初夏
―episode 1: 初夏 ―
うちのクラスに今日から転校生が来るらしい。
担任と一緒に歩いている所を、僕の友達が見たそうだ。
背が超高くて、その辺に居ないくらいのイケメンだった!って騒いでたけれど…どこまで信用して良いものやら。
あの子はいつも言うこと為すこと大袈裟だから、実際自分で確かめると拍子抜けすることがあるんだよね、結構。
だから、今回もそんなに信用していない。
欠伸を一つして窓の外を見遣る。
うんざりするくらい青い空。
もう5月も終わりだし、そろそろセーターは暑いかもしれない。
とは言えカッター一枚になる気はさらさらない訳だけれど。
この中途半端にミディアムボブくらいまで伸びた髪をどうにかすれば、いくらか風通しも良くなるだろうか。
「ねー聞いてる?紫杏。ほんと有り得ないぐらいイケメンなんだってば!」
「勿論聞いているよ。1割ぐらいなら。」
うっ、としょぼくれた犬のような顔になった彼女に、僕―立花紫杏―はにやりと笑った。
「…冗談。その反応が見たかっただけさ。ちゃんと聞いていたよ。」
「何それー!ほんっっとドSなんだから!」
ちなみにこのイジリ甲斐ある女の子が件の誇張系女子、リリィこと芦原璃々だ。
第一印象は大抵『大人しそう』か『静かそう』、と言われる僕とは正反対で、ミルクティー色に染めたセミロングの髪をふんわり華やかに巻いて『the☆女子高生』といった感じだけれど、意外としっかりしていて面倒見も良い。
僕とは去年、今年と同じクラスで、一応親友、かな?
「だが君も知っていると思うが、イケメンの転校生が入ってくると聞いた所で、僕のテンションは上がらないよ?」
「知ってる…けど、紫杏だってあの人見たら超ビックリするって!紫杏のお兄さんにちょっと雰囲気似てるし!」
「そうなのか?」
憧れの兄に似ていると聞いた瞬間俄然その転校生とやらが気になってきた僕を見て、リリィが呆れた顔になる。
「ほんと紫杏ってお兄さん一筋だよね…。報われなさすぎてユキが可哀相…。」
「…おい。」
丸めた教科書でポコン、という軽快な音を立てて後ろからリリィを叩いたのが、リリィの幼馴染みのユキこと結城千里。
ほんのりアッシュに染めた長めの髪と、髪色に合わせた灰色のコンタクトのせいでハーフと勘違いされがちだけれど、純日本人で何と茶道の心得まである。
もう何ヶ月も前から僕のことが好きだという噂が立ってる(し、実際好かれてるんだろう)けど、僕にとっては仲の良い友達の一人だ。
僕としてはこんな変わり者で変な男口調の女より、他に良い子が沢山居るのに、と不思議で仕方ない。
「結城、図星だからってリリィを叩くのはどうかと思うわ。」
「…お前も叩いてやろうかこのクソ女。」
「そんな汚い言葉遣いだから紫杏に相手にされないんじゃないかしら。」
ポーカーフェイスでさらりと酷いことを言ったのが、尾上雅。
切れ長の目元が涼しげな黒髪クールビューティーで、その見た目と時折放つ辛辣なコメントから、一部で『氷の女王』と呼ばれ、熱狂的な支持を受けている。
一方で人懐っこい面もあり、今年初めて同じクラスになった僕とリリィ、それにユキともすぐに打ち解けた。
…まぁ、今みたいなやり取りを見て打ち解けていると言えるかは微妙な所だけれど。
「…っとにムカつく奴な。ナキもこんな女の何処が良くて付き合ってんだか。」
「別にゆっきーには解んなくて良いんだもーん!みぃちゃんの良いとこは僕だけが知ってれば良いのー。」
ぴょこっ、と雅の背後から顔を出したのが、ナキこと花園名月だ。
柔らかい癖っ毛、アーモンド型の大きな瞳、白くて柔らかそうな肌に鼻に掛かった甘い声、と、あざとさの塊のような容姿に萌え袖を装備して、常に可愛さ無双のショタ系天使である。
正反対のタイプの雅とは一見馬が合わなさそうだが、実はかなりお熱いカップルだったりする。
「はいはい、そういうのもうお腹一杯だから!そんなことより転校生だってば!」
どんどん逸れていく話の流れをぶった切るべく、リリィがバン、と机を叩く。
同時に、教室の扉が開いた。
【Continued.】