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鵺鳥が泣く

日曜日の今日。

私は一人で図書館に来ていた。

理由は、この市に伝わる怪談などを調べる為だ。

学校に入ってから、美琴ちゃんに連れられて色々な怪談を調べてきたが、いつも私は受け身でしかなかった。

美琴ちゃんがどんな怪談を調べるか提案してきて、私はそれに流されるままに付き合うだけ。

正式なものでは無いとはいえ、一応部活であるのだから、もっと積極的に活動するべきではないだろうか。

せっかくの部活動なんだし、何より楽しんで行うべきだろう。

ふと、そう思ったのだ。

それには、私も美琴ちゃん達の様に色々と知る必要がある。

知れば彼女たちの話についていけるし、より充実した活動が出来るはずだ。

だからこうして図書館に来、郷土史のコーナーで本を探しているのだった。

棚に隙間なく並べられた本の中から、背表紙に書かれた題のみを頼りに一冊を選ぶ。

…日諸市怪談集か。

それを開くと、様々な話が載っていた。

美琴ちゃんたちから聞いたことのある話、まだ聞いたことの無い話。

いつしか椎名さんが言っていたように、この町には沢山の怪談が伝わっているのだ。

私は更に頁を捲っていき、その物語を読み始めるーー。


「ふう、疲れた…。」


それから、どれくらいの時が過ぎたのだろう。

分厚い本を長時間持っていたせいか、手が痛くなってしまった。

日曜日となると、子供連れや勉強の為に来る人々で、座る場所は早めに埋まってしまう。

そんな事も把握しないまま、のんびりお昼過ぎにやって来た私に、当然席は空いていなかった。

仕方なく立ち読みをしていたのだが...慣れないことはするべきではない。

明日、筋肉痛になるかも…。


「やあ、こんにちは。」


休憩室で休んでいると、突然声を掛けられる。

顔をあげると、目の前に背の高い男性が立っていた。

年は若く、多分、宮比さんと同じくらいだろう。

けれど何処と無く老成した雰囲気を感じるのは、珍しく和服を着ているせいだろうか。


「あ、こんにちは…。」


見知らぬ人に声を掛けられたので、私は戸惑いつつ答える。

一体、何の目的で見ず知らずの私に話しかけて来たのだろう?


「随分と熱心に本を読んでいたね。君みたいな若い子が郷土史の本を読むなんて…。学校の宿題なのかい?」


「あ、いえ、宿題では無いのですが…部活の関係で」


こういうとき、公にして言い難い部活なのが辛い。

究明部と言っても伝わらないだろうし、そもそもが正式な部活ではない。

だから詳細は語らず、ただ部活とだけ言った。


「部活…か。いや、突然声を掛けて済まなかった。私も個人的に郷土史を調べていてね。いつもは見掛けない子がいたものだから、気になってしまって。」


そういいながら、男性は私の隣に座る。


「郷土史の、何を調べていたんだい?」


「あ、民俗学…と言えば良いのかな?えっと、この地に伝わる怪談とかを調べてて。読めば読むほど、もっとこの町の話を知りたくなってきまして…。」


「はは、君は向学心に溢れているんだね。僕も昔はそうだったんだが、最近は──。」


そこで、男性は持っていたお茶を飲む。

暫く無言が続いた。

…何か居心地が悪い。

話しかけられたときは焦ったが、話がなくなるとそれはそれで焦るものだ。

何か、しゃべった方が良いだろうか?

いやそれとも、もうこの人の中では会話は終わったのかもしれない──。


「答えたくなければ、答えなくても良いから...。君は、何処に住んでいるんだい?」


頭を抱えんばかりに悩む私の気持ちを知ってか知らずか、男性はそう尋ねる。

どうやら、住んでいる場所を聞こうか迷っていたらしい。

…知らない人ではあるけれど、これくらいなら喋っても問題はないよね。


「褄吾島です。」


「褄吾島…。成る程。」


男性はもう一口、お茶を啜る。


「じゃあ、僕からも一つ、話をしてあげよう。この日諸、いや褄吾島に伝わる話を。」


そして男性は、語り始める。





鵺鳥(ぬえどり)という、鳥がいる。

悲しげに、寂しそうに鳴く、小さな鳥だ。

何故そんなに寂しそうに鳴くようになったのか、その理由のお話。

昔々のこと。

今で言う褄吾の島に、一羽の小鳥が住んでいた。

ある日その小鳥は鷹に襲われ、怪我をしてしまう。

鷹からは何とか逃げ切ったものの傷は深く、動けなくなってしまった。

このままでは傷によって死ぬか、飢えて死ぬか。

二つに一つ、といった状況だった。

けれどそんな彼の前に、一人の女性が現れる。

心優しいその女性は、その小鳥の治療と、飛べるようになるまでの世話をしてくれた。

…恩義を感じるのは人だけじゃない。

その小鳥だって、その女性に恩義を感じた。

もう一つ、その心にそれとは別の感情が生まれていたが…その時の彼に、それが何なのかは解らなかった。

とにかく小鳥は恩を返したかった。

けれども今のままではそれも叶わない。

そこで彼はどうしたのか。

──神に、祈ったのさ。

いや、その頃の彼には、神なんて存在を知っていたかどうか。

とにかく、願った。

どうか自分を人間にしてほしい、と。

彼女に意思を伝えられるようにしてほしい、とね。

どれくらい祈ったのだろうか。

そんなことも解らなくなる位に祈り続けた時──

彼の前に、“何か”が現れた。

神か、はたまた(あやかし)か。

よくわからない、朧気な存在だった。

それは、お前の願いを叶えてやろう、と言った。

疑うことを知らない鳥は、素直にとても喜んだ。

日本の神は、八百万。

鳥の願いを叶えてくれる、優しい神様も居るのかもしれない。

そして鳥は、人間になった。

けれどもそれは、完全なる人じゃない。

正確には、人に化けられるようになった、と言うべきかな。

狸や狐みたいなものさ。

それでも小鳥は喜んだ。

形はどうあれ、人の姿になれたのだから。

早速人に化け、その女性の前に姿を現すようになった。

最初はすれ違うときの挨拶から始まって、段々と互いの距離を縮めていった。

花を摘んで渡したり、食料を集めてあげたりと。

全ては恩を返すため。

女性が喜ぶ顔を見たくて、やっていたんだ。

けれど、一つ思わぬことが起こった。

ある日、小鳥は何時ものように人に化け、食料を渡しにいった。

女性はその彼に何をしたと思う?

──告白したのさ。

私はあなたが好きです、と。

優しいあなたが好きなのですと言った。

小鳥は焦った。

化けているとはいえその本質は鳥にすぎない。

恋愛対象として、とても釣り合わないとおもったのさ。

仕方なく、彼は全てを話した。

彼女の前で鳥に戻ることもした。

…けれども女性は、それでも構わないといったんだ。

私は貴方の中身に惚れたのだと。

鳥であろうと関係ない。

愛さえあれば、それでいいと。

そこで、小鳥は気付いたんだ。

最初に女性に会って、感じたもの。

それは、恩義と愛情であったことを。

ほどなくして、二人は結ばれた。

やはり鳥と人であったためか、子は成せなかったが、それでも幸せだった。

けれど──。

結ばれてから20年経ったとき、小鳥は一つのことに気付いた。

自身が老いなくなっていたことに。

願いが叶い、人に化けられるようになったとき、生物であることを止めたんだ。

生命の理から外れた存在。

…妖怪さ。

対して女性は老いていく。

いつまでも若々しい彼と、老いていく自分。

女性はそれを辛く感じた。

女性は言った。

私のこんな姿を貴方に見せたくないと。

小鳥は答えた。

私も貴方の姿ではなく中身に惚れたのだと。

私の命を救ってくれた、貴方の優しさを愛しているのだと──。

しかし、その女性の中身も失われていった。

病気なのか、段々と自我を失い、奇行が目立つようになった。

一時小鳥のことを忘れ、危害を加えてしまう時もあった。

それでも、それでも小鳥は愛し続けた。

一生懸命、病気を治す方法を探したんだ。

…けれど、彼女は耐えられなかったんだろうね。

自分が残っているうちに、自分の命を絶ってしまったのさ。

島の断崖から飛び降りて。

小鳥の目を離した隙に、抜け出して。

──それ以来、死ぬことのできない小鳥は女性の後を追うことも出来ず、悲しげな声で泣きながら飛び回るようになった。

女性との出会い、結婚、その後の別れに至るまでの思い出を思い出す度に、悲しそうに泣くんだ。

きっと、これからも永遠に──。


「…この話は、これでお終い。どうだったかな?」


「…悲しい、話ですね。」


女性に添い続けようとした一途な小鳥。

小鳥を傷付けたくないと、自ら死を選んだ女性。

そのどちらの想いも、全ては相手を考えたものなのだろう。

それが、そんな悲劇を生んでしまうなんて。

男性は話続けて喉が渇いたのか、一息にお茶を飲み干す。


「君の知識欲を、少しでも満たせたのなら良いけれど。まあ、所詮は昔話さ。」


「いえ、そんな…とても興味深い話でした。ありがとうございます。」


頭を下げると、男性はにっこりと微笑んだ。

そして空になった缶を片手に立ち上がる。


「礼は要らないよ。僕が勝手に話したんだから。それに、何だか懐かしい気持ちにさせてもらったしね。」


つかつかと進み、空き缶をごみ箱にいれたとき、男性はふと此方へ振り返る。


「…そういえば君は、鵺鳥の鳴き声を聞いたことあるかい?」


「あ、いえ、それが聞いたことなくて…。」


そもそも、鵺鳥がどんな鳥かも知らないのだけれど。

男性は最近鳴いてないからなあ、と独り言のように呟く。


「なら、夜に、寝る前に少し、耳をすませてみるといい。鵺鳥は、夜に鳴く。か細い声だから、注意して聞くんだよ。」


それじゃあね、と言って階段を降りていく男性。

ふと窓の外を見ると、空が朱に染まっていた。

そろそろ帰ろう、褄吾島に。

宮比さんが夕飯の支度をして待っているだろうから。

椅子から立ち上がり、少し伸びをする。

その時、ふと男性の座っていた椅子の上に、何かが落ちていることに気付いた。

摘み上げてみると、ごく小さな白い羽毛。

あの人の体に、くっついていたのだろうか。

そう思ったと同時に、窓の外の夕焼け空を、一羽の鳥が横切っていった。

斑模様の、小鳥だった。




「鵺鳥…?ああ、トラツグミの事か。」


帰宅して夕飯の後、宮比さんに鵺鳥のことを聞いてみた。

どうやらそれは、トラツグミという実在の鳥のことらしい。


「私も子供の頃、聞いたことがある。実家は川のそばにあったんだが、夜中に川上から不思議な鳴き声が聞こえてきたんだ。それはだんだんと近付いてきて、そのまま海の方へと抜けていった。翌朝爺さんに聞いてみたら、それは鵺だって言われてなあ。…そういや最近は聞かないな。生息数減ってんのかな?」


懐かしそうに宮比さんは言った。


「じゃあ、鵺鳥が悲しそうな声で鳴くようになった理由の話は知ってます?」


かいつまんで、粗筋を話す。

けれどもそれは聞いたことがないらしく、ただ首を捻っている。


「トラツグミの鳴き声は、鎌倉時代の前まではそういった評価だったんだが、妖怪の鵺が出てきてからは恐ろしげな声って言われるようになったんだ。悲しげ、ってことはそれはかなり古い話なのかもな。」


それで、その話は終わった。

お風呂に入って歯磨きをして、明日の学校に備えて早めに布団にはいる。


(…そういえば、鵺鳥は夜に鳴くんだっけ。)


男性の言葉を思い出して、耳をすませる。

いつものように聞こえる波の音。

家の近くで鳴く、虫の声。

それらに混じって、笛の音のようなものが聞こえた。

何回も何回も繰り返されるその音が、鵺鳥の鳴き声なのだろうか。

不気味な声だ、と言われれば、確かにそうなのかも知れない。

けれどもあの話を聞いた私には、やはり悲しみの満ちた、慟哭に聞こえた。

一時の恋の為、永久なる命を得た小鳥。

果たして生き物が、生き物である事をやめるということは、それだけの業なのだろうか。

...これからも、彼は海に向かって泣くのだろう。

その中に露と消えた、最愛の女性を想って。


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