嵐の前のなんとやら
何気にOVL文庫大賞応募作のタグを追加してたりします。
「んあ~?」
部屋の窓から朝の光が差し込んでいる。
それが丁度良い具合に俺の目に当たって目が覚めた。
「あ゛~・・・おはよう」
「おはようございます。我が主」
横になっていたベッドの側に、エプロン姿のイリーナが立っていた。
服はあのドレスではなく、この前街で買ってあげた市販の物を着ている。
「ご朝食の用意はもうじき整います。お召し替えは」
「いい~。自分でやるって」
「わかりました」
イリーナは部屋に備え付けられているクローゼットから服を一式取り出し、それを椅子の背もたれに掛けてくれる。
まるで奥さんみたいだな、とまだ覚醒しきっていない頭に思い浮かぶ。
「イリーナ・・・奥さんみたいだな」
「え、あ、その」
いつもの冷静な雰囲気が崩れ、表情にも若干戸惑いの色が浮かぶ。
ここ『三日月』に来てから変わったよな。
「(コン、コン。ガチャ)お兄、ちゃ、ん」
「マヤか。おはよう」
「おはよ、う。・・・お姉、ちゃん。ご飯出、来た」
「そう。ありがとう、マヤ」
マヤの頭に手を乗せて髪が崩れない程度にポムポムするイリーナ。
「じゃあ行きましょうか。―――先に食堂でお待ちしています、主」
「了解~」
「あと、で」
一番変わったのはこれだろう。
二人の会話で分かると思うが、初対面の時のあの刺々しい雰囲気はもう二人の間にはない。
最初こそ俺が仲裁して事なきを得たが、納得いかない二人はその後ちょくちょく衝突した。
目を閉じれば、今でもその光景が瞼に焼き付いている。
『我が主。お腹は空いていませんか? よろしければ私がご用意致します(どこからともなく現れるエプロン)』
『いや、飯は―――』
『ダ、メ。お兄、ちゃん、お客さま。ロイが、用意、してる』
『結構です』
『ダ、メ』
『・・・・・・』
『・・・』
『ゴクッ(俺の喉が鳴る音)』
『お兄、ちゃ、ん。は、い。どう、ぞ(料理の配膳中)』
『おう。ありが―――』
『ご苦労様。あとは私がやります(膳を掴むイリーナ)』
『・・・私の、仕事(渡さないマヤ)』
『・・・・・・』
『・・・』
『グ~(俺のお腹が鳴る音)』
『(就寝前)さてと、あとは体を拭いて―――』
『お任せ下さい(片手に布を持つイリーナ)』
『がん、ばる(片手に布を持つマヤ)』
『・・・・・・』
『・・・』
『自分でやるから!?』
以上回想でした。
だがそんなある日、二人はさすがにこのままではいけないと思ったのか、二人だけで話し合いをすることにした。
場所は俺の部屋を提供したのだが、『女二人だけで話させて欲しい』ということだったので席を外した。
そのためその場にいなかった俺には、二人がいったいどうやってこの件にケリを付けたのかは分からない。
二人に尋ねたら、
『主にとって妹であるなら、私にとっても妹だと気が付いたのです』
『お兄ちゃ、んの、パートナー、なら、お姉、ちゃん、だから』
だ、そうだ。
詳しく聞こうともしたが、『二人だけの秘密』と言われてしまっては退くしかあるまい。
まぁ俺はこれでいいと思うし、これ以上詮索はしないことにした。
「んっー! ぷはあ~。さて、飯にしますか」
着替えて体を一度伸ばしてから食堂へと向かう。
ガヤガヤと人の話し声や、食器がぶつかり合う音が大きくなってきた。
「おや、おはようユーキ。よく眠れたかい?」
「それはもう、グッスリでしたよ」
「はははっ、そうかいそうかい。じゃあ空いてる席に座ってな。今朝食を出すからね」
「お願いします」
パーラさんがその大きな体を反転させ厨房へと戻る。
俺はそれを最後まで見届けることなく、空いてる席を探しそこに着いた。
ふと食堂を見渡すと、マヤとイリーナが忙しそうに他の客に料理の配膳をしている。
そう。
実はイリーナはここの手伝いをしているのだ。
「お待、たせ。しまし、た」
「おう! ありがとうなマヤ!」
マヤは筋肉モリモリなドワーフの親方(三日月の向かいで湯屋の建設をしている)に料理を運んでいる。
マヤは幾らか改善されたがまだ舌足らずな喋り方だ。
時偶それが原因で客になにか言われることもあるが、この親方はまるで孫でも見るような優しい目をして笑顔を見せていた。
「・・・どうぞ。朝食です」
「あ、ありがとうございまっす! イリーナさん!」
「気安く私の名を口にしないで下さい」
「は、はいいっ!」
イリーナは・・・正直あれで接客になるのかと心配になるくらい愛想がない。
だが、今の若い男の客のように、一部の客からは大変人気があり、素っ気ない対応をされても皆嬉しそうな顔をする。
――――――Mなのか?
そうこうしているうちにイリーナが俺の方へと向かってきた。
他の客の時には見せなかったが、口元が微笑んでいた。
だが、まだその笑みは俺やマヤなど親しい間柄でないと気づけないくらいほんの少しだ・・・。
もっと感情を表に出せるようになればいいな。
そんなイリーナの手は、本日の朝食が乗せられた膳を持っている。
ちなみにこの俺への料理運びは、マヤとイリーナが日ごとに交代でしてくれている。
昨日はマヤの番だったので、今日はイリーナの番というわけだ。
「―――あ」
思わず俺の口からそんな声が出る。
こちらに向かってくるイリーナの後ろ、彼女が今まさにすれ違った席に着いていた男がニヤニヤ笑っていた。
そしてあろうことか、イリーナのお尻に触ろうとそっと手を伸ばしたのだ。
俺はその様子を目撃して『あ』と言ってしまった。
男の手がイリーナのお尻に触れそうになったその時―――、
「へぶううっ!?」
男は座っていた椅子を砕きながら床にめり込んだ。
「どうやら死にたいようですね?」
イリーナは足を床へとゆっくり下ろし、近くの空いてる机に膳を置き、床と仲良しになっている男を冷たい眼差しで見下ろす。
場の空気が冷たくなっていくのが分かる。
雰囲気が、ではなく、実際に気温が下がっているのだ。
その証拠にイリーナの右手には徐々に大きさを増している氷塊が現れている。
「せめてもの情けです。痛みも感じぬうちに終わらせてあげましょう」
イリーナは右手を突き出し、左手で右肘を掴んで魔法発射態勢をとる。
それを見た周囲の客はテーブルと椅子をガタゴトと移動させ、イリーナから離れる。
だが床にめり込んだ男はそうもいかず、『あばばばば!』と藻掻いていた。
「死になさ」
「お姉、ちゃん。やり、過ぎ。ダメ」
「―――マヤ」
マヤがイリーナの右手を掴んで止めに入った。
さっきまでの冷たい空気が霧散し、氷塊も初めから何もなかったかのように跡形もなく消えていた。
「ごめんなさい、マヤ。主だけの物であるこの体を触ろうとしたから、つい」
「うん。気持ちは、分かる」
うんうん頷くマヤ。
その様子は子供が大人ぶっているかのように見えて微笑ましい。
いや、本人はいたって真面目なのだろうから失礼だとは思うけど、こればっかりは仕方ない。
現にドワーフの親方も俺と同じように微笑ましそうに見てる。
「分かる、けど・・・えい」
「ほぐ!」
イリーナを止めていたマヤだったが、やはり男の所業(未遂だが)に腹が立ったのか、男の脇腹目掛けてチョップをかました。
子供ではあるが、竜人特有の力がこもっているチョップで。
男は堪らず気を失った。
「おう! イリーナちゃん。今回はコイツかぁ?」
「そうです。いつものようにお願いします」
「任せとけ! がっかかか!」
騒ぎを聞いて厨房から出てきたロイさんはその独特な笑い声を上げ、床と友達になっていた男の服を掴み引っ張る―――が、仲良くなりすぎて体の一部が引っかかり抜けなくなってしまった。
「ぬうううっ、ダメだ。親方! 頼む!」
「仕方ねぇなぁ」
ロイさんに呼ばれた親方は、その自慢の怪力で男を片手で掴み上げた。
「さすが親方。そいつは好きにして良いぜ。その代りと言っちゃなんだが、この床を直してくれねぇか?」
「いいぞぉ。じゃああとでウチの若いの寄越すからよぉ」
「助かるぜ」
そんなわけで不届きな男は親方に担がれ連れていかれた。
彼を待ち受けているのは、湯屋の建設という肉体労働だ。
こういったことは今回が初めてではない。
イリーナが手伝いをはじめたその日から、もう何度か起きている。
なので宿泊客や常連客にはもう慣れっことなっていたため、片付けなどは実にスムーズに終わり、いつも通りなガヤガヤした食堂へと戻っていた。
「遅くなって申し訳ありませんでした」
「いや、イリーナは悪くないよ。悪いのはあの男の人だよ」
イリーナは改めて膳を持って俺の元へとやって来た。
気が付くとマヤも給仕の仕事に戻っている。
さて、今日の朝食は何だろう。
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「私です。実はお耳に入れておきたいことがありまして」
『なんだね? これでも自治の仕事や、隣町の件で忙しいんだが』
「妖精族が現れました」
『・・・・・・本当か?』
「はい。召喚によって」
『・・・詳しく話してもらおうか、ドアート』
最後までお読み下さってありがとうございます。
タイトルは最後のたった6行の為の物です!
会話しているのはドアートとあの方^^
『嵐』がやって来たら、あと少しでこの章は終わる予定。
【次回】ドアートさんと剣の修行。そしてっ―――。
※誤字修正10/26




