最終戦 【2】
ちょいコメディー回です。
イリーナが咄嗟に転移したのはソプレゼの街だった。
それも俺がこの街の拠点にしていた宿『三日月』の一室だった。
「ごほっ! げほっ!」
俺は背中を強打した影響で上手く息が吸えず咳を連発する。
そんな俺の背中を優しく撫でながらイリーナは治癒魔法を施してくれた。
「主、大丈夫ですか」
「げほっ、んんっ! ――あぁ、もう大丈夫だよ。ありがとう」
ゆっくりと暖かい何かが背中から浸透するのを感じ、徐々に痛みを和らげてくれた。
おかげで二、三分程で俺の体は本来の調子を取り戻したのだった。
「ここはソプレゼの三日月だよな?」
「はい。ゆっくり転移先を選択する暇がなかったので、一番印象深いところに転移しました」
確かに、この部屋はガルシュバに赴く前ソプレゼ滞在中に拠点にしていたからな。
イリーナも同室だったからここが印象深く残っていたのだろう。
というか、ちょうど宿泊客がいなくて良かった。
見たところ宿の備品以外の荷物が置かれているので、今は誰かこの部屋に宿泊しているのだろう。
自分の泊まっている部屋にいきなり俺達が現れたらさぞ驚かせてしまったことだろうからな。
「そうか。―――なぁイリーナ。さっきのアレ、何だったんだ?」
アレとは仮面が突然変貌を遂げたことだ。
しかも今までアイツは魔具や魔呪具を使って魔法を行使していたにも関わらず、悪魔っぽく変身してからは自身で魔法を使い出した。
それもかなり強力な魔法だった。
「おおよその見当は付いています。きっとアレは――」
イリーナがそこまで言った時にガチャッと部屋の扉が開く。
「ッ!? お兄、ちゃん・・・?」
そしてその扉を開けたのはこの宿を切り盛りする夫婦にまるで我が子のように可愛がられている奴隷、竜人族の少女マヤだった。
「あ、マヤ。久しぶり?」
どう反応したらいいのかわからず、とりあえず笑って手を『よっ!』という風に上げてみた。
てか、俺達今不法侵入じゃないか?
まずいな。
ちゃんと謝らないと。
「勝手に入ってゴメンな。ちょっと緊急事態で転移した――おっとっ!?」
マヤに謝っていると俺の胸にマヤが飛び込んできた。
竜人族特有の見た目よりも物凄い力で衝撃も強かったが、何とか倒れることなく受け止めることが出来た。
「マヤ?」
「・・・・・・・・・」
マヤは無言で額をグリグリと擦りつけてくる。
来ているワンピースの裾から伸びていた尻尾もまるで犬のようにフリフリと揺れていた。
「マヤ。どうしたのですか?」
今度はイリーナがマヤに話しかける。
でも当のマヤは俺に抱きついた状態だったので、軽くその背中に触れて背後から話しかける形だったが。
「・・・お姉、ちゃん」
「はい」
マヤは暫くすると顔を俺から離してイリーナの方を向く。
そして久しぶりにイリーナのことをお姉ちゃんと呼んだのだった。
「あの、えっと」
マヤは何か言いたげにしていたが言葉が纏まらないのか、なかなか話し出すことが出来ないようで、俺とイリーナの顔を交互に見ていた。
そしてやっと話し出そうとしたその時だった。
マヤが開けっ放しにしていた扉からピンクの髪をした女性が入って来たのは。
「マヤー! どうしたの? 部屋の掃除は、ま・・・だ・・・・・・」
「――え?」
俺は一瞬頭が真っ白になった。
何故なら目の前にいる女性が予想外の人物だったからだ。
「なんで、ここに居るんだ? フェル」
そう。
次に扉から入って来たのはグインタビューにいるはずの少女、フェルだったのだ。
「ユー、キ?」
「あぁ」
「本当に? 本物のユーキなの?」
「そうだぞ」
次の瞬間フェルの目から涙がこぼれ落ちた。
でも顔は笑っていて、不謹慎かもしれないがその姿は美しいと思ってしまう。
「ユーキっ!」
「主、この方は誰でしょう?」
フェルがこちらに一歩踏み出す時にイリーナが俺の傍らに来て質問してきた。
何やら空気がおかしいと思ったのか、俺の耳に口を近づけてヒソヒソと小声でだ。
「・・・・・・ユーキ?」
「えっ?」
「そちらの女性はどなたかしら?」
途端、フェルから謎の威圧感が発せられる。
それを感じ取ってマヤとイリーナは、マヤをイリーナが抱っこするような形で部屋の端へと待避していた。
俺はその場から動けなかったが・・・。
「えっと、こちらはイリーナさんという方で」
「さんなどおやめ下さい。私は主のパートナーなのですから」
何やら知らないが『ぷちん♪☆』という音が聞こえた気がする。
それは多分フェルの方で―――。
「フェ、フェル・・・さん?」
「―――」
「えっと、どうして無言なんでしょう? それにどうしてそんな威圧感出しながら近づいて来るのっ!?」
俺は情けなくも床に尻餅をついてしまう。
そんな俺の正面に立つフェル。
今更だがフェルはトレードマークのピンク色のツインテールを団子状の髪型にしていて、見慣れたマヤと同じようなワンピースにエプロンをしていた。
というか、まんまこの宿屋三日月の従業員の格好だった。
「フェ――」
「心配してたと思ったらっ、何綺麗な女の人侍らせてんのよー!」
「ぷぎゃあああ!?」
フェルの振り上げた拳が俺の頬に突き刺さる。
しかもただの拳ではなく魔力を込めた拳だった。
いやぁ、あれだ。
俺が身体強化を咄嗟に発動していなければフェルはきっと人殺しになっていただろう。
「フェルさーん? どうかしまし・・・な、何じゃこりゃー!? って! ユーキさん!?」
微かに聞こえてきた声は、グインタビューの自警団の・・・・・・誰だっけ?
「ちょ、フェルさん!? 何やってるんですか!」
「離しなさいよトール! コイツ殴れないじゃない!」
「いやいや、ダメですってば―――ごはっ!?」
あぁ、そうだった。
この声はトールだ。
どうやらフェルを止めてくれたみたいだな。
ちょっと攻撃の余波を喰らったみたいだけど。
こうして俺は久々にグインタビューの二人と再会したのだった。
お読み頂きありがとうございます。
久しぶりの登場を果たしたフェル・マヤ・トールの三人。
フェルとトールの二人が三日月にいるのは、48話『幕間劇 ~グインタビュー事変~』と58話『新たな地へ転移』でちょろっと書いていました。
ようやく複線を回収出来ました。
悪魔との戦闘(最終戦)は、あと1~2話挟んでになると思います。
【次回】再会2、襲来(予定)




