宿の片隅で勉強会
ゆっくりペースで話しは進みます。
「さぁユーキ! 始めるわよっ」
「うぃ~す・・・ぐぅ」
昨日から俺が泊まっている安らぎの宿の一室。
部屋の中からはフェルの元気な声と俺の間延びした声が聞こえていた。
「もうシャンとしなさいよっ」
「いて~・・・ぐぅ」
「もう! ねーるーなー!」
「あぁあぁあぁあぁ」
頭にチョップされたが、まだ眠い俺は気にせず意識を飛ばす。
だがフェルは俺の体を思い切りシェイクすることでそれを阻止しようとする。
「わかった、わかったから。揺らすのやめてくれよ」
「本当に?」
「もうバッチリと」
「・・・・・・(ジー)」
「バッチリダヨバッチリ・・・ぐぅ」
「・・・(怒)」
「(!? 殺気!?)」
突然感じた背筋に氷を当てられたみたいな感覚に、寝ぼけていた頭は完全に覚醒した。
「あら起きたの」
「あぁ・・・・・・なぁフェル? その手の形はなに?」
「これ? 何でもないわ(ちょきちょき)」
フェルの手はピースサインの形を作っていて、その二本の指先は俺の顔に向けられていた。
「そうか」
この話を広げるのはやめておこう。
何故か両目が乾燥してきて、うるっときたし。
「とりあえず、おはようユーキ。完全に目が覚めたみたいね」
「おはようフェル。お陰様で眠気なんかどっかに吹っ飛んでったよ」
「ふふ~ん、そう」
ならばよし、とばかりに満足そうに頷くフェル。
だが、ちょっとはこっちの身にもなって欲しいものだ。
「なぁフェル。確かに今日いろいろ教えてもらう約束したけど、こんな早朝に来ることないだろ? まだ空が若干暗いぞ」
「うっうるさいわね! その分時間が取れるんだから良いでしょ!」
そうなのだ。
フェルはとてつもなく早くに安らぎの宿へやって来て、ミィルさんから鍵を借り俺が借りてる部屋を強襲してきた。
当然その時俺は眠っていたので『ユーキ! 起きなさい!』というフェルに起こされ、今に至る。
「いやだがな―――」
「男が小さいことに文句言わない! ―――本当は昨日お母さんにあんなこと言われて、なかなか寝付けなくて来ちゃった、なんて言えないわ(ボソ)」
「ん? あんなことっていったい何だ?」
「きっ気にしないで!」
「お、おう?」
フェルは顔を赤くしながら怒鳴ってきた。
俺自分でも知らないうちに機嫌損ねるようなこと言ったかな?
「うぅんっ! じゃあ気を取り直し始めましょう!」
喉の調子を整えて、勉強会を始めようとするフェルだが、俺はそれを止めた。
「いや、勉強会はまだだフェル」
「え? どうしてよ」
「考えてみてくれ。俺はさっきまで寝ていたんだ」
「そうね。私が起こしてあげたもの」
「そして、そうこうしているうちに完全に夜は明けてるよな」
「うん」
「だからな―――(ググゥゥ!)」
俺の台詞の途中で腹の虫が鳴った。
「・・・・・・」
「・・・だからな、まずは朝飯食べようぜ」
~~~~~~
「いや~おいしかったな」
「でしょう? この辺りで一番の宿だって言った理由が分かったでしょう」
フェルも朝食は食べていなかったらしいので、二人で一緒に食べることにした。
食堂には俺と同じ宿泊客がいたり、朝食を食べに来た一般の客もいてなかなかに繁盛していた。
「あぁ。さてと、じゃあ今度こそフェル先生に教えてもらいますか」
「もうやめてよ、先生だなんて」
俺とフェルはふざけて笑いあいながら食堂を後にする。
この時の様子を見ていた周りの客達は、
『羨ましいぞこの野郎!』『いちゃいちゃしてんじゃねぇ!』『あの男誰だ? もしかしてフェルちゃんの・・・うわぁぁ!』『この恨み晴らさでおくべきかっ』『ガンスは何やってんだ』
といったことを考えていたのだが、二人は知るよしもなかった。
~~~~~
「はいこれ。作ってきたから目を通しておいて」
「なんだこれ?」
部屋に戻るとフェルから一枚の紙を手渡された。
「ギルドについて簡単にまとめたのよ。それを見て分からないところがあったら聞いてちょうだい」
「わざわざ作ってきてくれたのか? なんかすまないな」
「べ、別にっ。ただなかなか寝付けなかったから時間があって、その」
なにやら口をモゴモゴさせているが、俺の意識は手元の紙に移っていて気に留めなかった。
「どれどれ?」
◇◇◇◇◇
『冒険者ギルド』
冒険者はギルドで受ける依頼を選び、遂行、達成し依頼主から報酬をギルドを通して受け取る。
依頼内容は多岐に渡り、子供でも出来るお使いのようなものから、死を覚悟しなくてはいけない程のものまである。
依頼を大きく分類すると『採取』『討伐』『捕獲』『調査』『護衛』の五つに分類される。
ギルドは依頼内容によって『ギルドランク』を設定する。
ギルドランクは☆1から☆10まである。
簡単な依頼ほど☆1に近く、難しくなるほど☆10に近くなる。
また、ギルド所属の冒険者にもランクは付けられる。
ギルド加入直後、冒険者のランクは☆1で、ランクを上げるには依頼をこなして行く必要がある。
依頼に付けられるランクはあくまでギルドが付けた目安であり、付けられたランク以上のランクの者しかその依頼を受けられないという訳ではない。
例えば自分が出来ると思うのであれば、☆1の者が☆10の依頼を受けても良い。
ただし、依頼を失敗した場合は報酬の5割分をギルドに支払う事になる。 全て自己責任である。
また、ギルドでは魔物の部位などの買い取りも行っている。
依頼を受けずこういった売買で生計を立てている者もいる。
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――――――――――。
―――――。
◇◇◇◇◇
「読み終わった?」
「あぁばっちりだ」
「分からないところとか無かった?」
「う~ん特になかったけど、今後なにかあったらその都度聞いてもいいか?」
「えぇ、構わないわ」
俺が想像していたギルドとほぼ同じだったので大丈夫だろう。
唯一違うとすれば、ランクに関係なく依頼を受けられるというところくらいか。
まぁ俺は堅実に行きたいから、ランク越えの依頼は受けないと思うけどな。
「うし、じゃあギルドはこのくらいにして・・・フェル!」
「ふわ!? い、いきなり大声出さないでよ」
「あ、すまない」
いきなり大きな声を出したので、フェルの体がビクッと驚き反応した。
あーそれなるよね。
トラックの馬鹿みたいに大音量のクラクション聞いた時とか、夢の中で転んだ時とか。
「じゃあ改めて、フェル。次は俺に魔法を教えてくれ!」
「そうね・・・じゃあいったん街を出ましょう。近くに開けた場所があるから、そこで教えた方が都合が良いわ」
「よっしゃあ! ついに魔法かー。わくわくするな!」
「もう、子供じゃないんだから」
神様に日本刀を出してもらった時もだが、こういうのってテンションが上がるのは仕方ないと思うんだ。
だって魔法だぜ。
しかも俺は規格外の魔法適正を持っているみたいだし!
俺は出かける支度を終え、扉を開ける。
魔法とかいよいよファンタジーっぽくなってきたな!
「(楽しみだな~)」
俺の足取りは軽く、フェルに苦笑いされながらも笑顔で街の門へと向かった。
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※誤字修正、加筆しました9/1




