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雨惑い(後編)

「………あ…。」


どうやら、見張り役だったのにも関わらず、私はつい眠りこけてしまったらしい。

何かの音に呼応して、ふと視界が開く。

といっても、殆んどが闇に覆われていて、暗い事には変わりない。

手探りで携帯を探し、それを開く。

時刻は19時ちょっと過ぎ。

一時間近く眠っていたようだ。

自分の仕事を怠けてしまった罪悪感に苛まれつつ、辺りを照らして見回してみる。

美琴ちゃんも早優ちゃんも、私の隣で横になっていた。

とりあえず二人の無事を確認して、安堵の溜め息を吐く。

そういえば……私の目を覚ました音の正体は一体何だろう?

床、壁、天井と順に調べて行き、最後に扉にたどり着く。

すると、扉が小さく、小刻みに震えていた。

外の雨風に晒され、揺られているのだろうか──?

携帯の光で照らしつつ、そんな理由を考えてみる。


(いや、それなら小屋全体が揺れる筈だよね。)


そもそも、思えば雨音も随分と小さくなっている。

少なくとも、それらが原因ではないという事だろう。


(なら、一体──。)


そこで私は漸くはっとする。

そして、隣の二人を起こそうと、体をよじった時だった。

突如として乱暴に扉が開かれる。

いや、破られた、と言った方が正確かも知れない。

暗いせいでそれも解らなかったが、細かい木片が幾つか私の体に当たり、鋭い痛みを覚える。


「わっ!?な、何!?」


「──っ!?」


美琴ちゃんと早優ちゃんが同時に飛び起き、驚きの声を上げた。

私はスコップを一つ手に取り、構えて叫ぶ。


「美琴ちゃん、影が…影が入ってきたんだよ!」


「え?ええ!?」


寝起きで頭が回らないのか、突然の事に混乱しているのか。

恐らくは両方が混ざっているのだろう、美琴ちゃんはあたふたとしている。

私はそれ以上の説明は省いて、がむしゃらに入り口の方へと突っ込んだ。

目標は、ぼんやりと立つ影。

闇に黒い姿が混じり解りづらいが…辛うじて輪郭は見える。

それに目掛けてスコップの先端を降り下ろすと、ばこん、と言うような音がして確かな手応えがあった。


(き、効いた!?)


相手は妖怪の類いだったのか、実体があるらしい。

スコップの重量と勢いに圧されて、影は床に倒れ込む。

今の内になら、小屋から逃げられる!

そう思い、二人の方を見た。

それと、同時だった。

がしゃん、とガラスの割れる音がし、早優ちゃんの悲鳴が上がる。


「早優ちゃん!?」


見ると、割れた窓から幾つもの黒い手が伸び、早優ちゃんの腕や胴体を掴んでいた。

なんて事だろう、私たちを追い回していた影は一体ではなかったのだ。

道を変えても出会ってしまうのは、それが理由だったのか。


「早優ちゃんを放せ!このロリコン妖怪!」


美琴ちゃんが伸びる手をスコップで殴打し始める。

すると手に一瞬の怯みが出来、その隙に美琴ちゃんが素早く早優ちゃんを助け出した。

それに安心したのも束の間、私の側をすうっと何かが通り抜ける。

何か──そんなもの、さっき倒した影しかいない。


「美琴ちゃん、気を付けて!そっちに影が!」


注意を促す言葉を発し、私も美琴ちゃんの方へと駆け出す。

その時、一つの疑問が私の頭の中に浮かんだ。

何故、影は私を無視したのだろう。

一番近くにいて、完全に油断していたのに。

窓から伸びる手も、美琴ちゃんには見向きもしなかった。

もしかして彼らは、早優ちゃんだけを狙っている──?

いや、今はそんな事を考えている暇もない。

そうであるなら、寧ろ幸いだと思うべきだ。

私たちは、早優ちゃんを守ることだけに集中すればいいのだから。

群がる影を掻き分け、美琴ちゃん達の元へとたどり着く。

そして二人で早優ちゃんを囲む様にして抱き込んだまでは良かったのだが──。


「う……!」


方々から伸びる手が、私たちを圧迫する。

その圧力が凄まじく、そこから身動きが出来ない。

ともすれば早優ちゃんを奪われそうになり、予断を許さない状況だ。


「ど、どうしよう夕子ちゃん!?」


「何とか…何とか隙を見つけて抜け出さないと…!」


なるべく強い語気でもってそうは言ったが、要するにもう、万策尽きた様なものだった。

その時──。

私たちの腕の中で、小さく、震える声が聞こえた。


「堀野さん…五木場さん…もう、私の事は良いですから、二人だけでも逃げて下さい…。」


恐怖を無理矢理圧し殺した声だった。

この子は、自分が犠牲になることで私たちを救おうとしているのだ。

彼女も、相手の目的が自分一人であることを理解したのだろう。

…確かに、それが一番容易く現状から逃れられる術だろう。

でも──。


「…そんな事、出来るわけ無いでしょ?私たちが早優ちゃんを無事家まで送るって約束、忘れたの?」


私の言葉に、早優ちゃんが『でも…』と口を開こうとすると、その頭をこつん、と美琴ちゃんが小突いた。


「そうだよ、子供は子供らしくお姉さん達に頼ってればいいの。そういうことを口にするのはまだまだ早い!」


「堀野さん…五木場さん…。」


いやまあ、私たちも子供ですけれど。

そんな突っ込みはさておき、私は自身の思考を早優ちゃんをこの場から逃がす為だけに巡らせる。

何か、何か無いのか。

さっきみたいに、スコップで怯ませるのは──?

いや、それにはスペースが無さすぎる。

今のままでは、満足に振るうことも叶わない。

なら、皆で力を合わせて、相手を押し退けるのは──?

いや、それもどうだろう。

此方は女の子三人、向こうは…性別は解らないが、皆私たちより大柄でしかも数が多い。

圧倒的不利であることは確実だ。


(…やっぱり、どうしようもないの?このまま嵐の過ぎ去るのを待つしか、方法はないの──?)


僅かではあるが絶望が顔を覗かせる。

いや、駄目だ。私が絶望しては駄目。

何でもいい。一瞬でも影を怯ませられるものが、無いだろうか……?


(…………あっ!)


万事休した時、起死回生の一策は得てして思い浮かぶものだ。

それは人間が、いや生き物が身に付けて当然の、生き残る為の術なのかもしれない。

私は美琴ちゃんにそっと耳打ちする。


「ね、美琴ちゃん。携帯の電池はまだ残ってる?」


「え?何をこんな時に…。まあうん、残ってはいるけど。」


「影に向かって、携帯のカメラのフラッシュを焚いたら怯まないかな?」


これも何時聞いたかは解らないが、宮比さんの言葉だ。

幽霊、妖怪の類いには大体光が効くのだと。

無論、例外もいるものの、基本的に彼らは闇の中の存在。

確かに日不見や夜之坊、私の見てきた中にも、極端に光を嫌うものはいた。

そしてだからこそ、案外カメラのフラッシュが効くのだそうだ。

突然の強い光。それは、生き物であっても多少怯みはするだろう。


『特に大昔の幽霊なんかは現代機器には不馴れだから、撃退とまではいかないが隙をつくる事は可能なんだ。…まあ最近の幽霊には耐性が有ることもままあるが。』


…今は彼等が大昔の幽霊であることを期待するしかない。

もうそれしか手段がないのだ。


「早優ちゃんは携帯、持ってる……?」


「…すいません。私、まだ持たせて貰えなくて。」


一応聞いてみたものの、案の定の答えだった。


「まあそりゃそうだよね。私も小学生のときは持たせてもらえなかったもん。」


兎に角、私たちは携帯を取りだし、カメラの機能を起動する。

効果を高める為、ディスプレイの光が漏れないように細心の注意を払い、素早く手を動かす。

そしてフラッシュを焚くように設定しているかを確認して、それで手筈は整った。

……チャンスは一度きり。

美琴ちゃんと息を合わせ、出来る限りの速さで携帯を構え、影に向かってシャッターを切る。

突然にして一瞬、小屋の中は強い光に包まれる。

それによって、四方の手の勢いが弱まったのが直ぐに解った。

シャッター音が無駄に大きいものになっていたのも、幸いだったのかもしれない。


「……今ッ!二人とも、速く!」


立ち上がるのは、同時だった。

影の隙間を縫うようにして走り抜け、闇の中ぽっかりと空いた出口を目指す。

背後で、影達が蠢いたのが解った。

体制をたて直し、私たちの後ろに迫っているのだろう。

狭い小屋の中の筈なのに、駆けた時間は酷く長く感じた。

あと少し、あと少しで外だ。

妙に明るく感じる外目掛け、全速力で、力一杯床を蹴った──。


「…………?あ、あれ?」


戸を潜ると、そこは光に溢れた世界だった。

電灯、信号、家々の窓から漏れる光。

さっきまでの光のない世界が嘘であるかのように、人の営みが広がっていた。


「……帰って、これた?」


息を切らし、呆然としながら早優ちゃんが呟いた。

その私たちのすぐ目の前を、車が一台走り抜ける。

ふと、素早く小屋を振り返る。

……中には、何もいない。

なんの変哲もない空間があるだけだ。


「……はぁ……、こ、今回はまじで洒落にならなかった……!」


脱力して、美琴ちゃんがいった。

張りつめていた緊張感がみるみる解け、私は路上にへたりこむ。

するとそこへ突然、誰かが私に抱き着いてきた。

早優ちゃんだ。


「あ、ありがとうございます、五木場さん…堀野さん。私、私……!」


涙でぐしゃぐしゃになりながら、何度もありがとうございます、と言い続ける。

今まで堪えてきたのが、一気に噴き出したのだろう。

宥めつつ、暫くそのまま感情の赴くままにさせておく。

沢山泣いてすっきりしたのか、数分後に早優ちゃんは笑顔を見せる。


「さ、じゃあ家に帰ろうか。早優ちゃんの家は……?」


「えっと…ここから少し先、ですね。でも…。」


そこで言葉を濁す早優ちゃん。

どうやら、ここから更に付き合わせる事に後ろめたさを感じているらしい。


「そんな、気にしなくて大丈夫だよ?」


「でも、五木場さんや堀野さんの家族だって心配してる筈です。お二人も、早く帰った方が…。」


う、言われてみれば確かに。

下手をすると警察沙汰になっている可能性もある。

ここは早く顔を見せに行った方が良いか。


「私なら、大丈夫です。今は、帰り道が見えますから。」


真っ赤なランドセルの肩紐を握りしめ、早優ちゃんは笑顔で言った。

ここまで来て無用な心配はさせまいとしての事だろう。


「…そう?じゃあ、ここで…。」


「はい!本当に、本当に…ありがとうございました!さようならです!」


手を振り、振り返り振り返りしながら、早優ちゃんは駆けていく。

そして幾つかの電灯の灯りをくぐり抜けて、闇の中へ消えていった。


「じゃあ、私たちもかえろうか。」


その様子を並んで見送ってから、私は美琴ちゃんに言う。

流石に疲労の色を見せている美琴ちゃんは、力なく笑って頷いた。

私の家と美琴ちゃんの家は正反対の場所だから、その場で私たちは別れる。

一歩踏み出すと、右足が水溜まりに嵌まった。

…そう言えば、雨が降っていたのだった。

喜びから、すっかり忘れていたけれど。


(やっぱり、雨と関係のある怪異だったのかな?)


そんな事を考えながら、私は帰路についた。






「…た、ただいま戻りましたぁ。」


そうっと、そして憚るように声を潜めて帰宅を告げる。

やむを得ない理由があるとはいえ、やはり気まずさがある。

それでもちゃんと聞こえたのか、居間から茅輪さんが顔を出した。


「あっ!やっと帰ってきたのか!」


それは喜びを含んだ声色だった。

此方に駆け寄り、わたしと目線を合わせるように屈む。


「どうしたんだよ、こんな時間まで…電話も繋がらないし、てんやわんやの大騒ぎだったんだぞ?」


「す、すいません。その、なんか道に迷っちゃって…み、宮比さんは…?」


「宮比なら街中を駆け回ってると思うぞ。夕子ちゃんが帰ってこないから、心配して傘一本持って飛び出してったぞ。」


俺はひょっこり帰ってきたときの為の留守番だったけ、とそちら側の事情を説明する。

やっぱり、迷惑をかけていたらしい。

申し訳なさで心の中が一杯になる。


「まあ、無事ならいいさ。さて、宮比達にも連絡しねーと…。」


茅輪さんはどこかに電話を掛け始める。

どうやら、巾生さんたちにも協力してもらっていたらしい。

そこから宮比さんに情報が回ったのか、十数分後に帰ってきた。

…全身をびしょ濡れにしながら。

正直怒られると思っていたが、宮比さんは私を見ても何も言わなかった。

まずお風呂に入ってから、食卓にご飯を並べてくれた。

そして宮比さんは縁側に座り込むと、いつものように紫煙を燻らし始める。


「…あの、宮比さん。」


取り合えず謝ろうと、私はご飯を食べる前に口を開く。


「…“雨惑い(あまどい)”だ。」


「え?」


けれども、それより先に宮比さんは聞きなれない単語を発した。

不意の事に、私は呆気にとられてしまう。


「お前の体験した事だよ。それが聞きたかったんじゃないのか?」


「いえ、その、えっと…。はい、そ、そうです。」


アマドイ。

あれはそう呼ばれる怪異だったのか。

やっぱり雨と関係のあるものらしい。


「…今回は私の責任だ。お前なら、惑わされる可能性が有ったのにな…。」


「え?どういう事ですか?」


「…雨惑いは約数年に一度、この地方で起こる現象の事なんだ。…夕、お前は水場に幽霊が集まりやすいって話は知ってるか?」


テレビのホラー特集か何かで、そんな話を聞いたことはある。

風呂場とか、トイレとか…そういうところは幽霊が集まりやすいらしい。


「これはそれの延長線上の話…この地方では、水は霊魂を閉じ込める力がある、と言われているんだ。」


「えっと…集まりやすい、というのとは違うってことですか?」


一息煙を吐いて、宮比さんは頷く。


「集まりやすいってのは、少なからず霊魂の意思が働いているって事…。が、ここでは意思関係なく、霊魂は水に閉じ込められてしまうと言う伝承がある。」


「へえ、随分けったいな話だな。海に面していながら、そんな死生観が出来上がるなんてな。」


居間のソファに座っていた茅輪さんが口を挟む。

彼も初耳らしい。


「海に面しているからこそ、かもしれんよ。だから日諸では溺死ほど恐れられた死に方はない。そのせいかも知らんが、今でもここじゃあ入水自殺者は少ないんだぜ。いたとしても大概、それは他地方民だ。そもそもな…。」


…なんだか話がそれていっているような。

いつのまにか、この地の自殺率の話題になっている。


「あの、アマドイについては…?」


「ああ、そうだったな。雨惑いってのは詰まるところ、霊魂の閉じ込められた水が雨として降る事によって起こる現象なのさ。」


さらに宮比さんは説明を続ける。

霊魂の閉じ込められた水は、どうやら一つ所に集まりやすい傾向があるのだという。

海、池、川、用水路、プール等々、水場と一口に言っても色々ある。

そこで誰かが溺れて死んだ場合、その水は言わば“霊魂の溶け込んだ水”になる。

気化することにより一度昇天はするもののあの世には行けず、様々な水場から集まった同様の霊魂と混ざりあい雲を成し、豪雨となって地上に戻るのだそうだ。


「いかに忌み嫌われるとはいえ、日諸の長い歴史の中では溺死者は多くいるだろう。そんな数多の霊魂が一度に集中する訳だから、影響を及ぼさない筈がない。視界不良と霊の怨念により、雨中に迷い、道を見失う。つまり雨に惑わされる訳だな。だからこの地の人々は、それを“雨惑い”と呼んだんだ。」


「はあ、成る程なあ。夕子ちゃんが中々帰ってこなかったのは、雨に惑わされたからなんだな。」


納得したように、茅輪さんは何度も頷いている。

確かに、それなら私たちの巻き込まれた事象に、ある程度の説明はつく。

…でも、それでもまだ疑問なところは多いと思う。


「その…雨惑いっていうのは、単に道に迷うだけなんですか?」


「あ?…どういう意味だ?」


怪訝そうな顔の宮比さんに、私は自分の身に起こった出来事を詳しく伝える。

まるで異世界のようだったこと、沢山の影が徘徊していて、追いかけ回されたこと…。

すると、宮比さんは少し驚いたような反応をした。


「…追いかけ回された?本当か?」


「…はい、いえ、正確には私たちと言うよりは偶々同行していた子が狙われてたって感じでしたけど…。」


「同行していた子?」


「はい、西楽早優ちゃんって小学低学年の子が…。一人で心細そうだったので、家まで送ろうってことになって…。」


するとそれを聞いた宮比さんは顎に手を当てて何か考え始める。

そして、暫くしてからこういった。


「先ず、お前が感じた異世界って感覚についてだが…強ちそれは間違っていない。考察で、多くの霊魂が集まることによって、雨の中に一種の霊界のようなものが出来ているってのがあってな。道に迷うのも、そのせいだって言われてる。霊感の強い奴ほど、迷いこみやすいらしい。」


「影については?」


「それはまあ、水に閉じ込められた霊魂だな。雨の降りしきる範囲でさ迷っているのだろう。そんで…。」


宮比さんは一旦、そこで口を閉ざした。

そしてこめかみのあたりを人差し指で掻いてから、また此方に向き直る。


「…もしかするとその子も、水に閉じ込められた霊魂だったんじゃないか?」


「………え?」


一瞬、宮比さんが何を言っているのか分からなかった。

あの早優ちゃんが、幽霊だったって…?


「雨惑いは、単に道に迷わされるだけの怪異として、文献には記録されている。迷った挙げ句に川等に落ちて死ぬ、っていう事例もあるにはあるが…影に追いかけ回されるってのは見たことがない。」


「で、でも確かに…。」


「そこでさっきの仮説だ。その子が霊魂であってお前たちに付いていった。それを他の霊魂に妬まれ、追いかけ回されたとしたら…。」


妬まれる?

一体、何を妬まれるというのだろう。

そう問おうとすると、それより先に宮比さんは口を開いた。


「さっき言った通り、霊魂は基本、雨中に閉じ込められている。けれども、生者についていけば抜けられるとしたら…?生者なら雨の中に迷い混んでも、雨さえ上がれば現世に戻れるからな。言わば、雨中から現世に戻れる道標。そんなお前たちに付いていく事になったその子に、影たち嫉妬したんだ。」


自分だけ、この永劫とも思える雨の牢獄から抜け出すのかと。

自分だけ、天国にいくつもりかと彼らは妬んだのかもしれない、と宮比さんは言う。

確かに、そうすれば早優ちゃんだけが狙われた理由もつく。

彼女が既に死んでいた存在だったかも、と少しでも思った瞬間、私の頬を涙が濡らした。

あの子の親を恋しく思う、寂しげな顔。

そして、別れ際に見せた、純真な笑顔。

それらが頭の中に思い浮かび、更にいたたまれない気持ちになった。


「いや、悪い。今の話は忘れてくれ。あくまで私の意見に過ぎない。確証も何もない、ただの仮説さ。」


そんな私を見かねたのか、宮比さんは縁側から立ち上がると私の頭に手を置く。

そして、“さっさと飯食って茶碗を台所に置いておけ、後片付けが出来くなる”と言い残し、茅輪さんを連れて居間から出ていった。

恐らくは、気を使ってくれたのだろう。


「……。」


ふと、窓ガラス越しに夜空を見上げる。

今はもう、空を覆っていた雲は何処にもない。

雨が降っていたことさえ、今はもう幻だったかのようにその痕跡を無くしていた。

ただ、綺麗に輝く星々が顔を覗かせているだけだった。

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