最終戦 【1】
「おい」
俺は仮面に声を掛けた。
もちろん警戒は怠らない。
今だって俺は刀を握っているし、イリーナは魔法をいつでも打てる状態を維持している。
「―――」
仮面は緩慢な動きでこちらを振り返った。
ただ後ろを見るだけなのにフラフラとまるで酔っ払いのような動きをする。
「・・・・・・」
完全にこちらに振り返ったにも関わらず、仮面は何の反応も見せない。
しいて言うなら直立不動の体勢だったのが若干猫背になったくらいだろうか。
「・・・主。あの足下の魔呪具ですが」
「あれって例のやつだよな」
「はい。・・・ですが妙なのです」
「妙?」
イリーナの方をチラッと見る。
「先程まであの魔呪具には吸収された主と私の魔力が込められていました。ですが、今はあの魔呪具から何の魔力も感じ取れないのです」
どういうことだろう?
仮面は吸収した魔力を使って何かを企んでいたはずなのだが。
何かの拍子に魔力が霧散してしまった?
それとも既に仮面は目的のために魔力を使ったとか?
「・・・ぁ」
俺が考え事をしていると仮面の声が微かに聞こえた。
「・・・・・・だ」
何を言っているのか耳を澄ませて聞き取ろうとする。
イリーナも同じ考えのようだ。
「何だ? 何て言ってるんだ?」
俺がそう仮面に問い訪ねると猫背気味だった仮面がいきなりバッ!と背筋を伸ばした。
「もう嫌だ」
仮面の声が静かに部屋に浸透する。
今まではどこか理性的な話し方だったが今の仮面はその面影もなく、感情に従うままに言葉を言い放つ。
「主様が、主様がもう死んでた。もうこの世にいない。いつから? いつから私は一人になってたの? 何で私は一人になっちゃったの? どうすればいい? 何をしたらいい?」
疑問系の言葉を吐くがどうも俺達に聞いている様子ではなかった。
自問自答、ということだろうか?
「・・・主様がいない主様がいない、いないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいない」
とうとう仮面は同じ事を呟くことしかしなくなってしまう。
「お、おい。大丈夫、か」
俺はさすがに目の前のこの光景に腰が退けたが、若干震える腕を仮面に伸ばす。
「―――もう、いいや」
仮面は呟くのを止めるとおもむろに顔に手を当てる。
そして、今対峙しているこの人物を『仮面』と呼ぶ要因となっていた―――その『仮面』を剥ぎ取った。
「―――こんな世界、無くなっちゃえ」
取られた仮面が手から滑り落ち、石造りの床に落ちてカラララと音を立てる。
そして俺達は初めて仮面の下の素顔を見た。
その素顔は―――――、
―――悪魔だった。
初めは俺と同じ肌色で人間のように見えた。
ただその目はまるで死んでいるように光がなく、瞬きすらしなかった。
顔の作りは中性的で女っぽい男にも、男っぽい女にも見えて性別はわからない。
だがこの顔を見ていられたのはほんの僅かな時間だった。
首から頭へと徐々に肌の色は漆黒の黒へと変わっていって、最後には目は稲妻のように縦にギザギザした黄色い一本線で、口はこれまたギザギザしててまるでハロウィンのジャックオーランタンの様な口で内部は真っ赤に染まった。
「っ!? これは!」
目の前の光景に驚いていると、途端に仮面――いや、悪魔の体から信じられない気配が立ちこめる。
それだけでなく物凄い量の魔力も放出していた。
「主っ、この魔力から主と私の魔力の力を感じますっ」
俺も気が付いていた。
悪魔から発せられる魔力は俺達の物、もっと言うと床に転がっている魔呪具に取り込まれていた魔力と同じだった。
「やっぱり、こいつ、俺達の魔力を喰ったな」
喰う、吸収、取り込む、言い方は何でも良いがとにかくあいつは魔呪具から俺達の魔力を手に入れたことだけは正しい。
『――コレガオ前タチノ魔力ナノカ』
悪魔はそのギザギザな口をダイナミックに動かして喋った。
その声は『仮面』だった時とはまるっきり変わり、二人の男女が同時に話しているようなダブって聞こえる声だった。
『力ガ湧イテクル。コレホドノ物ダッタラキット計画モ成功シテイタダロウ。ダガ・・・モハヤ計画ナドドウデモイイ。主様ガイナイノダカラ・・・』
そこまで言うと悪魔の体に変化が起きた。
相変わらずローブを身につけているのだが、背中のローブが盛り上がり肩より上へとどんどん上がっていく。
そして最後にはビリィッ!と破れたのだが、そのローブの下から羽が生えてきたのだ。
羽もコウモリのような皮膜の翼で悪魔っぽい。
『サテ。デハ手始メニ――オ前達カラ始末シヨウ』
羽が部屋一杯に広げられる。
恐らく羽の長さは合わせて五~六メートルはあるのではないだろうか。
『――死ネ』
悪魔が一言呟く。
次の瞬間俺は悪魔から放たれた衝撃波で後方へと吹き飛ばされる。
「ぐふぅっ」
そのまま壁に激突しドサッと床に倒れ込む。
しかも今の衝撃波のせいで部屋が崩れ始めた。
ちょうど俺の真上の天井に使われていた石材がパラパラと埃を落としながら落下してくる。
俺は背中の痛みを我慢して這いずって移動する。
途中ゴロゴロと転がって移動のスピードアップを図り石材に押し潰されるのは回避した。
『ハハハハハッ! 力ガッ、力ガ湧イテクルゾ!』
悪魔はもう俺なんて見ないで魔法を乱射していた。
このままではこの部屋どころか城自体が崩れ落ちる。
「主っ、手をっ」
「イリー、ナ」
身を低くしながらイリーナが俺の元へとやって来て手を取る。
彼女も衝撃波で吹き飛ばされたようで額から血を流していた。
「いったんこの場を離れ同盟と合流しますっ」
それだけ言ってイリーナは転移の魔法を使った。
俺達の姿は部屋から消えたがまだ悪魔の魔法は放たれ続ける。
それから程なくして、どこにあるかもわからない古城は轟音と共に崩れ落ちたのだった。
『―――』
そして瓦礫の山から無傷で生還した悪魔はどこかへと飛び立つ。
無言で見据えるその先にあるものとは・・・・・・。
明けましておめでとうございます。
本日、仕事を辞めてきた(転職するため)作者のアズマです。
物語もついに佳境、最後の戦いです。
書き上がりしだい投稿していきたいと思います。
※イリーナが転移魔法を使えた理由ですが、単純に転移妨害の効果もあった魔呪具から魔力が無くなったからです。
【次回】帰還、再会
※誤字訂正1/2、1/3
※ルビ振り1/7




