一名様ご案内
ぎっくり腰の作者です。
パソコン前に座れないので、今回横になりつつスマホを使ってみましたが……やりにくくて仕方ない><
「たあああ!」
「うん。今の太刀筋はなかなか」
俺が上段から振り下ろした模擬刀をひらりと躱すドアートさん。
躱されることは織り込み済みで、切っ先が下段まで到達する前に正眼に近い位置から突きを放つ。
「しっ!」
「おっと! やはり君の突きは凄いな」
今度は躱しきれず、ドアートさんは手にした模擬刀で防御した。
稽古を付けてもらって俺は『突き』に向いているという事が判明した。
これまでみたいに剣で切りつけると、普通の剣では折れたりしてしまうのだ。
今まで大丈夫だったのは、神様からもらった『烈光丸(日本刀)』が特別だったからだ。
なので俺は今突き主体の剣術を覚えている。
―――のだが、ドアートさんは『凄い』と言いつつも防いでしまうので腕には自信が持てない。
「うん。今日はここまで」
「はあ、はあ。・・・ふぅ。ありがとう、ございました」
体の緊張を解いてドアートさんに対して礼をする。
今日の剣の稽古はこれでお終いだ。
この後はクールダウンも兼ねて、ストレッチと軽く走ってから三日月に帰る予定だ。
「しかし、君の飲み込みの速さは以上だな。まだ稽古を付けて数日だというのに」
「ありがとうございます」
グインタビューのギルド長、ガーフィさんに言われて始めることにした剣の稽古だが、これが思いの外スムーズにことが進んでいる。
「もし他の異世界人がいたとして、みんなこうなのかな?」
「いや、俺が異例なんですよ。神様もそう言ってましたし」
俺は地球生まれの日本育ちだが、この体は本来ここファンタピアで生まれるはずだった体だ。
そのせいで地球では異常、ファンタピアに来たと思ったら地球という環境の影響で体は思いも寄らぬ成長を遂げ、この世界でも異常に・・・・・・。
俺の辞書には『普通』とか『平凡』という言葉が欠落しているに違いない。
「ふむ。・・・じっくりと君を調べたいのが」
「そんなことをしたら、イリーナが何て言うか」
「やめておこうそうしようそれがいい」
「あはは」
俺は乾いた笑い声を上げる。
ドアートさんとイリーナの関係は蛇と蛙だ。
むろん、蛇がイリーナで蛙がドアートさん。
ふとした拍子にドアートさんのマッドな血が騒ぐのか、俺に強い興味を見せることがある。
そして、その場にイリーナが居合わせた場合・・・あとはきっと想像通りだ。
変わったことと言えば、脅す方法が半透明な刃から魔法に変わったことぐらいだろう。
「お疲れ様です、ユーキさん」
「お、ありがとう」
ドアートさんと会話していると、リンディが手拭いを持ってきてくれた。
俺はありがたくそれを受け取り、顔にかいた汗を拭う。
「リンディ? 私の分は」
「ちゃんと用意してますよ師匠」
「ありがたい」
リンディは最初に会った時と同じく騎士の格好をしていた。
初めて見た時は『騎士風』と思っていたが、彼女は本物の騎士であり、今着ているのは女性騎士用の制服なのだそうだ。
「今日も仕事か?」
「いえ、今日は非番ですよ」
「え? でもそれって騎士の制服なんだろ」
「あ~、リンディはいつでもこの格好をしてるんだよ」
「はい。これ着心地が良いんですよ」
いやまあ、似合っているんだけどね。
女性としてそれは如何なものかと。
「せっかくリンディは可愛いんだから、お洒落すればいいのに」
「にゃ!? にゃにをとつじぇん!?」
噛んだな。
「いや、一般的に見てリンディは十分可愛いと思うぞ?」
「うえっ!?」
「一人で服屋に入るのが恥ずかしいのか? だったらこの後一緒に服でも買いに行くか?」
「い、一緒に!?」
「おう。あ、せっかくだからプレゼントするよ。この手拭いみたいにいつも世話になってるからな」
「プレゼント!」
「そうそう。あとついでに―――」
「う、うるさい! ぺらぺらとっ、そ、そんなことを言うのはその口かあああ!」
「ちょ! いきなりなんだよっ」
「黙れ! 発言は認めていないぞ!」
「理不尽な!?」
リンディは腰にぶら下がる剣ではなく、ポカポカと腕を振り回して俺の胸を叩いてきた。
さすが、騎士だけあって見た目よりもダメージが大きい。
ちなみに、リンディはテンパったりすると男っぽい口調になる。
俺を最初に勧誘した時のような話し方だ。
「ほらほら、リンディ、その辺で止さないか」
「ふー! ふー!」
「猫じゃあるまいし、威嚇するんじゃない。師匠の言う事が聞けないのか」
ドアートさんがリンディを俺から引き離してくれ俺は解放された。
それにしても何がいけなかったのだろう。
この後、『マヤかイリーナを誘って』一緒に服でもと思ったんだけどな。
あとついでに、『イリーナの普段着』も調達したかったのだが。
「う~ん・・・女心は男には理解出来ない、ってことなのかな?」
殺気立っているリンディを宥めようとするドアートさんをボーッと見つめる。
その光景はまるで、『警戒心丸出しの猫を撫でようと試行錯誤している』みたいだった。
~~~~~
「―――落ち着いたか」
「はい、すみませんでした」
「まったく。私はこれを倉庫に戻してくるよ」
そうこうしているうちに事態は収束した。
リンディは取り乱してしまった羞恥からか、顔はおろか耳まで真っ赤になっている。
ドアートさんは模擬刀を持つと倉庫(ドアートさんの発明品など保管されている)の方へと歩いて行った。
「いやいや、気にしてないからいいよ」
「はい・・・」
俺は手をパタパタ振って大丈夫だとアピールする。
それでもリンディは頭を下げてくるので、『この話は終わり』と手を一度だけ叩いた。
「それよりほら。何だかあの人用事があるみたいだぞ」
「?」
実は先程から屋敷の門番をしていた人が鍛錬場の入口に立っていた。
でも今までの騒動で割ってはいるタイミングが掴めなかったのか、ずっと立ち尽くしていたのだ。
その門番の人(男の獣人)は俺達が自分を見ているのに気が付き、足早に近づいてきた。
「お話中申し訳ありません。ネルトン様宛に書状が届いております」
「わかった。ご苦労様」
「はっ、では職務に戻ります」
「よろしく頼むぞ」
「了解しました」
ネルトンとはリンディの家名だ。
門番から受け取った書状を開き中を読み始めるリンディ。
俺は数歩下がってストレッチをする。
中身を盗み見るほど礼儀知らずではないつもりだ。
「―――こ、これはっ」
前屈していたら声が聞こえたのでそちらを向くと、リンディと目が合った。
そして息を飲むような空気が漂う。
「えっと、どうかしたのか」
「・・・ユーキさん。あなたは妖精族を召喚したんですか?」
「ん? そうだけど、言ってなかったっけ」
「やはり。―――じゃあ間違いではないのか(ブツブツ)」
間違いじゃない?
いったい何のことだろう、と思っていたら倉庫からドアートさんが戻ってきた。
それに気付いたリンディは俺が声を掛ける前にドアートさんに走りより、今さっき受け取った書状を手渡し二人であれこれと話し始めた。
「―――から、―――領主」
「では―――妖精―――」
離れている上に小声で話しているので殆ど聞こえない。
ただ時折俺の方をチラチラ見ている。
何を話しているのか気にならない、と言えば正直なところ嘘になるが、プライバシーもあるのでその考えを頭の隅に追いやりストレッチに専念する。
「いち、にっ。さん、しっ」
「ユーキさん」
「ごー・・・ん? 話は」
二人に背を向けて開脚前屈していたら背後からリンディが話しかけてきた。
俺は振り返ろう、としたのだが―――、
「―――話は終わったあびゃああああっ!?」
突然全身に鋭い痛みが駆け巡った。
足が痺れた感覚が全身に広がり、その上体中を叩かれるような痛みだ。
「ユ、ユーキさん!? ちょっと師匠! これ危なくないって言ってたじゃないですか!」
「そうだよ。命を奪うような物じゃない。ただ体中に形容しがたい痛みを与える物だ」
「もっと穏便に済む物を出して下さいよ! って、ああ!? ユーキさんが舌を出してピクピクしてるうぅ!?」
チラッと見えたリンディの手元。
そこにはどこかで見たことのある―――そう、警棒のような黒い棒状の物が握られていた。
それを最後に、俺の意識は暗闇へと吸い込まれてしまう。
~~~~~
「うむ、人体に使ったのは初めてだったがどうやら予想以上の効果だな。成功だ」
「師匠!」
「う、すまん」
リンディは腰の剣に手をかけ、ドアートはすぐに謝る。
イリーナとの一件で、旗色が悪いと謝るという行動が体に染みついている。
「とりあえず目的は果たした。君はいつも通り馬車の手配を。私は彼を裏口に連れて行っておく」
「・・・わかりました」
指示に従い馬車の手配に屋敷へと入っていくリンディ。
ドアートはユーキの体を担ぎ上げ肩に乗せると、リンディとは反対方向に歩き始めた。
「さて、私たちの盟主の元へ案内するよ」
その言葉を向けられたユーキは気絶しているので、ドアートの言葉は虚空へと消えていった。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
リンディは主人公に好意は持っていますが、恋をしている訳ではありません。
盟主の正体はまだお楽しみ(お気づきの方も多いと思う)ということで。
【次回】怪しい勧誘再び!?
※誤字修正・加筆10/28




