旅支度 ~イリーナ編~
俺は今三日月にいる。
もっと詳しく言うなら、三日月で宿泊している部屋。
そこで荷造りをしていた。
そう、俺は伯爵の同盟参加の誘いに乗ることにしたのだ。
そして俺はガルシュバ帝国へと赴くことになったのだが、同盟でもいろいろと準備することがあるらしく、すぐさま向かうということにはならなかった。
出発は二日後、今日を入れたら三日後だ。
「よし、こんなもんかな」
もともと私物も少なかったのでパパッと終わった。
買い足す物も何もない。
必要な物は同盟の方で用意してくれる手筈となっている。
「あ、そうだ。あとフェル達に手紙を書かないと」
うっかり大事なことを忘れるところだった。
本来はここソプレゼではグインタビューに帰れる機会を窺っているだけの予定だったのだ。
それが今回の出来事でガルシュバ帝国に行くことになったのだから、連絡しておかないといけないだろう。
「えっと、紙紙~・・・あ、切れてた」
手紙なんてソプレゼ到着を知らせるために送った一通以外書かなかったが、マヤに『折り紙』を教えるために使い切ってしまっていた。
ちなみにこの世界の紙は和紙に近い感触で、習字に使う紙を二、三枚重ねたくらいの厚みと強度があった。
「仕方ない。買ってくるか」
『(コンコン)入ってもよろしいでしょうか?』
「イリーナか? 大丈夫だよ」
『はい。失礼します』
イリーナが音もなく部屋に入ってくる。
扉を開ける時も閉じる時も最小限の音しか立てないようにしており、その所作は流れるように洗練された美しさがあった。
「主のお手伝いを、と思って来たのですが・・・どうやらその必要はなかったようですね」
「ああ、もともと私物が少なかったしね。すぐに終わっちゃったよ」
そう言ってリュックをパンパンと叩く。
このリュックはグインタビューを発つ時から使っている物だ。
野宿を想定した食料が入っていない分、あの時よりも若干中身が減っている。
「それで今は手紙を書こうと思ってたんだけど、紙を切らしちゃってて。これから買いに行こうかと思ったんだ」
「手紙ですか。それでしたらマヤがたしか持っていたと思いますよ」
おそらく折り紙の時に渡した紙の残りだと思う。
何枚かまとめて渡したからな。
「いや、新しく買うよ。ついでに買い物でも――――――なに?」
一度はマヤに上げた物を『返して(もしくは頂戴)』と言うのも何だかなぁ、と思うので新しく買う事にする。
そうすることにしたのだが、イリーナがジーっとこっちを見つめてくる。
ちょ、瞬きもしないのは怖いから止めてほしい。
「私も同行します」
「ちょっと買い物に行くだけだぞ」
「構いません。主と一緒に出歩きたいのです」
「そ、そうか」
真正面からそう言われてちょっと照れてしまう。
そういえばここ最近二人きりで出かけることなんてなかったな。
イリーナは宿の手伝いをし始めたし、俺はドアートさんのところで剣を振ってたし。
「よし、じゃあ一緒に行くか」
「はいっ」
心なしか弾んだ返事だった。
~~~~~
「毎度どうも!」
「あぁ」
以前購入した店で紙を買う。
この世界には手紙用の紙、つまり便箋だがそれに当たる物はなく、ただの紙を買ってきた。
「無事手に入りましたか、主」
「ばっちりだよ。と言っても、そうそう品切れになるような物でもないけどな」
俺は店内を散策していたイリーナと合流して店を出る。
そして紙を丸めて紐で括り、街の中で揃いの服を着た少年少女のグループに近づいた。
紙を三日月まで配達してもらうように依頼するためだ。
購入した紙は裁断される前の大きな形で売られているので、持ち歩くには適していないからだ。
◇◇◇◇◇
『少年少女のグループ』
言うなれば『ボーイスカウト』の子供達で、大きな街(まれに村)には必ずと言っていいほど存在する。
殆どが身寄りのない子供で教会、街(村)、ギルドが協力して養っている。
だが全てを養うことは出来ない(金銭的に)ので、子供達は足りない分を自ら街で雑事の手伝いなどをして、手間賃をもらい足しにしている。
そしてそのお金は自分たちの身の回りの為に使われ、少ないながらも小遣いにもなっている。
◇◇◇◇◇
「じゃあよろしく頼むよ」
俺は子供達(四人)にそれぞれ大銀貨(一万円相当)を渡した。
子供達はとても驚いた様子だったが、普通なら子供達に渡すのは多くても小銀貨(千円相当)なのだからそれもしかたないだろう。
「よろしくね」
『『はい!』』
呆けていた子供達にもう一度話しかけると、元気のいい返事をしてワーキャーはしゃぎながら三日月の方向へと走っていった。
「主はお優しいですね」
「ん~? まあ偽善だけどね。これくらいの手助けしかできないから」
俺はあの子達に頼み事をする時はいつも今の金額を渡している。
お金には困っていないから本当は寄付してもいいのだが、俺みたいな奴がいきなり大金を寄付なんてしたら大変なことになるだろう。
それに、子供達は今のままでも十分生き生きしているように見える。
だからちょっとした手助けでいいと思う。
「さて、じゃあ適当にブラブラしますか」
「はい」
それからイリーナを伴ってソプレゼの街を歩いた。
露店で珍しい魔具を見たり、道端の大道芸に拍手を送り、服屋で買い物をする。
するとすれ違う男達はイリーナの容姿に見とれて、次いでその隣にいる俺を睨み付ける。
大半は俺に『羨ましい』 『何でお前みたいのが』という視線を向けるだけだが、中には例外がいる。
「なぁ兄ちゃん。えらく別嬪さんを連れてるなぁ。羨ましいぜ」
「本当だよ。ねぇねぇ、君、名前はなんて言うの? すっごく美人だね」
その例外が今俺とイリーナの行く手を遮ってた。
男二人組みで、片方はボディビルダーみたいな男(仮名:筋肉)、もう片方はなかなかに整った顔立ちをしているが話し方からして軽い感じがする(仮名:チャラ男)。
この手合いは何度か遭遇したが、いつものようになる前に手を打った方がいいだろう。
「どうも、彼女は俺の自慢のパートナーですよ。それでは行くところがあるので」
イリーナの手を取り男達の間をすり抜ける。
「ちょっと待てよ。いいじゃねぇか、少しくらい。そっちの別嬪さんだって、お前より俺達と話した方が楽しいに決まってるだろ」
「そうそう、俺達も彼女ともっとお話ししたいんだよねぇ」
筋肉が俺の肩を掴み、チャラ男がイリーナの繋いでいない方を腕を取ろうとする。
あ~あ。
やっちゃった。
合掌。
「―――触らないで下さい」
イリーナの小さな口から絶対零度と見紛う冷たい台詞が呟かれる。
俺は思わず唾を飲み込むが、それに気付かない男達は突然雰囲気が変わったイリーナに『何だ? 驚かせちまったか』 『どうしたのかなぁ?』と空気を読まない、いや、読めていなかった。
「―――わかりました。ではあちらでOHANASHIしましょうか」
「おっ、分かってるねぇ」
「こんな奴なんかより俺達の方がいいって分からせてやるよ」
腕を捕まれそうになったイリーナはそれをヒラリと躱して、男達を近くの路地裏へと誘う。
男達の顔にはニヤニヤ、ニタニタといった笑みが浮かんでいた。
~少々お待ち下さい~
「お待たせしました」
「まぁ、うん。いいけどね」
少ししてイリーナは戻ってきた。
その頃には遠巻きにこちらを見ていた野次馬も散っていて、俺とイリーナに注視しているのはほんの僅かな人数だけとなっていた。
「では行きましょうか」
「あぁ・・・って、ちょっと!」
男達のことをすこし哀れんでいると、イリーナは何を思ったのか俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。
「いけませんか?」
「いけないというか、その、あれだ」
俺がしどろもどろに答えようとする姿を見てイリーナは小さく笑みを浮かべた。
「・・・わかったよ。降参だ」
そのまま腕を組んで歩くことにした。
さっきまで受けていた男達の視線により拍車が掛かっているのだが、もう気にしないことにする。
『お、おい! 誰か! 医者を呼んでくれ!』
『うおっ! な、なんじゃこりゃあ!』
背後が騒がしくなってきた。
微かに聞こえてきた単語は、『男二人』 『路地裏』 『酷い有様』だった。
「イリーナ」
「問題ありません。命には別状はありませんから」
命にはってことは、それ以外には何か影響が?
「そっか・・・」
俺は全身全霊を以てスルーすることにした。
「何度も言いましたが、私の全ては主の物です」
「う、うん。わかってるよ」
「それならばいいのです。これからもよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
この後俺達は三日月に帰るまでの間、ずっと腕を組んで歩いていたのだった。
「主も、全部、私の物。手を出す輩は、―――(ボソボソ)」
その呟きはなぜか無意識に俺の右耳から入って左耳へと抜けていって、欠片も記憶に残ることはなかった。
最後までお読み下さってありがとうございます。
【次回】旅支度 ~マヤ編~




