ハロウィンの夜に ゴンベは憂う
今日はハロウィン。
日曜日のこの日、羽鳥海聖[はとりかざと]は昼間から、家でだらだらと本を読んで過ごしていた。
「ぬぁーーー。だるい……」
海聖が寝転がりながら呟いたので、わたしは海聖の横で丸くなりながら同意してあげた。
「みゃぁ」
わたしは、黒いネコ。海聖のペットである。名前はまだない。
わたしは、命を救ってくれた海聖のことが、もちろん大好きなんだけど──
ひとつだけ、不満なことがある。
何って──海聖がわたしのことを、「ゴンベ」とよぶのである。
本人は、「名無しのゴンベからとったんだ」とかなんとか言っているが──
冗談じゃない。わたしはメスである。
……まぁ、愚痴はこのくらいにしておいて。
今日はハロウィン。
夜になると子供たちがお菓子を求めて家々を廻る──いわば子供のための日。
だけど海聖は、もう高校二年生である。
成人はしていないが、さすがにハロウィンで近所を廻る年齢ではない。殺人鬼だし。
つまり海聖にとっては、たとえ今日がハロウィンであろうとなかろうと、普通の休日と何ら変わり無いのである。
海聖のペットであるわたしにとっても──
……って、思ってたんだけど──
──残念なことに、起きちゃったんですよ。事件は。
──†──†──†──
その日の夕方──海聖がすっかり熟睡していたときのこと。
海聖の横で昼寝をしていたわたしの頭に、突然激痛が走った。
「?!」
あまりの痛みに手足がこわばる。
しかし、それも一瞬のことで──
頭痛がおさまると、今度はなんだか、ふわふわした感じになった。
『…………?』
不思議に思い、目を開けてみると──
自分の姿が見えた。
『………………ミャぁ?』
一体どういうことだ。
状況を分析してみよう。
わたしが、海聖の隣で丸まって寝ている姿を、わたしは上から見下ろしている。
……と、いうことはつまり?
『ミャ?これって、もしかして……ユータイリダツ……ってヤツ?』
わたしが呟くと、
【そのとおり。つまりあなたは、一時的に幽霊の状態になっているのです】
『ミャ?!』
突然聞こえた声に、わたしはビクッとして振り返った。
【そんなに驚かなくてもいいのに……】
『驚くよ普通!ってかあんた誰だニャア!』
わたしは憤慨した。
【私の正体は……そうですね、ハロウィンって言ったら、あなたは何を思い浮かべますか?】
『何よアンタ、自分の正体がカボチャだって言いたいのかニャ?』
【カボチャじゃないです。オバケです】
『あっそ。まぁそんなことはどうでもいいから、どうしてわたしがこんな目に遭ってるのか教えてもらえるかニャ?』
【ふふん。よくぞきいてくれました!実はですね……】
時間は、少し前に遡る。
──†──†──†──
雪野花恋[ゆきのかれん]は自宅のベッドで、特にすることもなく横になっていた。
家族は全員、出かけてしまっている。
「あーあ、ヒマだなぁ……」
花恋は切なげにため息をついた。
「海聖くんに会いたい……だけど、家に押し掛けたりしたら、さすがに迷惑だよね……」
そんなことをつぶやいたとき──
──突然、何処からか声が聞こえた。
【海聖に、会いたいのですか──?】
「……えっ?」
花恋は驚いてとび起きた。
【そんなに海聖に会いたいのならば、一晩だけ、一緒に過ごさせてあげられますよ】
「……誰?どこにいるの?」
【私の正体は……そうですね、ハロウィンといえば、何を思い浮かべますか?】
「…………スイカ?」
【……こほん。何か色々と間違えてませんか?せめてカボチャとか言いましょうよ】
「あなたはカボチャなんですか?」
【いや、そういうわけではないけれど】
「……じゃあ、オバケ?」
【ぴんぽーん。大当たり!よく分かりましたね】
「成る程。だから姿が見えないんですね。納得しました」
【…………あなた、よく天然さんって言われるでしょう?】
「あんまり言われませんね。友達少ないので。苦手なんです、人に話しかけるのが」
【そういうタイプだなんて意外ですね。オバケの私とは、こうして普通にしゃべっているのに】
「相手が人じゃなければ平気みたいです。それより、さっきの話は一体どういうことなんですか!海聖くんと一晩一緒に過ごさせてあげられるって!」
【どんなも何も、そのまんまのイミです】
「本当に、そんなことが出来るんですか?!どうやるんですか!」
【それはですね……】
【やってみれば、分かりますよ】
──†──†──†──
【……っと、まぁこんなことがあって……今、あなたの体には、花恋の魂が入ってます。朝になれば勝手に出ていくので、それまであなたは幽霊状態ということで】
自称オバケはこんなことをいいやがった。
『なによ、冗談じゃないニャ!!わたしにとっては、ただのはた迷惑じゃないの!』
【まぁまぁ。ちょっとくらいガマンしなさいって】
『なによそれ!』
【なによもなにも、そのままのイミです】
『こいつムカつくニャー!』
──†──†──†──
その頃、花恋はというと……
──か、か、海聖くんが、こんなに近くに!
海聖の隣で硬直していた。
今の花恋は、猫の姿だ。
自称オバケは、海聖のペットの猫の体に花恋の魂を憑依させることによって、文字どおり花恋を海聖のもとに連れてきたのだ。
──どどどどど、どうしよう。猫だったら、ここはとりあえず……
「みゃぁ」
花恋は、とりあえず鳴いてみた。
海聖は起きない。
バシバシバシ!
花恋はネコパンチで海聖の顔をたたいた。
海聖が目を覚ました。
「ん"〜、何だよゴンベ、いきなり……」
「みぎゃあ!」
いきなり海聖が息のかかる位置でしゃべったので、花恋はびっくりして逃げた。
「あれ、ゴンベ?どうした、なんか今日ヘンだぞ?」
逃げた花恋を、海聖が捕まえて抱き上げた。
「みゃー!!」
花恋は始めは暴れていたが、
──あれ!もしかして私、今海聖くんの腕のなか!
突然おとなしくなって海聖に擦り寄った。
「ゴンベ……?なんか行動がおかしいぞ?……まぁいっか」
海聖はさして考えもせずに花恋のあたまをなでやがった。
『なんかムカつくニャー!なんで気が付かないのよ海聖!それはわたしじゃないっての!』
上空からその様子を見ていたわたしはたまらずに叫んだ。
【あら?やきもちを焼いておられるの?】
自称オバケが言った。
『そ、そんなわけはないニャー!でもなんかムカつくニャー!』
わたしは憤慨した。
【気が短くあらせられるのね。海聖に嫌われちゃうわよ?】
『う"……』
【まぁ、明日の朝になったら戻れるんだから、それまで気長に待つことね】
──†──†──†──
空はだんだんと暗さを増し、幾つか星も見えはじめる。
寮の外では仮装した幼稚園児や小学生が、集団で家々を廻っている。
海聖は窓からその様子を眺めていた。壁には鉄パイプが立て掛けられているが、今日は出かける気はないらしい。
さんざん海聖に遊んでもらって幸せいっぱいの花恋は、ゴロゴロいいながら海聖の足に擦り寄りやがっていた。
「ねぇ、ゴンベ」
「みゃ?」
海聖が聞き、花恋が応えた。
『それはわたしじゃないニャー!』
わたしは叫んだが、その声は海聖に届かない。幽霊だし。
「僕、さぁ……なんかムカついてくるんだよね。これだけ人が沢山集まってるのを見ると」
『ムカつくのはこっちだニャー!』
わたしはまたも叫ぶ。
「うーん、本当にムカつくよ。人類なんて滅べばいいのに。僕も含めて」
「みゃーみゃぁみゃみゃー!」
花恋は「いやー死なないで海聖くん!私が死んでも海聖くんは死なないで!」
と言ったつもりだったが、猫語なので海聖には伝わらなかった。
「……そろそろ寝ようか」
「みゃー!」
海聖がポツリと言い、花恋が「一緒に寝ます!」と応えた。伝わらなかったが。
花恋は、海聖の枕元で、丸くなって寝た。
──†──†──†──
『ふう!やっと寝たわあの女!せいせいしたニャー!』
わたしは本心をぶちまけた。
【あなたは、海聖のことが大好きなんですね】
自称オバケが話し掛けてきた。
『そそそ、そんなことはないニャー!』
【なるほど。ツンデレなんですね】
『ふん。それよりわたし、気になってることがあるんだけど』
【なんですか?】
『あなたの正体って、結局何なの?』
【ハロウィンのオバケですけど】
『ウソだニャ。どう見てもネコの幽霊じゃニャいの』
【なっ……!どうして分かったのですか!】
『だって、まんまだし』
【くっ……ばれてしまったなら仕方がありません……。そうです、私はハロウィンのオバケではありません。ネコの幽霊です】
『やっぱりね。で、何処の猫なのかニャー?』
【ここのネコです。海聖が、あなたの前に飼っていたネコですよ】
『ふーん。そんなのいたんだ』
【いたんですよ。ところで、私はこれから行かなくてはいけないところがあるんです。ってわけでさようなら】
『あっそ、さよニャら。いなくなってせいせいするニャー』
【ひどいわ】
そう言い残すと、自称オバケ──改め、雪のように真っ白な猫の幽霊は、こちらに背を向けて走っていってしまった。
──†──†──†──
翌朝。
花恋が目を覚ますと、そこは自分の部屋のベッドの上だった。
「ん……よく寝た」
そしてポツリと呟いた。
「あれ……夢だったのかな……?」
その後色々思い出して、頬を真っ赤に染めた。
──†──†──†──
わたしが目を覚ますと、そこは海聖の枕元だった。
「ニャ!やっと戻れたニャー!」
バシバシバシ。
そして海聖の顔に連続ネコパンチを食らわした。
海聖が目を覚ました。
「うわ!何だよゴンベ、いきなり!」
わたしは叫んだ。
「最初っから最後まで、何にも気付かないなんて!許さないニャー!」
もっとも、それは猫語だったので、海聖には通じなかったのだが。
朝ごはんの後、海聖がわたしに言った。
「ねぇ、ゴンベ」
「ニャー?」
「僕さ……毎年ハロウィンの夜になると、ユキの夢を見るんだ」
「…………みゃぁ」
そういえば、【この後、行かなくてはいけないところがあるんです】とか言ってた気がする。あれは海聖の夢のことだったのか。
「でさ、ユキが言ってたんだけど」
「ニャー」
「ゴンベによろしくって」
「フニャアーーー!」
わたしには、ひとつだけ不満なことがある。
何って、海聖も、海聖のトモダチも、しまいには猫の幽霊まで、最近はわたしのことを「ゴンベ」とよぶのである。
海聖は、「名無しのゴンベからとったんだ」とかなんとか言っているが──
冗談じゃない。わたしはメスである。
ハロウィンは去った。オバケの夜は、来年までもう来ない。
ユキは、来年も来るのだろうか?
だとしたら、来年こそは絶対に──
──わたしを「ゴンベ」とは呼ばせないニャー。
END