流れ星に願いを
投降してきた兵士達の処遇、負傷者の手当、戦の事後処理は戦よりも疲れる、とはどこの軍団長も嘆くことらしいが、それらをこなすのも軍団長の責務だった。
一方、援軍にやってきてくれたセフィーロは俺の横で、
「大変そうじゃのう」
と、欠伸をしている。
「………………」
この人は軍団長としての責務を完全に放棄し、俺に全ての処理を任せるつもりのようだ。
相変わらずの性格だが、腹を立てたりはしない。
人にも魔族にも向き不向きがあり、むしろ、何もしない方が『役』に立つ人物というのは確かにいるのだ。
俺は彼女を無視すると、黙々と戦後処理に入った。
その夜――。
団長用に張られた陣幕にいる魔女のもとに赴く。
案の定、彼女は葡萄酒を片手にほろ酔い気分だった。
彼女は俺がやってくるなり、
「なんじゃ、手土産もなしか、相変わらず無粋じゃのう」
と、こちらの方を向き、「かっか」と笑った。
「手土産ならありますよ」
俺はそう言うと、天を指さす。
セフィーロは詰まらなそうな表情のまま夜空を見上げると、「なにもないぞ」と愚痴った。
俺は一言で返す。
「この夜空が手土産ですよ、素敵でしょう?」
その言葉を聞いたセフィーロは、「ふん」と鼻を鳴らすと、「いつから魔術師から詩人に転職した」と愚痴った。
だが、満更でもないようで、彼女は夜空を見上げながら、木製のコップに口を付けている。
俺も改めて天を仰ぐが、確かに綺麗な夜空であった。
先ほどまで血と硝煙の臭いが舞い、魔法と銃声の轟音が木霊していた場所とは思えない静けさであった。
こちらの世界に生れ変わってからは、星空など見飽きていたが、前世ではなかなか見られなかった光景である。
「そういえば団長、外国語の本の翻訳をするとき、愛している、を、月が綺麗ですね、と訳した作家がいるそうですよ」
「気障な奴じゃの」
それには激しく同意するが、確かにこんな星空を見ていると、戦争だの、亡国だの、どうでも良くなる気持ちは分かる。
俺はしばし見とれる。
セフィーロがコップに注がれた葡萄酒を飲み干す間くらい、戦争のことなど忘れたかった。
セフィーロが気を利かせてくれたのだろうか、10分ほど経った頃、彼女はおもむろに口を開いた。
「アイクよ、今回の武勲見事であった」
セフィーロは珍しく、皮肉を言うでもなく、へそを曲げるでもなく、普通に褒めてきた。
「和平には失敗しましたけどね」
「それは仕方あるまい。向こうにその気がなかったのだからの。しかしじゃ、敵の狡猾な罠を打ち破り、ローザリアの軍隊に致命的な一撃を与えた。そのことに関しては誰からも後ろ指指されない武勲じゃ」
「………………」
珍しくべた褒めなので、逆に返答に窮してしまう。
なにか悪いものでも食べたのだろうか。
そう心配になったが、どうやら彼女は本気のようだ。
いつもの戯けた雰囲気は一切ない。
それどころか、久しぶりに真面目な表情を作ると、こちらの方を向きながら言った。
「和平は上手くいかなんだが、その代わりローザリアは二分された。今、ローザリアはトリスタン派とその弟ランベール派、いや、宰相のアイヒス派に真っ二つに分かれている」
彼女はそこで一呼吸置くと続ける。
「しかし、今回の騒動により、そのトリスタンは魔王軍に協力を申し出てくれている。つまり、魔王軍は大義名分を得た、というわけじゃな」
「………………」
その言葉を聞いた俺は、態と間を置くと、「というと?」と尋ねた。
答えは知っていたが。あえてセフィーロの口から聞きたかったのだ。
彼女もそのことに気が付いているようだが、あえて触れずにこう答えた。
「近く、魔王軍はローザリアの王都に攻め込むことになるだろう。そしてその王都を攻め落とすことになるだろう。――魔王軍最強の魔術師によって」
彼女はそう言うと、以後、口を開かず夜空を見上げた。
俺もそれにならうが、しばらく夜空を見詰めていると星が流れた。
流星という奴だ。
この世界でも星が流れ落ちる前に願い事を三回言えば叶うのだろうか。
そんなことを考えながら、セフィーロと夜空を眺め続けた。
皆様のおかげでここまで書き上げることができました。
4章も引き続きお楽しみに下さい。
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