虎穴に入らずんば~なんとやら
「さぁさぁっ、行こうではないか!」
「で・す・か・らっ、今連れがいるんですってば!」
服屋に入ったマヤを店先に出て待っていると、女性からいきなり『強くなりたくないか?』と勧誘された。
俺は『今連れがいるんで、遠慮します』と行けない旨を伝えたのだが、女性は俺を押してどこかに連れて行こうとする。
しかも思いの外力が強かったので、仕方がなく力ずくで振り解いた。
「まったく。君の師匠が待ってるんだぞ?」
「誘いに乗るとは一言も言ってません!」
人の話に耳を貸さず、もしくはスルーして自分の言いたいことは言ってくる。
そんな女性の言う『師匠』とは、どうやらこの街で『育成所』なる、武と魔法を教える道場の様な物を開いている人物らしい。
「そもそも、なんで俺なんですか? 俺よりも強そうなやつなんて大勢いるでしょう」
「いや、君じゃないとダメなんだ」
「その理由は?」
「君から漏れ出ている魔力だよ。この世の物とは思えない量と質だね」
「え!?」
女性のいった言葉に耳を疑った。
今まで普通に過ごす中では、俺の底なしの魔力に気が付く者はいなかったのに。
「安心したまえ。相手の潜在魔力を『視る』なんて芸当、全種族を探しても一握りしかいないから、君の異常に気が付かれる心配もないよ」
何やら得意げな顔で喋り続ける女性。
「凄いだろう? 師匠の元で修行したら君にも出来る様になるよ。君みたいな原石を放っておくなんて勿体ない! ぜひ師匠の元でもっと強くなろう!」
結局最後は『師匠の元へ行こう』だ。
「それに、もしも来てくれなかったら・・・みんなに君の異常について話しちゃうかもな~」
しかも脅迫っぽい事まで言い出した。
―――けど、俺にはそんな脅し意味ないけどね―――
「別に話してくれていいですよ」
「・・・ほえ?」
お、ちょっと可愛い反応だぞ。
「ちなみに俺の魔力が普通じゃないのは、俺が異世界からやって来たからですよ」
「何て・・・え・・・?」
「特に秘密にしてる訳じゃないことなんで、広められても別に―――あ、でも」
俺は女性の顔を見ながら、意識して魔力を女性にぶつけるように放出して笑う。
「もし悪評とか広めたりしたら・・・許しませんけど、ね?」
「ひぅ」
俺のなんちゃって『気当て』で、女性は端から見ても分かるくらいオロオロし出した。
『うそ。脅せば最終的には一緒に来ると思ったのに』とか『ど、どうしようぅ~』なんて涙声で小さく言っている。
「(ちょっとやり過ぎちゃったかな)」
女性の狼狽え振りを目の当たりにして、少し罪悪感が湧いてきた。
いや、最初に脅しを掛けてきたのは向こうなのだが。
「・・・冗談ですよ。冗談。別に何もする気はありませんよ」
「ほ、本当か?」
「えぇ。ですから安心して下さい」
ちょっと目の端に涙を貯めている女性は、恐る恐るという感じで問い返してきた。
ちょうどその時、店の中から声が掛かった。
「失礼ですが、竜人の女の子のお連れ様で間違いないでしょうか?」
「あ、はい。そうです」
「お連れの女の子が服を試着していますので、よろしければご覧になりませんか?」
マヤは気に入った服を見つけたのかな?
試着しているというので、様子を見に行くのもいいか。
・・・・・・この場を離れたいというのもあるしね。
「分かりました。行きます」
「では、こちらです」
「え? あの、君?」
「そういう訳で、用事があるので」
「あの! ちょっと!?」
女性を無視して店内へと入る。
呼びに来てくれた店員さんは『あの方はよろしいので?』というニュアンスを含む視線を向けてきたので、『問題無い』という視線を返した。
~~~~~
「お~。似合ってるぞマヤ」
「・・・///(照)」
店員さんに連れられて来たのは、店の奥にある試着室だ。
『それでは私はこれで』と店員さんは去ってしまったが、店内には俺たち以外にもお客さんが数組いるので、忙しいのだろう。
「その服は自分で選んだのかい?」
「ん・・・そう」
「そっか。いや、とってもいいよ」
マヤが今着ているのは、いつもと同じようにワンピースではあるが、深緑のような綺麗な緑色に白と黄色でアクセントを入れた物だ。
その上から短いカーディガン?みたいな物を羽織っていて、あとは麦わら帽子でも被っていればどこぞのお嬢様みたいに見えるのではないだろうか。
余談だが、マヤは基本ワンピースやスカートと言った物を着ている。
理由は『尻尾』があるからだ。
獣人のように細い尻尾なら、例えパンツ(下着でなくスボンの方)でも小さく穴を開けてそこに尻尾を通せばいいのだが、マヤのように太い尻尾(根元が太く、先端に行くにつれ細くなる)だとそうもいかない。
なので必然的にワンピースやスカートになるのだ。
「よし! じゃあそれを買うか。あ、どうせだったらそれを着たまま出歩くか」
「本当、に、いいの?」
「ん? お金の心配はしなくていいぞ。これでもまぁまぁ稼いでるからな」
本当は神様からもらったお金で、しかも大金持ちって言ってもいい位なんだけどね。
「じゃあ店員さん呼んでくるからちょっと―――」
「あ、あの~」
「? 誰?」
知らない人物の登場に首を傾げるマヤ。
声を掛けてきたのはあの女性だった。
いつの間にいたんだ?
「あ~、この人はな・・・・・・名前聞いてないな」
あんなにしつこく勧誘されたが、俺はこの人の名前すら聞いてないことに気が付いた。
見た目は二十代半ば、腰には十字架を模したような剣。
腕と膝下、そして胸に鉄製の部分鎧を着込んでいる。
チョコレートのような色をしたショートの髪に、同じ色をした大きなクリクリな瞳で、総じてかわいい系と言える容姿をしている。
性格は活発というか、最初の強引さから見ても、きっと『考えるより行動派』だろう。
「す、すみません!? 申し遅れましたが、私はリンディ・ネルトンと言います」
「家名があるってことは、貴族・・・様でしたか」
「あ、いや、貴族と言っても私は『騎士』だからで。家は普通に平民の家でして」
◇◇◇◇◇
『騎士』になると、その者は一番位の低い貴族『騎士/卿』の称号をもらえる。
公務員になると言えば分かりやすいかもしれない。
一番位が低い、言い換えればギリギリ貴族なのでもちろん領地などは与えられない。
さらに、これは個人に与えられる称号なので、その者の家族や子供にはその影響は及ばない。
もちろん騎士を辞めたり首になれば称号は返上することとなる。
◇◇◇◇◇
「ですのであまり畏まらず、フレンドリーに」
「じゃあリンディでいいかな?」
「はい。それで」
マヤも抵抗があるようだったがリンディ本人が良いと言っているのと、俺の説得によって『リンディさん』と呼ぶことになった。
彼女の口調がタメ口から敬語になっているが・・・そんなにさっき怖がらせてしまっただろうか?
悪いことをしてしまったかな。
「それでリンディ。まだ諦めてないのか」
「そ、そうです! 一度だけ! 一度だけで良いので師匠に会って貰えませんか!?」
リンディは『一度会って貰えれば必ず師匠の凄さが分かるはず!』と食い下がってきた。
そんな姿を見て、一度くらいなら、と考えてみても良いかなと思い始めたが、さてどうしたものか。
「う~ん。マヤはどうしたらいいと思う?」
「・・・・・・私は、行って、も、良い」
「本当!?」
「良いのかマヤ?」
「ん・・・可哀、想、だから」
「ぐはっ」
マヤみたいな小さな子(実際には十五歳だが)に同情されて、血を吐くような仕草で倒れ込むリンディ。
・・・俺ももう行ってあげて良い気持ちになってきた。
「わかった。会うだけその師匠とやらに会ってやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
深々と綺麗なお辞儀をするリンディ。
何気に俺今、曲がりなりにも貴族に頭を下げさせているが、大丈夫なのだろうか。
マヤの服代を払ってそのまま店を出る。
どうやら新しい服がうれしいようで、尻尾がいつにも増して揺れている。
あ、ちなみに「麦わら帽子」も俺が勧めて買っちゃいました。
マヤの角が引っかかってしまったので、店員さんに頼んでその場で穴を開けて貰い、解れないようちゃっかり処理もしてもらったり。
「ではでは、案内しますので付いてきて下さいっ」
「そういえば、その師匠は何が出来る人なんだ?」
「師匠はそれこそ何でも出来ますよ。剣は一流、魔法は王宮仕え出来る程で、最近はいろんな発明に凝っていますね」
「・・・へ~、すごいな」
これはもしかしたら願ったり叶ったりだったかもしれない。
俺の問題である『剣術』を教えて貰えるかも。
ちょっと期待が持て、最初よりも幾分歩く足取りが軽くなった気がする。
前を歩くリンディの後ろを、俺はマヤと手を繋いで歩いて行った。
お読み頂きありがとうございます!
リンディさんの座右の銘は『猪突猛進』。
マヤの新しい服は総額大銀貨五枚(五万円相当)と小銀貨三枚(三千円相当)でしたが、おまけして貰って大銀貨五枚になりました。
どんな世界でも、女性の服は高い!
【次回】師匠に師事?急転直下の予感!
※誤字修正10/12




