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奇術の帰結

 我が連合軍とローザリア騎士団との会戦は5日後に行われた。

 双方が引く気がない以上当然の結末であるが、戦は想像以上に困難を極めた。

 オークの参謀ジロンは言う。


「敵軍の戦意は想像以上に高いですね。負け戦の連続だから下がっている、と思ったのに」


「逆に負け戦の連続だから上がっているんじゃないかな」


 俺は反論を述べる。


「といいますと?」


「ここで負ければもう後はない。魔王軍に王都を占領されるか、トリスタンが復位し、処刑される、と思い込んでいるかもしれない」


「あの気の優しい坊ちゃんがそんなことしますかね」


「しないだろうな。でも、アイヒスがそう(そそのか)しているかもしれないし、少なくともトリスタンが復位すればどうなるか、自分たちの処遇のことは考えるだろうな」


「……まあ、出世の道は絶たれるでしょうし、最悪、領地も没収されるでしょうね」


「そうしないとけじめが付かないからな」


「あるいは敵将の家族が宰相アイヒスによって人質に取られている、という可能性もあるな。戦国の世ならよくある話だ。どちらにしろ、敵軍にも引くに引けない事情があるのだろう」


「つまり、敵軍は窮鼠と化しているというわけですね」


 俺はその通り、と断言すると、必死の覚悟の敵軍と戦っている部下達に指示を下した。

 伝令に命令を托す。


「できるだけ時間を引き延ばして戦え」

 と――。


 その言葉を伝令に托したが、その命令を聞いた各旅団長は、きょとんとしているだろう。


「団長らしくない通達だと」


 実際、リリスなどは、《念話》の魔法を使って尋ねてきた。


「アイク様、『その』作戦で本当に宜しいのですか?」


 敵軍の魔術師に傍聴されるから、戦場で念話は控えろとあれほど言っていたのだが、リリスは平然と話しかけてくる。


 ただ、作戦概要には触れないので、一応、分別は弁えているのだろう。

 俺は叱ることなく答える。


「別に構わない」


 更にそう言った後にこう続ける。


「あー、この作戦命令は敵にばらしても構わんぞ。ともかく、攻勢には転じるな。じっくり時間を稼げ」


 俺はそう言い切ると、《念話》を遮断した。

 念話を聞き終えると、ジロンが尋ねてくる。


「一気呵成に勝負を決めてしまわないのはなにか意図があるのですか?」


「勿論ある」


 と、俺は答えると、ジロンに説明する。

 というか呆れながら言う。


「お前は本当に参謀か。俺たちが最初にこの平原にやってきてどれくらい期間が経つ?」


「まだ1日くらいじゃないですか?」


「違う。調印式の後からだよ。もう2週間近く時間が経過してるだろう?」


 その言葉を聞いてジロンは「あっ!」という言葉を上げた。


「ということは、そろそろセフィーロ様の第7軍団が援軍に来てくれる、ということですね」


「その通り」


 俺は即答したが、皮肉も付け加える。


「団長が下らない実験に夢中になってなければな」


「流石にそれはないですよ」


 と、ジロンはセフィーロを庇うが、それはともかく、そろそろセフィーロの援軍がやってきてもおかしくない頃合いであった。


 それを見越して、時間を稼ぎたいのだが、あの魔女は俺の期待に応えてくれるだろうか?


 無論、セフィーロのことは実の姉のように信頼していたし、その能力も信用していたが、トラブルという奴は得てして最悪のタイミングを見計らって起こるものである。


 ただ、その心配は杞憂に終わったようだ。


 ローザリアの騎士団と激突してから数日、戦線が膠着し始めた頃、俺の陣幕に一羽の椋鳥(むくどり)がやってくる。


 セフィーロの使い魔だ。

 小鳥は俺の肩口に留まると囁くように呟いた。


「数刻後に戦場に到着する。しばし待っておれ」


 その声は紛れもなく、セフィーロのものだった。

 その言葉を聞いた俺は、この戦の勝利を確信した。





 数刻後、予告通り第7軍団は戦場にやってくる。

 そして言われるでもなく、敵軍の横腹に軍を突撃させた。

 無論、敵軍もそれはある程度予測していたはずだ。

 この戦場は見渡す限りの平原、奇襲をするのにはあまり向かない地形である。

 敵軍の指揮を採っている人物は無能ではない。

 それは今までの戦闘で察することができた。


 だが、流石に精鋭揃いの第7軍団に側面を突かれ、持ちこたえるほどの戦術家ではないようだ。

 それに数の上ではこちらは約7000(第8軍団は2000、白薔薇騎士団・聖盾騎士団は2000、第7軍団は3000)


 もはや数の上では互角以上であった。

 更に言えば戦力的にももはやこちらの方が敵軍を凌駕している。

 我が第8軍団は勿論、セフィーロの配下も強者揃いだ。


 人狼旅団のベイオはその俊敏さと獰猛さを生かし、敵軍の中に切り込むと、敵の騎士たちの喉笛に食らいついていった。


 俺の先輩に当たるマンティコアのクシャナも、配下の獣たちを巧みに操り、敵軍を圧倒している。


「もう、俺の出る幕はないかな」


 そう思わせるくらいの活躍ぶりだった。

 ただ、それでも敵軍は粘り強く交戦しているから見上げた根性だった。

 ジロンにも説明したとおり、もう後がない、そう思っているのだろう。

 敵軍ながら、その奮戦ぶりは賞賛に値したが、それゆえに俺は迷った。



(ここで敵軍に壊滅的な打撃を与えておくべきだろうか?)



 このままでも敵軍はそのうちに撤退を始めるだろうが、無傷のまま返せば、また牙を研ぎ、復讐戦の機会を窺ってくるだろう。


 それは個人的には許容できても、魔王軍としては許容できなかった。

 俺は馬上から、オークの参謀ジロンを見詰める。

 手を握りしめながら、戦況を見守っている。

 俺はそんなジロンに語りかけた。


「そういえばジロン。新しい子供が生まれたんだってな」


 場違いな言葉にジロンはキョトンとしている。


 当然の反応だったが、ジロンは素直に、


「ええ、16匹目の子供です」


 ジロンは自慢げに言うが、俺は尋ねる。


「その子たちにはどういう風に育って欲しい? 大きくなったら、自分のように参謀になって欲しいか?」


 ジロンは首を横に振ると、「滅相もない」と断言する。


「自分の子供には戦場に立って欲しくありませんよ。親ならばみんなそう思うんじゃないですかね」


「だよな」


 その言葉で決心した俺は、号令を下すことにした。

 所詮、戦争とは血塗られた道だ。

 今更余計な血を流したくないなど、綺麗事に過ぎない。



 もしも本当に余計な血を流したくないのであれば、早くこの戦争を終結させ、平和な世を作るしか道はなかった――。



 そう改めて確信した俺は、敵軍を完全に粉砕することにした。


「ジロン。リリス、シガン、ギュンター、それにアリステアたちに全面的な攻勢に移るよう伝令を出してくれ」


 ジロンは承知しました、と頭を垂れると、伝令の手配を始めた。

 


 俺の命令通り、攻勢を始めると、あれほど頑強に抵抗していた敵軍は、崩壊を始めた。

 いや、むしろ今まで持ちこたえていた方が奇跡といえるかもしれない。

敵軍はついに潰走を始める。

 ジロンは俺の方を向き尋ねてくる。


「追撃しますか?」


 俺は「いや」と首を振る。

 そう言い切ると、俺は魔法の詠唱を始める。

 短い呪文であったが、俺が唱え終えると、敵軍の遙か後方に火柱が上がる。

 ジロンはその光景に驚きの声を上げる。


「す、すごい魔法ですね。禁呪魔法でしょうか。一瞬であんな火柱を上げる魔法なんてみたことがありませんよ」


「魔法は魔法だが、ただの《発火》の魔法だよ」


 俺はジロンにそう答えるが、ジロンは信じられないようだった。


「《発火》て魔術師ならば子供でも使える一番簡単な魔法ですよね? それでどうやってあんな火柱を!?」


「答えは簡単だ。事前に火薬を平原に撒いておいた。あの辺は燃えやすそうな枯れ草の山が敷かれていたからな」


「と、ということは、事前にこの場所が決戦場になるって把握してたってことですか?」


 ジロンは俺を予言者のように見詰める。


「もしも、各個撃破作戦が失敗すれば、敵がこの辺に集結するのは予測できたからな」


「ま、まるで神様みたいだ……」


「山勘だよ。ただ、火薬を撒くだけの簡単なお仕事だ」


 事実そうであった。

 もしも各個撃破が失敗し、敵軍が集結するならば、この平原だとは予測していた。

 理由は二つある。



 ひとつ、この平原は交通の要衝で有り、ここを押さえたものが有利になること。

 ふたつ、万に近い大軍が集結できる場所は限られること。



 事実、敵軍はこの場所に集結したし、俺の勘は間違っていなかったことになる。

 罠を仕掛けておいて損ということはなかった。

 実際、損をすることなく、敵軍を罠にはめることが出来たのだから。


 正面を第8軍団、右脇腹をセフィーロの第7軍団に攻撃され、後方から火計によって退路を遮断された敵軍は当然、左方向に逃げ始めたが、そこにも俺の罠が仕掛けられていた。


 俺は再び魔法を詠唱する。



「蘇れ、傀儡兵(スケルトン)共よ!」



 そう詠唱を終えると、平原の土の中から、骨の手が突き出してくる。

 ジロンはもう驚きの声さえ上げない。


「旦那なら更になにか仕掛けていると思ってましたよ」的な顔で俺を見詰めている。


 確かにその通りなので反論できなかったが、俺が地中に埋めていたスケルトン兵は、敵軍の退路を塞ぎ、攻撃をし始めた。


 アリステアの白薔薇騎士団を追い払ったときに使った手であるが、この作戦は何度使っても有用であった。


 森や茂みなどなくても簡単に伏兵を配置できる。

 確実に敵がそこを通ると分かっていれば、使っておいて損はない戦法であった。

 俺の奇策によって敵軍は窮地に陥る。



 前面に俺たち、

 右方向から第7軍団、

 左方向からスケルトン兵、

 後方には燃え上がる火柱、



 つまり、敵軍は完全に包囲されたことになる。

 敵軍が当初描いていた包囲殲滅作戦を逆にこちらが成功させたのだ。

 皮肉な話であった。

 包囲殲滅作戦をしかけようとした側が、包囲殲滅作戦によって壊滅するのだ。


 四方を完全に俺たちに囲まれた敵軍は、最後まで抵抗を重ねたが、数刻後、その抵抗も散漫となり、最後はなくなる。


 生き残った兵は包囲網を突破するか、投降の道を選んだ。

 要は魔王軍はこの戦に勝利した。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >それに数の上ではこちらは約7000(第8軍団は2000、白薔薇騎士団・聖盾騎士団は2000、第7軍団は3000) お互いに千の兵を引き連れて調印に望んだはず、合計二千、幾らか損耗が…
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