「有名な博士」
「ひとたび嘘をつくと、いい記憶が必要になる」byコルネイユ(フランスの詩人)
―やったぞ!私はついに、研究に研究をかさねて誰も成し遂げなかった人類初のとんでもない大発明を開発してしまった―
博士はこの研究のために寝る時間も惜しんで、一週間以上不眠不休で没頭していた。興奮のあまり眠気などこれっぽっちもない。いわばアドレナリンが脳内に分泌された状態で、いまにも踊りだしたい気分だった。誰かにこの素晴らしい成果を一刻も早く伝えたかった。
嬉々として家を飛び出し、隣に住んでいるジョーンズの家に押しかけた。
「ジョーンズ!ジョーンズ!いないのか!」博士は何度もノックをした。手が腫れるほどのノックだった。五分ほどして、ジョーンズが冷淡な顔つきをしてドアを開けた。
「なんですか博士?」
「ジョーンズ!聞いてくれ、私はついにとんでもない大発明を完成させてしまった!」
「ああ、そうですか」ジョーンズは、またか、と迷惑気味な言葉で返答した。
この博士はいままでにろくな発明をしたことがなかった。今までに相当数の発明をしたが、そのほとんどが呆れるほどの、まるで子供だましのようなオモチャ程度のものでしかなかった。まあ、博士といっても有名な大学に在学していたわけではない。単なる町のアマチュア発明家だ。だがこの町の住民はおもしろがって博士と呼んでいるだけなのである。
一番初めに大発明と自信満々で紹介された代物は「透明人間になれる」と豪語した薬だった。ジョーンズは当初「それは凄い発明だ!」と感嘆したものだが、よくよく説明を聞くと、それは透明人間になりたい人が服用するものではなく、博士自信が服用すると、視床下部に作用し、目の錯覚により見えなくなるというバカげたものだった。つまり、博士やそれを服用した人物の目の錯覚でしかなかった。
「じゃあオレはこれで」ジョーンズはドアを閉めようとした。その時、博士の足がドアの隙間にすべりこみ遮った。
「なんですか・・・」ジョーンズは呆れ気味に言葉をもらした。
「ジョーンズ!今度の発明は今までの概念を覆した世界初の正真正銘の大、大、大発明なのだ!ちょっとの時間でいい私の実験に付き合ってくれ。頼む!お前さんが付き合ってくれたら、この世界初の大発明を私との共同開発として学会に発表する!それでどうだ。認められれば、お前さんにも多額の金が入るぞ。一生不自由のない優雅な暮らしが期待できるはずだ!」
博士の言葉とは裏腹にジョーンズは冷静に考えた。これまでの発明を考えると多額の金など入ってくるとは到底思えなかった。ノーベル賞など取れる確率はゼロに近い。
「博士、その大発明とやらは博士自信の物として発表してください。オレは一銭の金も受け取るつもりはないですから。ただ、その実験には力を貸しますよ。もし、もしですよ、少々のお金が入ったら食事にでも招待してください。じゃあ、オレはこれで」
「ちょっとまってくれ、さっそく実験をやりたいんだ。私の研究室まで来てくれないか」
ジョーンズは足取り重く博士の実験室に着いて行った。薄暗い部屋には所狭しとガラクタのような部品が乱雑に置かれていた。
「で、例の大発明とは何なんですか?」やる気なく尋ねた。
博士は満面の笑みをうかべて、机の上にあった箱形の物体を指差した。
「これだよジョーンズ」
「何ですか、これは?」
「ふっふっふっ。聞いて驚くなよジョーンズ!これはな、時間転移装置。つまりタイムマシンだ!」
「へぇ・・・」
「苦節三十年。私はこのための実験に人生を捧げたといっても過言ではない。それが、これからの実験によって証明されると思うと感極まりない・・・」
ジョーンズはふと違和感を感じた。博士が発明に芽生えたのは五十歳を過ぎてからだ。現在七十歳だから、まだ二十年しか経ってない・・・そろそろ認知症が出始めたのだろう・・・」
「それで、どんなシステムになっているんです」
「よしっ、説明しよう。この箱の左、中央、右に時計があるだろう、左は現在時刻、中央は帰ってくる時刻に合わせ、右はタイムトラベルしたい時刻に合わせるのだ。しかしな、これは未来にしか行けん。でもそれでも大発明だろう!」
「へぇ」それは、ジョーンズにしてみれば、なんとも滑稽な代物だった。時計はアナログだ・・・やはり期待しなくてよかったと感じた。
「じゃあ博士、実際タイムトラベルとやらをやってみてくださいよ」
「よしっ、じゃあ、まず三時間後の未来に行ってみるとしよう」
博士は時間を合わせると、そのままその怪しげな箱の物体を持ったまま直立不動のままスイッチをON
にした。ジョーンズは気抜けした。電磁波やまばゆい光に包まれるのかと思いきや、まるでなにも起らなかったのだ。博士は現在時刻を確認し。それから腕時計を確認する。少々額に汗を滲ませていた。
「どうでした博士?」
「うむ、なんというか・・・私も緊張していたせいもあってか、あっという間だった・・・」
ジョーンズは見事に失敗したのだと、笑いを堪えるのに精一杯だった。ここで、ある難題を突きつめてみた。まじめな顔つきでその失敗にたいしてフォローした。
「博士、多分ですよ、その時間転移装置はあまり短い時間では本当の実力を発揮できないんじゃないんですか?もうちょっと長い未来に行ってみたら成功すると思いますよ」
「そ、そうかもしれんな。じゃあ、どれぐらい未来に行けばいいと思う、ジョーンズ!」
「そうですね、明日の午後三時ぐらいに、オレがなにをしているのか観に行って来てもらえませんか?」
博士は「そうか!」と納得したようにうなずくと、またタイマーをセットしはじめた。その時、博士の動きがピタリと止まった。顔面が蒼白になり、あぶら汗をかきはじめた。無理もないアナログ時計だと明日の時刻を設定できるはずがないのだ。今ごろになって気づいたようだった。
「どうかしましたか?」
「い、い、いや。大丈夫だ・・・。じゃ、じゃあ、ジョーンズ。明日の午後三時、お前さんがなにをしているか観に行ってくる・・・」
「お願いします」
「じゃあ、スイッチON!」博士は半ばやけくそになり、観る事のできない未来にむかって叫んだ。
ほんとうの現在に帰って来たと思われる博士は、しばらく茫然と立ち尽くしていた。眼が虚ろだった。オレはしらじらしく訊いてみた。
「で、博士。オレは明日の午後三時ごろ、なにをしていましたか?」
一瞬、言葉に窮した様子だったが、開き直った感じで胸を張って答えた。
「ジョーンズ、お前さんは、午後三時ごろには美味そうにコーヒーを啜っていたよ」
「さすが博士!今度は見事に成功したようですね!」オレは必死に笑いを堪えながら感嘆気味にお世辞を述べた。
「まぁな。私に不可能はない・・・」オレは不可能だらけだと言いたかったが、やめた。
「そうですよね。それじゃあ、オレは明日の午後三時ごろには、コーヒーでも飲むことにしますよ」
それからだった。この一連の噂を聞きつけた民衆は、おもしろがって博士のもとに訪れるようになった。単なる箱を持って、あぶら汗を垂らし続ける、自称大発明家は、今では違う意味で「有名な博士」となったのであった。
「了」
たまに自称発明家という人がいますが、そのほとんどが個性あふれる人達ばかりである。
なかには凄い発明をする人もいますが、ここに書かれた自称発明家はほんとうにおっちょこちょいな人物に書き上げました。
是非、笑いを堪えて読んでいただきたいです。