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びっくり楽しい大学生活

秘められし者

作者: 這い這いにゃるにゃる
掲載日:2026/06/24

「ねえ、ジルベール。暇。すっごーく暇」


 布張りのソファにだらしなく仰向けに寝転び足をバタバタにさせる少年をちらりと一瞥したが、ジルベールと呼ばれた青年は無視して分厚い本に視線を戻す。青年はどこからどう見ても和風の顔立ちでジルベールという名前は似つかわしくない。少年はさらに足をバタバタさせ口をへの字に曲げる。


「おまえばっかり何か読んでてずるい!」 

「これは子ども用の本じゃない」


 大人に対してその言い方はどうなんだと言い返しもせず、青年は淡々と返す。


「僕、見た目はコレにしてるけど子どもじゃないんだけど」

「暇ならそこにある絵本でも読んでればいいだろ」


 少年は本棚から絵本というには安っぽいコピー用紙をホチキス留めしただけのそれを取り出しパラパラめくる。


「相手の腕をつかんでやっつけましょう」

「違う。みんなで手を繋いで仲良くしましょう」


 人のようなものが2つ並び腕のようなものが互いに伸びている。ジルベール渾身の手作り絵本だ。なお絵心はない。


 何度も少年に読み聞かせをしたのでジルベールも少年も内容はすっかり覚えていた。


 人と仲良くしましょう。

 人を傷つけてはいけません。

 人を騙してはいけません。

 

 倫理と道徳を詰めんだ娯楽とは程遠い絵本である。というのもこの少年は少年の姿形をしているがそもそもは。


「人間同士争い合うんだし、別に僕らが君たちを滅ぼしてもいいと思うのだけど」

「ふざけんなよ、化け物が」


 少年は人間ではないのだ。


 ジルベールは本を置き、指で宙に何やら文様を描き、それからそろえた指先を少年に向ける。


「わー、怖い怖い」


 全く怖くなさそうに笑いながら少年は返すも、縫い止められたかのように動かなくなる。バタつかせた足も不自然な状態で止まっている。


「おとなしくしてろ。いつか完全に封印してやる」

「その前にここから出てやるよ」


 少年はその姿に似つかわしくない不敵な笑みを浮かべた。


 少年の姿をしたソレの封印が解けたのはこの大学の研究棟を建て替える事前調査中だった。払うには力が強すぎるその存在は神にも似た存在だという。但し人の為の神ではない。何でもどこかの海に眠る異界の神々の力を持つ存在らしい。


 あやふやな情報なのはジルベールがきちんと話を聞かなかったからである。


 彼はここに来る前無職、ニートだった。大学卒業後仕事に就かずニート生活を満喫していた。有り余る親の財を当てにして。


 彼の親や祖父母、代々の先祖は著名な退魔師だった。退魔師とはざっくり言えば魔物を退治する力を持つ存在だ。

魔物とは人に仇なす人ならざる存在の総称である。

 ジルベールの先祖は魔物をバサバサ退治したり、かつては個々に活動していた退魔師達を組織化したりとその筋で活躍したのだ。そんなこんなで貯まった財を投資やらなんやらでさらに大きくし、親族達も優秀な退魔師になりジルベールの家は今後も安泰だった、ジルベールを除いては。


 ジルベールは退魔の能力に恵まれていなかった。多少の封印の術は使えたが、払う能力はなかったのだ。

 しかし彼の両親は普通の一般人として過ごしてくれればそれでいいと思っていた。彼の兄姉や妹は退魔師としてバリバリ活躍していたから家の継ぎ手には困らない。それに親戚の中にも退魔の能力がなくても会社を立ち上げたり、ボランティア活動に従事したりと活躍している者もいたからだ。だからジルベールもそんな風にやりたいことをやればいいと思っていた。

 彼は可愛い末っ子だった。そんな彼を両親も兄姉も甘やかした。甘やかしまくった。


 結果ジルベールは働きたくない、親の脛をかじり、ただダラダラ過ごしたい、そんな大人になった。大学を卒業した後就職するでもなく、ただ快適な部屋で漫画とテレビとパソコンと母の作るご飯とおやつがあれば他に何もいらない、絶対部屋から出たくないマンが出来上がった。


 当初は生暖かく見守っていた親も数年経ち変わった。


「しっかり自立した生活を送りなさい。とりあえず半年以内に実家から出なさい!家事くらいやりなさい!」


 居心地のいいニート生活に非情にも終わりが告げられた。そんな時彼に与えられたのが封魔のこの仕事であった。


 ジルベールは小さくため息をつき、指を外すと少年はソファの上でうーんと伸びをした。そしてケロッとした顔でソファの下に敷かれたラグに仰向けに寝そべる。


「ほんと、つまんない。楽しいことないかな」

「わかったわかった、ちゃんとした絵本買ってやる」

「だから子どもじゃないんだって。おまえの読んでるその本をよこせ。この世界の情報をよこせよ」


 少年はそう言うと本を奪おうと机の前にやって来た。ジルベールは本を取られまいと両手で本を抱える。しかし少年が手を伸ばす。その手はぐにゃりと形を変えうねうねとした触手のようになり本に絡みついた。

 あっけなく本が少年の手に移る。


「か、返せ」


 焦ったように告げるジルベールを気にもとめず少年は本を開いて。


「え、本の中に本が入ってる。こっちは絵がいっぱいだな」


 分厚い本は実は入れ物で、中身は漫画だった。ハードカバーの本を読んでるように見せかけてジルベールはずっと漫画を読んでいたのだ。


「絵だけだからわからない。文字が読めないとな」


 少年はパラパラと漫画を捲るが文字が読めないため悔しそうである。


 この少年の力は膨大で退治をした瞬間その力が溢れ出て人間社会に大きな害をなすと考えられた。そこでほんの少しずつ力を削ぎ、封印してしまおう作戦、そのためにジルベールに白羽の矢が立ったのだ。


 この部屋に入て少年の面倒を見ればあとは何してもほぼOKである。


 魂を操られるので名前を知られることはダメ。

 食べ物、水以外の飲み物を与えることは供物と見なされるかもしれないのでダメ。

 ただし飢えてすぐ滅んでも影響が出るかもしれないので水だけを与え徐々に弱らせる。

 この世界の情報を教えたらそれを利用し悪用するかもしれないのでダメ。 


 封魔の護符があるのでジルベールの食事の時間は確保されているがそれ以外はずーっと一緒、二人の同棲生活である。

 なお名前を知られてはいけないので青年はジルベールと名乗っている。ジルベールは便宜上少年にも呼び名を付けた。


 とはいえ。


「おまえをいつ封印できるかわからないからな」


 漫画を取り上げられたジルベールは机に積み上がった小冊子をパラパラ捲る。そして目を逸らしまた元の場所に戻した。


『未経験でも大丈夫!』

『アットホームな職場です』

『夢を叶えよう!』


 求人情報誌である。


「いい加減いつまでもおまえといるわけにはいかないからな」

「うんうん、さっさとここから出ていけよ。僕も出ていって楽しくやるからさ。手始めにおまえを」

「うるさいぞ、ポチ!」

「うるさいのはおまえ。今日は力使ったからもう封じられないだろ。バーカバーカ!」


 ポチが主にペットに付けられる名だと知らない少年は特に怒ることなく、『バーカバーカ』という言葉で煽ってみる。言葉の意味はわからないが使うとジルベールが顔を真っ赤にするので面白いのだ。何せすることがなくて暇なのでジルベールを誂う位しか娯楽がないのだ。


「本当に暇だな」

「暇だ」


 言い合いに飽きた2人は窓から外を見る。この窓も最初はなかったが、閉塞感がたまらず付けてもらったのだ。この部屋自体は異空間にあるらしく、外部からこの部屋を認識することはほぼないらしい。しかし窓だけは現実世界を見ることができるのだ。


 この建物は大学の構内にある建て替えが中止になった研究棟だ。その中に異空間を作り、とりあえずの封印をしているのだ。


 窓の外には薄桃色の花がいくつも咲き誇り、時々風に揺られ花びらを散らしている。


「桜が綺麗だな」

「さくら?」

 

 少年が下を見ると暗い色の服を着た人間が立ってこちらを見上げていた。正確にはそんな風に見えた。

 ジルベールや退魔師以外の人間にはここは見えないのだ。


「暇暇暇。はやくいなくなれジルベール」

「暇は幸せなんだぞ。働いたら負けだ。早く封印されろポチ」



 やがて2人の元に暇を覆す存在が現れるのはもう少し先のこと。

セルジュじゃないんです。

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