Re:IN
―episode 8: Re:IN ―
何となく気恥ずかしくて、あれから暫く2人とも無言で歩いていたが、何度目かの信号待ちの時に、翡翠が少し躊躇いながら口を開いた。
「あの…さっき皆に言ってたことって…さ、」
「あぁ…」
すぅ、と短く息を吸って、幾らか浮ついていた気持ちを引き締める。
「本当は訊かれる前に僕から話すべきだった。気を遣わせて済まない。」
君にも散々迷惑を掛けてしまった訳だしな、と、首を横に振った翡翠に真剣な顔で言う。
「少し長い話になるけど…良いかな?さっきの話について語るには、僕達がRe:INとして活動し始めたところから説明しなくちゃいけないからね。」
いいよ、大丈夫、と頷いたのを見て、僕は訥々と語り始めた。
「……Re:INは元々、ユキのギターに心酔した僕が、その音を埋もれさせておくのは勿体無いから、と結成を持ち掛けたことで始まったグループなんだ。
急な呼び掛けにしてはメンバーは割とすぐに集まった。
リリィはユキの幼馴染みだから誘うのも楽だったし、ナキと雅の方は、向こう自身も丁度メンバーを探していたところだったからね。
後は…ボーカルだけだった。
ただ、それは僕の方にアテがあってね。
特に苦労することなく見付かったよ。」
「え?ボーカルって紫杏さんじゃないの?」
驚いたように僕を見る翡翠に、小さく苦笑いを零す。
「あぁ…」
行き交う車の流れをぼんやりと眺めながら、過去に思いを馳せる。
「僕は、Re:INの正式なボーカルではない。」
「え?」
「まぁ、前任の子はもう戻ってくる気はないだろうから、実質的には今のボーカルは僕で間違いはない訳だが…
僕の前に、一人正式にボーカルとして迎えた子がいる。
…いや、『いた』だな。
……彼女も、僕が誘ったんだ。
『君の声は綺麗だから、きっとボーカルに向いているはずだ』ってね。
それで…、
いや、先に彼女のことを話しておかなくてはいけないな。
その前任のボーカルの子は、名を八代李杏という。
隣のクラスの委員長で、何かと目立つ子だから、君ももしかしたら見た事があるかもしれない。
華があって、周りに人が絶えないようなタイプの子だから、君も恐らく好感を持てると思うよ。
…話を戻すが…、李杏は僕の誘いを二つ返事で受けたんだ。
昔から歌うのが好きな子だったし、僕のように下手の横好きという訳でもなかったからね。
そうしてメンバーも揃い、本格的にグループとして始動したRe:INは、初舞台を去年の文化祭に据え、毎日練習を繰り返していた。
当初演ってたのはほぼ全てユキかリリィか僕がネットから探してきたボカロ曲で、透明感のある李杏の声が引き立つような曲ばかり選んでいたんだ。
結果似たような曲が多くなって、見かねた雅がナキに頼んで、作曲してくれることになったりして…
あぁ、でも本番1ヶ月前くらいかな?
ユキが唐突に、曲目を変更してほしいって言ってきたことがあったんだ。
どうしても演りたい曲がある、って。
僕も含め、皆はすぐに了承したよ。
そんなに難しい曲じゃなかったし、何より皆一度聴いて気に入ったからね。
その曲はねぇ、歌詞が男子高校生視点で描かれた淡い片思いのストーリーになっていて、聞いただけで胸が苦しくなるようなピアノの旋律と合わさって、驚くほど聴く人の心を掴むんだ。
あんな良い曲だったら当然有名になっているはずなのに、誰も一度も聴いたことがなかったから、リリィなんかはよく『こんな名曲どこから発掘してきたのよ!』って迫ってたくらい。
でも、ユキは誰が何と訊いても一切教えてくれなくてさ…
まぁいいか、ってその内皆も諦めてね。
何にせよ良曲なんだからいいじゃないか、って。
それにしたって何でラブソングなんだ、もしかして好きな人でも出来たのか、とか言ってユキをからかい倒したりはしたけどね。
あの時はね、本当に僕達6人は上手く行ってたんだ。
6人とは言っても、僕はただ皆の練習場所を押さえたり、スケジュールを組んだり、プロデューサー的な役割しか担っていなかったんだけどさ。
そうこうしている内に、とうとう本番2日前になった。
最終調整のために各自トレーニングをして、さぁ本番のつもりでリハーサルをしよう、ってなった時に、ある異変に気付いたんだ。
李杏の声が出なくなっていた。
全く出ない訳ではない。
けれど、少なくとも歌うなんてことを考えるのも馬鹿馬鹿しいくらいには、枯れていた。」
【Continued.】