表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

ハロウィンの夜に ゴンベは憂う



今日はハロウィン。


日曜日のこの日、羽鳥海聖[はとりかざと]は昼間から、家でだらだらと本を読んで過ごしていた。


「ぬぁーーー。だるい……」


海聖が寝転がりながら呟いたので、わたしは海聖の横で丸くなりながら同意してあげた。


「みゃぁ」



わたしは、黒いネコ。海聖のペットである。名前はまだない。


わたしは、命を救ってくれた海聖のことが、もちろん大好きなんだけど──


ひとつだけ、不満なことがある。


何って──海聖がわたしのことを、「ゴンベ」とよぶのである。


本人は、「名無しのゴンベからとったんだ」とかなんとか言っているが──


冗談じゃない。わたしはメスである。


……まぁ、愚痴はこのくらいにしておいて。





今日はハロウィン。


夜になると子供たちがお菓子を求めて家々を廻る──いわば子供のための日。


だけど海聖は、もう高校二年生である。

成人はしていないが、さすがにハロウィンで近所を廻る年齢ではない。殺人鬼だし。


つまり海聖にとっては、たとえ今日がハロウィンであろうとなかろうと、普通の休日と何ら変わり無いのである。


海聖のペットであるわたしにとっても──



……って、思ってたんだけど──


──残念なことに、起きちゃったんですよ。事件は。



──†──†──†──



その日の夕方──海聖がすっかり熟睡していたときのこと。



海聖の横で昼寝をしていたわたしの頭に、突然激痛が走った。


「?!」


あまりの痛みに手足がこわばる。


しかし、それも一瞬のことで──



頭痛がおさまると、今度はなんだか、ふわふわした感じになった。


『…………?』


不思議に思い、目を開けてみると──


自分の姿が見えた。


『………………ミャぁ?』


一体どういうことだ。


状況を分析してみよう。


わたしが、海聖の隣で丸まって寝ている姿を、わたしは上から見下ろしている。

……と、いうことはつまり?



『ミャ?これって、もしかして……ユータイリダツ……ってヤツ?』


わたしが呟くと、


【そのとおり。つまりあなたは、一時的に幽霊の状態になっているのです】


『ミャ?!』


突然聞こえた声に、わたしはビクッとして振り返った。


【そんなに驚かなくてもいいのに……】


『驚くよ普通!ってかあんた誰だニャア!』


わたしは憤慨した。


【私の正体は……そうですね、ハロウィンって言ったら、あなたは何を思い浮かべますか?】


『何よアンタ、自分の正体がカボチャだって言いたいのかニャ?』


【カボチャじゃないです。オバケです】


『あっそ。まぁそんなことはどうでもいいから、どうしてわたしがこんな目に遭ってるのか教えてもらえるかニャ?』


【ふふん。よくぞきいてくれました!実はですね……】




時間は、少し前に遡る。



──†──†──†──



雪野花恋[ゆきのかれん]は自宅のベッドで、特にすることもなく横になっていた。


家族は全員、出かけてしまっている。


「あーあ、ヒマだなぁ……」


花恋は切なげにため息をついた。



「海聖くんに会いたい……だけど、家に押し掛けたりしたら、さすがに迷惑だよね……」


そんなことをつぶやいたとき──


──突然、何処からか声が聞こえた。


【海聖に、会いたいのですか──?】


「……えっ?」


花恋は驚いてとび起きた。


【そんなに海聖に会いたいのならば、一晩だけ、一緒に過ごさせてあげられますよ】


「……誰?どこにいるの?」


【私の正体は……そうですね、ハロウィンといえば、何を思い浮かべますか?】


「…………スイカ?」


【……こほん。何か色々と間違えてませんか?せめてカボチャとか言いましょうよ】


「あなたはカボチャなんですか?」


【いや、そういうわけではないけれど】


「……じゃあ、オバケ?」


【ぴんぽーん。大当たり!よく分かりましたね】


「成る程。だから姿が見えないんですね。納得しました」


【…………あなた、よく天然さんって言われるでしょう?】


「あんまり言われませんね。友達少ないので。苦手なんです、人に話しかけるのが」


【そういうタイプだなんて意外ですね。オバケの私とは、こうして普通にしゃべっているのに】


「相手が人じゃなければ平気みたいです。それより、さっきの話は一体どういうことなんですか!海聖くんと一晩一緒に過ごさせてあげられるって!」


【どんなも何も、そのまんまのイミです】


「本当に、そんなことが出来るんですか?!どうやるんですか!」


【それはですね……】


【やってみれば、分かりますよ】



──†──†──†──



【……っと、まぁこんなことがあって……今、あなたの体には、花恋の魂が入ってます。朝になれば勝手に出ていくので、それまであなたは幽霊状態ということで】


自称オバケはこんなことをいいやがった。


『なによ、冗談じゃないニャ!!わたしにとっては、ただのはた迷惑じゃないの!』


【まぁまぁ。ちょっとくらいガマンしなさいって】


『なによそれ!』


【なによもなにも、そのままのイミです】


『こいつムカつくニャー!』



──†──†──†──



その頃、花恋はというと……


──か、か、海聖くんが、こんなに近くに!


海聖の隣で硬直していた。


今の花恋は、猫の姿だ。


自称オバケは、海聖のペットの猫の体に花恋の魂を憑依させることによって、文字どおり花恋を海聖のもとに連れてきたのだ。


──どどどどど、どうしよう。猫だったら、ここはとりあえず……


「みゃぁ」


花恋は、とりあえず鳴いてみた。


海聖は起きない。


バシバシバシ!


花恋はネコパンチで海聖の顔をたたいた。


海聖が目を覚ました。


「ん"〜、何だよゴンベ、いきなり……」


「みぎゃあ!」


いきなり海聖が息のかかる位置でしゃべったので、花恋はびっくりして逃げた。


「あれ、ゴンベ?どうした、なんか今日ヘンだぞ?」


逃げた花恋を、海聖が捕まえて抱き上げた。


「みゃー!!」

花恋は始めは暴れていたが、


──あれ!もしかして私、今海聖くんの腕のなか!


突然おとなしくなって海聖に擦り寄った。


「ゴンベ……?なんか行動がおかしいぞ?……まぁいっか」


海聖はさして考えもせずに花恋のあたまをなでやがった。


『なんかムカつくニャー!なんで気が付かないのよ海聖!それはわたしじゃないっての!』


上空からその様子を見ていたわたしはたまらずに叫んだ。


【あら?やきもちを焼いておられるの?】


自称オバケが言った。


『そ、そんなわけはないニャー!でもなんかムカつくニャー!』


わたしは憤慨した。


【気が短くあらせられるのね。海聖に嫌われちゃうわよ?】


『う"……』


【まぁ、明日の朝になったら戻れるんだから、それまで気長に待つことね】



──†──†──†──



空はだんだんと暗さを増し、幾つか星も見えはじめる。


寮の外では仮装した幼稚園児や小学生が、集団で家々を廻っている。


海聖は窓からその様子を眺めていた。壁には鉄パイプが立て掛けられているが、今日は出かける気はないらしい。


さんざん海聖に遊んでもらって幸せいっぱいの花恋は、ゴロゴロいいながら海聖の足に擦り寄りやがっていた。


「ねぇ、ゴンベ」


「みゃ?」


海聖が聞き、花恋が応えた。


『それはわたしじゃないニャー!』


わたしは叫んだが、その声は海聖に届かない。幽霊だし。



「僕、さぁ……なんかムカついてくるんだよね。これだけ人が沢山集まってるのを見ると」


『ムカつくのはこっちだニャー!』


わたしはまたも叫ぶ。



「うーん、本当にムカつくよ。人類なんて滅べばいいのに。僕も含めて」


「みゃーみゃぁみゃみゃー!」


花恋は「いやー死なないで海聖くん!私が死んでも海聖くんは死なないで!」

と言ったつもりだったが、猫語なので海聖には伝わらなかった。


「……そろそろ寝ようか」


「みゃー!」


海聖がポツリと言い、花恋が「一緒に寝ます!」と応えた。伝わらなかったが。


花恋は、海聖の枕元で、丸くなって寝た。



──†──†──†──



『ふう!やっと寝たわあの女!せいせいしたニャー!』


わたしは本心をぶちまけた。


【あなたは、海聖のことが大好きなんですね】


自称オバケが話し掛けてきた。


『そそそ、そんなことはないニャー!』


【なるほど。ツンデレなんですね】


『ふん。それよりわたし、気になってることがあるんだけど』


【なんですか?】


『あなたの正体って、結局何なの?』


【ハロウィンのオバケですけど】


『ウソだニャ。どう見てもネコの幽霊じゃニャいの』


【なっ……!どうして分かったのですか!】


『だって、まんまだし』


【くっ……ばれてしまったなら仕方がありません……。そうです、私はハロウィンのオバケではありません。ネコの幽霊です】


『やっぱりね。で、何処の猫なのかニャー?』


【ここのネコです。海聖が、あなたの前に飼っていたネコですよ】


『ふーん。そんなのいたんだ』


【いたんですよ。ところで、私はこれから行かなくてはいけないところがあるんです。ってわけでさようなら】


『あっそ、さよニャら。いなくなってせいせいするニャー』


【ひどいわ】


そう言い残すと、自称オバケ──改め、雪のように真っ白な猫の幽霊は、こちらに背を向けて走っていってしまった。



──†──†──†──



翌朝。


花恋が目を覚ますと、そこは自分の部屋のベッドの上だった。


「ん……よく寝た」


そしてポツリと呟いた。


「あれ……夢だったのかな……?」


その後色々思い出して、頬を真っ赤に染めた。



──†──†──†──



わたしが目を覚ますと、そこは海聖の枕元だった。


「ニャ!やっと戻れたニャー!」


バシバシバシ。


そして海聖の顔に連続ネコパンチを食らわした。


海聖が目を覚ました。


「うわ!何だよゴンベ、いきなり!」


わたしは叫んだ。


「最初っから最後まで、何にも気付かないなんて!許さないニャー!」


もっとも、それは猫語だったので、海聖には通じなかったのだが。




朝ごはんの後、海聖がわたしに言った。


「ねぇ、ゴンベ」


「ニャー?」


「僕さ……毎年ハロウィンの夜になると、ユキの夢を見るんだ」


「…………みゃぁ」


そういえば、【この後、行かなくてはいけないところがあるんです】とか言ってた気がする。あれは海聖の夢のことだったのか。


「でさ、ユキが言ってたんだけど」


「ニャー」


「ゴンベによろしくって」


「フニャアーーー!」





わたしには、ひとつだけ不満なことがある。


何って、海聖も、海聖のトモダチも、しまいには猫の幽霊まで、最近はわたしのことを「ゴンベ」とよぶのである。


海聖は、「名無しのゴンベからとったんだ」とかなんとか言っているが──


冗談じゃない。わたしはメスである。





ハロウィンは去った。オバケの夜は、来年までもう来ない。


ユキは、来年も来るのだろうか?


だとしたら、来年こそは絶対に──





──わたしを「ゴンベ」とは呼ばせないニャー。





END


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ