黄昏の修行風景
俺たちがあのババ…神代にいきなり修行をつけさせられることになって一ヶ月が経過していた。あの長ったるい道をスライム軍団から逃げつつゴールを越えると屋敷の近くに出ていた。汗だくになりつつも走りきった俺たちを労うこともなくあのバアさ…神代は現れて次の修行に俺たちを連れて行った。
筋トレ、護身術や座学等々…これでもかという位に叩き込まれた。二日目からまったく寝ずにこれ等の修行を繰り返しているのだが不思議と眠気や疲労は感じない。神代が言うには「肉体の情報を一時的に変えてるから大丈夫」とか訳のわからないことを言っていた。正樹はたまに座学の途中で居眠りしたりしていたがあれは飽きだろうな。長い話聞くの苦手だし(それでも成績は良いのは今でも解せん)。そんな感じで悪い様な扱いもされず修行は順調に進んでいた。
しかし、こいつは変人だ。やはり常識という言葉が頭から抜けている。つまり何が言いたいのかというと目の前にある光景がとても常識的な修行とはかけ離れているということだ。今、俺と正樹は神代に連れられて屋敷の裏側にある修練場に来ている。もちろん周りは木々に囲まれており、円形上に地面が広がっている直径は50m程だろうか。そんなに広い訳ではない。そして別にひたすら重いものを引きずって延々と走らされたりしているわけでもない。
「ハァ…ハァ、後何回くらいだろ…」
「さあな…あのバアサンにでも聞けよ。どうせ聞いてる間に、飛んで来たらよそ見とかで増やされるだろうけど…な。」
「よそ見しなくても増やされたけどね…」
こんな感じで修行に対する現実逃避をしていると森の中で光が瞬き、その瞬間ハンドボール程度の大きさをもつ光球が飛んでくる。時速にして40㎞位だろう。そんな光球が俺たちに向かって飛んでくる。それも一発ではない。四方八方から十数発だ。それを全力で避け、かわせないやつはガードする。こんなことをかれこれ2時間はしているだろうか。普通の肉体なら疲労で倒れても仕方ないかもしれないが神代が言っていたやつの恩恵なのだろう。疲れは感じていない。とはいえ、集中力の限界が近いのも事実だ。
「ほらほら、早く霊力を使わないと死んじゃうわよ〜」
「ちっ。わかってるよクソババ「何か言った?」…にゃろう、そんなに見たきゃやってやろうじゃねぇか!」
何処からか見ている神代が挑発に加えて俺の暴言をさらりと潰す。2、3週間前にはやつの前でババアと心で呟いただけでばれてしまった。まぁちょうどいい。フラストレーション的なものが溜まっているんだ。俺が霊力を使えないと思っているなら好都合だぜ。
「大体のコツは掴んだ。いくぜ!」
まずは意識を右手に集中させていく。すると右手に流れている力を肌で感じる様になってきた。この修行に入る前に神代が霊力についてレクチャーしていたのを思い出す。
『今回の修行は霊力を使う感覚を覚えることも兼ねてるからコツを教えておくわね。』
『ついに使えるようになるんすね!早くやりましょうよ。』
『ハイハイ、慌てないでちゃんと聞きなさいよ。』
『了解っす!』
『いい?霊力を感じるには自分の意識を集中させる必要があるの。それが出来たら自分の意識で力の流れを操るイメージを固めていきなさい。』
『そんな曖昧でいいのか?』
『最初はそう思うかもしれないけど自分の感覚を覚えるまではこれくらいしか言えないわ。他人の感覚を押し付けると勝手が悪くなるのよ。』
『ああ、なるほどね。オーケー、早速始めようぜ。』
「イメージを固める、力を流す。」
キィィンという音と共に俺の右手から白い靄の様なものが帯び始めた。
「これが…霊気。すごい圧力を感じる…」
「はっ。まだまだこれからだ!」
そう言って俺は更にイメージを強く、意識を高めていく。すると、白い靄が光を放ち始めた。光は瞬きを繰り返しては少しずつ強くなっているようだ。やはりこの靄の正体はエネルギーだ。それが意志に反応して共鳴することで光を帯びている。っと、考察は後回しだ。時間的にそろそろ来るな。
「洸!来るよ!」
「わかってらぁ!正樹、後ろは任せる!」
光弾が全方位から飛びかかり二人を狙って襲いかかる。私はそれを空中に浮かんで観察していた。勿論彼らから私の姿は見えないように透化の術式を使っているけれど声は届く様にはしてある。未だに二人は霊力のコツを掴みきれていないようで何発も光弾をくらっており常人なら既に死んでもおかしくないくらいだ。それでも立っていられるのは単純に身体能力が向上しただけではない。無意識に流れる霊力が二人の体を守っているのだ。私にはそれが[視え]ている。音速を超えた拳による衝撃波も相まって放たれた力は地面を抉り返し、その上に立っていた木々を全て空中に打ち上げる。って、あれ私のいる場所に来るじゃない。あの坊や私が[視える]のかしら?もう[眼]が開いてるのなら素晴らしいことだけど、はなから光弾ではなく私をねらうだなんていい度胸だわぁ。
私は向かってくる土砂と木々に意識を向けて物体の運動を霊力で止める。さらに物体を一つに纏め巨大な塊にする。そして姿を表して坊や達の意識を私に向けさせた。
「中々の冗談だったわ。これは楽しませてくれた私からのお・か・え・し♪」
動きを止めていた塊を坊や達に向けて飛ばす。大質量の物体が再び地面に落とされる。ま、生き埋めになっても自力で出てこれるでしょ。
「うおっ!」
「ちょっとマジでヤバくね?って…Nooo!!!」
俺が飛ばした岩石や木々が神代の霊力で止められたのを感じた瞬間、ものすごく楽しそうな声の後に飛ばしたものが一つに集まってこちらに向かって来た。まさか一瞬であの量を止めるとは考えてなかった。
「全力でガードしろ。正樹。」
「んな無茶な!」
「ちっ、しょうがねぇな!」
両足に霊力を集中。溜めた力を一気に爆発させて俺は塊目掛けて跳躍する。更に再度右手に霊力を集中、先ほど以上に力を込めて強く念じる。
あの質量を消し飛ばす威力を…まだだ、もっと強く!
右手を纏う光の瞬きが速くなり放たれる圧力が更に強くなる。塊との距離が埋まり俺は全力で右手を叩きつける。
アアアァ!!
奇妙な感覚だった。
右手を振りかぶった瞬間、周りの景色が止まったのかと錯覚する程に動きが無くなる。にも関わらず拳の速さは衰えずに向かって衝撃を加えていた。一瞬のことであったため確証が無いが目前に迫っていた塊は轟音と共に粉々に砕けて落ちていく。どうやら勢いはそのまま通ったようだな。少し強すぎたのか衝撃波の影響で屋敷に届く距離にまで岩石や木々だったものが飛んでいったがそれらは神代が抑えてくれているようだ。後で折檻かな…正樹の方も軽く土砂に埋もれているが大丈夫だろう。
「ババアのやつ。やっぱり一筋縄じゃいかねぇか。」
「あらあらやっぱり狙ってたのね。どうして私のいた場所がわかったのかしら?透化はしていたから肉眼では見えないはずなんだけど。」
神代が俺の側に降りてくると質問を投げてきた。多少土ぼこりを被ったのか軽く服をはたいている。相も変わらず黒い衣装の為汚れは余り目立っていないようで。
「何となく違和感がある方にぶつけただけだよ。あんたがいる確証は無かったんだがな。」
「フフ、あの距離なら霊力の流れに反応出来る様になったみたいね?ま、それはさておき…洸也?私に言わないといけないことがあると思うのだけど。」
「…ハイハイ。今回はやり過ぎたよ。これからは加減するって。」
「自分の力を計ってからやりなさい、そうゆうのは。それと、私とそんなにやりたいならもっと強くなってからにしなさいな。私は逃げないのだからじっくりと、ね?」
そう言って軽く微笑を浮かべると神代は正樹が埋もれている土砂に左手を向けた。一瞬だけ圧力を感じた後、直ぐに正樹が土から出てきた。
「物事は工夫一つで効率が上がる。これからは霊力を使った修行も取り入れるからその中で上手く掴んでいきなさいな。」
「ゲホォ、ゲホ…ハァ〜た、助かった。」
「さ、次の修行に行く前に食事がてら休憩にしましょうか。」
「汗かいたしシャワーもあびてぇな。正樹、大丈夫か?」
「なんとか…ってそれより洸!なんでいきなりあんな大技使うんだよ。お陰で巻き添え食らっちゃったじゃないか。」
「わりぃわりぃ。今度は加減するから勘弁してくれよ。」
「くっそ〜絶対俺も使えるようになってやるからな。」
「お前も霊力感じてたから多分直ぐに出来ると思うぞ?」
「ほんと!?へへ、じゃあもっと頑張るか!」
俺たちはいつもと変わらない感じで話をしながら神代の後に付いていく。一月前よりはマシになったがどうやらここからはもっと辛くなるんだろうな。取り合えず今はシャワー浴びて飯を食うことだけ考えるか。