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いつになったら道順を教えて貰えるのだろうか

 魔王城ドボルベルク、言わずと知れた魔王様の居城である。

 この城にやってくるのは4度目であろうか。

 流石に4度目ともなると、迷わないだろうと思ったが、迷った。

 この城は保安上の理由で廊下がランダムに配置されるのだ。

 いい加減、そのランダムの法則を教えて欲しいが、魔王様もセフィーロも教えてくれない。


 まだ信頼度が足りないのだろうか?

 これでは謁見の間まで向かうのに、時間を有してしまうかもしれない。

 というか、辿り着ける自信がない。

 そのまま遭難してしまうのではないか、というほどの迷宮に思えた。


 時折、骸骨騎士を模した骨董品が廊下に立てられているが、もしかしたら俺もこのままだと行き倒れとなり、オブジェクトになってしまうかもしれない、と思うと、ぞっとする。


 そんな風に考えていると、魔王城の床が光り出した。

 矢印のようなものが地面に浮かび上がる。

 これを辿っていけ、ということなのだろうか?

 いや、そうなのだろうけど。

 その矢印に従って歩くこと十数分、謁見の間へと辿り着く。


「相変わらず立派な門だ」


 見上げんばかりに大きい、人間が入るには大きいが、これくらい大きくなければ、巨人族などが入るときに不便なのだろう。


 そう思った。

 俺が扉の前に立つと、扉は音も無く開く。

 目の前に巨大な空間が広がる。

 その中心にある玉座に、魔王様は控えていた。

 玉座の肘掛けに肘を突き、こちらを見下ろしている。

 俺は彼女の前まで歩くと、片膝を突く。


「魔王様におかれましては、ご機嫌麗しゅう――」


 俺の挨拶が中断されたのは、魔王様が「無用」と一言答えたからだ。  

 魔王様の命令なので素直に従うと、俺は立ち上がり言った。


「王都リーザス攻略の件についてなのですが」


 単刀直入に尋ねたのは、この人に世間話など無用かと思われたからだ。


 この方の容姿は可憐な少女そのものだが、セフィーロとは違い、無駄話は好まれない性格と聞く。用件から話した方が合理的であろう。


 そう気を利かせたのだが、無粋にもそれを破る人間がいた。

 ――いや、魔女が居た。

 彼女は俺の背に声を懸けてくる。


「なんじゃ、アイクよ、お主も来ておったのか」


 まったく、この人は不意打ちの名人だな。

 そう思いながら振り返ると、そこには元上司のセフィーロが居た。

 いつものにやけた表情だ。

 恐らくではあるが、イヴァリースに使い魔でも忍ばせて俺の動向を探っていたのだろう。

 まったく抜け目のない人だ。


「抜け目がないのはお前じゃろ。まったく、(わらわ)を仲間外れにして魔王様のもとに来られるのだから」


「そういうわけではないですよ。ただ、リーザスを攻めるのは今しかないかな、と上奏(じょうそう)しに来ただけです」


「それを抜け駆けというのじゃ」


 と、軽く唇を動かすと、辞書を手元に召喚し、投げて寄越す。

 それで『抜け駆け』の項目を検索せよ、という皮肉なのだろう。

 仕方ないので辞書をパラパラとめくり、抜け駆けの項目を参照するが、そこにはこう書かれていた。



『抜け駆け』

 意味、(わらわ)も賛成。



「…………」


 同じ意見ならば口でそう言えばいいのに、こんな手の込んだ真似をするのが、この魔女の面倒なところというか、可愛らしいところだった。


 ――ともかく、同意見ならば話は早い、二人で魔王様を説得し、ローザリアの王都に攻め込むべきだと上奏すべきであった。


 俺はセフィーロと視線を交差させると、魔王様の方へ振り向き、再び、片膝を突き、頭を垂れる。


「恐れながら魔王様、具申したい策があるのですが」


 俺とセフィーロがそう言うと魔王様は、みなまでいうな、と俺たちを制す。


「うぬらが言いたいことは分かっている」


 と、前置きした上でこう付け加えた。


「余もうぬらと同じ意見だ」


「おお、それでは話が早い。さっそく、各軍団長を集めて緊急軍議を開きましょう」


 セフィーロはそう逸るが、魔王様は諫める。


「いや、それはまだ早い」


「しかし、今、敵の王都には諸王同盟の軍はおらず、丸裸も同然なのですぞ。今、攻めずにいつ攻めるというのです」


「それには俺も同感です」


 とセフィーロの援護をするが、魔王様は首をゆっくりと横に振り、指を2本突き出す。


 勝利のVサインではない。前世の戦国時代にはそのような風習はなかったし、この異世界にもない。少なくとも俺の知る限りは。


「今、攻められない理由は二つある」


 一つ、と少女は前置きすると、


「国璽と正式な王位が向こうにある以上、リーザス攻略時に諸王同盟が援軍に来るかもしれない」


 二つ、少女はそう言うと続ける。



「我が軍は、今、食糧が不足している。城攻めの長期戦に耐えられるかどうか」


 魔王様は眉一つ動かさずにそう言う。

 セフィーロは反論する。


「前者ははともかく、後者は問題ないのではないですか? アイクがもたらした農法によって農業生産力は飛躍的に上がっています」


「正確には飛躍的に上がりつつある、だな。新たな農法を取り入れるのには時間が掛かる。それに麦が大地に根ざし、穂を実らせるのにも時を有す」


 まあ、その通りだ。俺の開発した四輪作農法や水田の技術は、魔王軍の支配地に広がりはしたが、まだ結果は出ていない。その成果が如実に表れ出すのは数年先だろう。


「商人から大量の食料を買い上げることは出来ないのですか?」


 セフィーロは進言する。

 魔王様の代わりに俺が答える。


「それは無理ですよ、団長」


「なぜじゃ?」


「財政的な問題もありますが、すでにほとんどの食料は諸王同盟が買い上げています。金に糸目を付けずに、ね。今から割り込んで食糧を確保するのは至難の業ですよ」


 魔王軍と人間たちの国力の差に改めて溜息が出る。


 新しい農業技術の開発の成功、ドワーフやエルフの援護を受けるようになった魔王軍であるが、人間との技術格差や経済格差は縮まっただけで、埋まったわけではなかった。


 いつかその差をひっくり返し、逆転させねばならないが、それにはそれ相応の年月を必要とするだろう。


「むう、そうなると、国璽を敵の手から奪い去り、トリスタンをローザリア国王に復位させ、大量の食糧を確保するまでリーザスには手を出せない、というのが魔王様の方針だと?」


 魔王と呼ばれた少女はこくりと頷く。


「なるほど、難題ですね」


 俺も頷くが、セフィーロが恨みがましい目でこちらを見詰めてくる。


「暢気な口調じゃの。そもそも誰のせいでこんな深刻な事態になったというのじゃ?」


「俺のせいだと?」


 セフィーロは「うむ」と断言する。


「お前が見事なまでに敵軍を打ち破り、王都リーザスが手薄になったからこんな事態になったのじゃ」

 完璧な八つ当たりかと思われたが、そうでもない。


 彼女は痛いところを突く。


「それに先日の戦で得た大量の捕虜。奴らを養うだけでも大量の食料がいる。それもお前のせいじゃ」


 確かに俺は先ほどの戦で、ローザリアの騎士団を完全に壊滅させ、大量の捕虜を得た。



 一昔前までの魔王軍ならば、



「皆殺しにして肥料にでもすれば良い」



 という発想になるのだろうが、今の魔王軍ではそれは御法度だ。


 手厚く持てなす、とまではいかないが、捕虜収容所を作り、そこで彼らを養わなければならない。

 人間を養うのには大量の食料がいるのだ。


 俺が大量に捕虜を得てしまったため、捕虜収容所はパンク寸前状態であり、彼らの食い扶持を賄うのも大変であった。


 早く戦争を終結させて国に戻って頂くか、ローザリア王国との取り引き材料にしたいところなのだが、この状況下では彼らを解放する理由はない。取り引き材料にもならないだろう。


 ただ食料を消費するお荷物だった。 


 セフィーロからジト目で見詰められても仕方ないのかもしれないが、魔王様はそんな俺を庇ってくれる。


「まあ、そういうな、セフィーロよ」


 魔王様は間を取り持つようにそう言うと、こう続けた。


「アイクの槍働きによってローザリアの騎士団を壊滅したのは確かだし、大量の捕虜を得たのも事実なのだ。その働きは賞賛すべきだろう」


 それに――、と続ける。


「余が一番目を懸けている第8軍団の団長ならば、その二つの問題もあっという間に解決するのではないか?」


 そういうと魔王様もこちらの方を見詰めてくるが、その瞳にはセフィーロのような茶目っ気や稚気(ちき)はなかった。


 ただ、口にした言葉はセフィーロよりも過激であった。


「アイクならば、その二つの難題も見事解決するであろう。余は期待している」


 その言葉を聞いたセフィーロは、にやりと笑い、同意する。


「確かに、責任者に責任を取って貰うのが一番かもしれないな」


 本来、女性から視線を受けて悪い気などしないはずなのだが、この二人から見詰められるとどうしても冷や汗が流れる。


 セフィーロは悪戯好きの童女のような笑顔を浮かべているし、

 魔王様とて無表情であるが、その瞳の奥にセフィーロと同じものを感じる。

 要は性格や容姿こそ違え、本質的にはこの二人は一緒なのかもしれない。

 自分の気に入ったものはとことん苛める。


 ――或いは可愛がる、と言い換えてもいいかもしれないが、ともかく、俺は彼女たちの期待に応えなければならないらしい。


 つまり、俺はローザリア王国宰相の手元から国王の証明である国璽を奪いつつ、食糧不足問題も解決しなければならないようだ。


 頼りにされている、といえば聞こえは良いが、最近、酷使されているようにも感じる。

 もしも俺が戦場の露と消えたら、魔王軍はどうなってしまうのだろうか。

 それにこの二人は悲しんでくれるのだろうか。

 縁起でもないが、そんなことを考えてしまった。

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