してきたあらゆる名将の中でも最も危険な人物といえるのかもしれない。


「…………」


 そんな結論に至り、しばし口をつぐんでいると、目の前にいる魔女が語りかけてきた。

 

「魔王様、お考えごとでも?」

「……少しだけな」


 一瞬、先ほどの思考を魔女に話そうと思ったが止めた。

 


「もしもアイクが余の前に立ちはだかったら、うぬならどちらに味方する?」



 そう聞きたい衝動に駆られたが、それは聞かない方が無難であろう。

 この魔女のことだ。

 間髪入れずにこう答えるだろう。



「無論、アイクです」



 と――。

 二人の絆はそれほどまでだと傍目(はため)から察することもできる。

 それにこの魔女のことだ。自分を偽るなどという真似はすまい。

 そんな魔女にそのような質問をするのは愚問といえた。


 愚問をすれば愚答が返ってくる。それが世の中の(ことわり)であった。

 少女はアイクという青年も失いたくはないが、セフィーロという魔女も失いたくなかった。


 アイクとセフィーロという人物を配下に据えるには、この二人に見限られない支配者で有り続けなければならないのだ。


 少女は改めて決意を固めると、騎士(ナイト)の駒を動かし、こう言った。


「チェック」と――。


 その言葉を聞いたセフィーロは悔しそうにこちらを見詰めると、「待ったはなしですか?」と尋ねてきた。


 少女は短く答える。


「なしだ」と。


 この負けず嫌いな魔女の機嫌を取るため、それくらい許しても良かったが、残念ながら少女もまた負けず嫌いであった。


 それに久しぶりに自分よりチェスの弱い相手と対戦できたのだ。この優越感をしばらく味わっていたかった。


 少女は立ち上がると、チェスの盤を眺めながら、何故負けたのだろう、と、いまだに首をひねっている魔女を見下ろす。


 その動作に気が付いた魔女はこちらを見上げると尋ねてきた。


「魔王様、どちらへ?」


 少女は答える。


「戦支度を始める」


 セフィーロは訝しげに尋ねてくる。


「しかし、まだアイクは国璽を取り戻してはいませんし、兵糧(ひょうろう)の問題も解決していませんぞ?」


 少女はその質問に対して僅かな笑みをたたえながら返した。


「セフィーロよ、うぬはアイクが失敗すると思っているのか?」


 少女の言葉の意味を察したセフィーロはにやりと笑い、首を横に振った。


「それもそうですな。では、(わらわ)もバレンツェレに戻り、戦支度を始めましょう」


 セフィーロも呼応するように立ち上がると、少女の後ろに付き従った。

 少女はセフィーロを従え私室を出ると、こう漏らす。


「さて、チェスの方は久方ぶりに勝てたが、ローザリアとの決戦はどうなるかな」


 魔王軍に人材は沢山いれど、女王(クイーン)やアイクのように自在に動き回れる駒は意外に少ない。

 その少ない手駒を駆使し、戦に勝利するのが(キング)である少女の努めであった。

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『銀英伝』の元のタイトルは 銀河のチェスゲームなの知ってました?
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