第4章 第8話 支える側の甘さ
夏休み前最後の全体ミーティングで、伴走役の疲弊が問題になった。
相談件数は落ち着いてきたはずなのに、支える側の欠席や遅刻が増えている。教師は「熱心にやってくれている証拠」と言いかけ、すぐにその言い方を引っ込めた。熱心さを褒めれば、さらに抱え込む者が出ると分かったからだ。
真白は配られた記録表を見て、嫌な気分になった。相談役の欄に、自分の名前が必要以上に多い。減ったとはいえ、まだ多い。しかもその横に、満足度の高い相談として丸がつけられている。評価されること自体が、役割への依存を強める。
「褒められると、やめにくくなる」
思わず口にすると、向かいの教師が「それはそうかもしれない」と困った顔をした。善意の評価が、新しい足かせになる。その構図を大人の方が見落としている。
放課後、真白は結菜とではなく、別の相談役の女子と話した。彼女は二年の明るい子で、伴走制度の開始当初は率先して手を挙げていた。
「正直、最近しんどいです」
彼女は空き教室の椅子に座ったまま、膝の上で手を握る。
「でも、私が抜けたらあの子もっと不安定になるし」
「それ、もう保護者の考え方よ」
真白は言ってから、少しだけ後悔した。強すぎる言い方だ。だが相手はむしろ、図星を突かれた顔で笑った。
「ですよね。なんか、面倒みてる自分が必要とされてる感じもあって」
その告白に、真白は一瞬言葉を失う。支えたい気持ちだけではない。支えている自分が好きになる。その甘さは、誰の中にもある。自分の中にも。
九条はその話を聞くと、驚くほどすぐに頷いた。
「当然だ」
「当然で済ませるの?」
「救う側も、救う役割に依存する」
九条はペンを指で回しながら言う。
「秩序を整える側が権限に酔うのと同じだ」
「自分の話?」
「半分」
真白は思わず笑いかけ、すぐに笑いを引っ込めた。九条が自分の危うさを自覚していること自体は救いだ。けれど自覚があるから安全というわけでもない。
その週末、学校は伴走役向けの外部講師セミナーを開いた。テーマは「支えすぎない支援」。真白はタイトルからして不安だった。案の定、講師は柔らかい口調でこう言った。
「大切なのは、相手の自立を信じることです。いつまでも抱えないでください」
それは正しい。正しいが、雑だ。抱えないための手順も、離したあとにどう見守るかも、曖昧なままだ。
休憩時間、真白は廊下の自販機前で悠真に言った。
「正しいことって、だいたい説明が足りないわね」
「説明が足りない方が、自分に都合よく使えるから」
「それ、九条が言いそう」
「たぶん似たようなこと考えてる」
悠真は缶コーヒーを開ける。苦い匂いが湿った空気に混ざった。
「支える側の甘さって、結局“いなくなったあと”を考えてないんだよ」
「自分がいる間だけで完結するから?」
「うん。親っぽい」
真白はその言葉をすぐには笑えなかった。親っぽい。たぶん、それが一番近い。子どもが泣かないように、今だけ抱き上げる。自分が必要とされているあいだは安心する。でも、その抱き方が自分で立つ機会を奪うこともある。
月曜の朝、結菜は珍しく真白の席へ来なかった。代わりに昼休み、図書室の端の席で自分から本を広げていた。
「今日は相談なし?」
真白が訊くと、結菜はしおりを挟んで顔を上げる。
「相談したいこと、あるにはある」
「あるんだ」
「でも、今はしない」
「どうして」
「朝比奈さんがいない日でも決められるようにしたいから」
その言い方は少し背伸びをしている。だが、背伸びでも口にできたことが大事だった。
「それでうまくいかなかったら?」
「その時は、その時です」
真白は答えず、椅子を一つあけて座った。会話は続けられる。けれど全部を引き受けない。その距離感を、真白もようやく少しずつ覚え始めている。
夕方、九条は校門前でぽつりと漏らした。
「助けることは気持ちいい」
真白は足を止める。
「急に気持ち悪いこと言わないで」
「本音だよ」
九条は平然としていた。
「だから厄介なんだ。気持ちいいから、善意の顔をしたまま長引く」
「……それを分かってるのに、あんたはやる」
「君も」
反射的に否定しかけて、真白はやめた。やっている。助けたいと思う前に、助けられる自分の位置へ立ってしまうことがある。
その沈黙を、少し離れた場所にいた悠真が見ていた。あとで帰り道に並んだ時、彼は珍しく柔らかく言った。
「分かってるなら、まだ抜けられる」
「その言い方、慰めてるの?」
「少しは」
真白は笑わなかったが、歩幅だけ少しゆるめた。支える側の甘さを認めるのは痛い。けれど認めなければ、たぶん本当に手は離せない。
夏休み前の最後の委員会で、伴走制度の見直し案が大きく二つに割れた。ひとつは教師側の案で、手順の明文化と報告ラインの強化。もうひとつは真白たちが出した案で、終了の選択権や拒否の練習を制度の中へ入れること。
議論が煮詰まった頃、伴走役の三年生がぽつりと言った。
「結局、私たちが気持ちよく支えたいだけだったのかも」
その言葉は会議室の空気を一瞬で変えた。支える側の甘さ。優しくした自分に安心する気持ち。頼られることで役目を感じる気持ち。真白は、その全部に覚えがあった。覚えがあるから嫌だった。
昼休み、真白は中庭のベンチでひとりノートを広げていた。蝉が早すぎる季節違いの声を混ぜ、風がページをめくる。
「珍しいね、反省会?」
九条が紙コップのコーヒーを持って現れる。
「嫌な言い方」
「正しい言い方にしてもいいけど」
「今はそれも腹立つ」
九条は隣ではなく、少し離れたベンチの端に座った。その距離が、妙にありがたかった。近づきすぎないこともまた配慮だと、この頃の真白は少しずつ学んでいる。
「支える側は、自分が必要とされると嬉しい」
九条が言う。
「当然だね。役割を持てるから」
「でも、その嬉しさを認めないまま続けると、たぶん全部ゆがむ」
「同感」
真白はノートを閉じた。
「助けたいだけじゃないのよね。助けられる側にいたくないとか、役に立ちたいとか、そういうのが混ざる」
「親みたいだ」
「最近なんでもそこに戻る」
「今回の比喩としては外してない」
九条は淡々としているが、今日は彼自身も少し疲れて見えた。秩序を整えたい人間にとって、善意の甘さは扱いにくい。悪意よりもずっと。
放課後、真白は悠真と一緒に、伴走役を降りたがっている二年生を見送った。その生徒は校門の前で立ち止まり、「嫌いになったわけじゃないんです」と何度も言った。降りることが裏切りに見えないように、先に言い訳を差し出している。
「嫌いじゃないなら続ければいいじゃないって、思われそうで」
そう言って笑う顔が、真白には痛かった。
「続けない理由って、嫌いだけじゃないでしょう」
真白が言う。
「疲れたとか、今は無理とか、それで十分よ」
生徒は何度か頷いて帰っていった。背中が小さくなるまで見送ってから、悠真が言う。
「真白、最近そこは迷わなくなった」
「どこ」
「離れることを悪くないって言うところ」
「言わないと、みんな優しい方へ倒れるから」
「優しい方が危ない時あるもんね」
悠真の言い方は軽いのに、内容だけは容赦がない。真白は苦く笑う。
「それ、あんたに言われると妙に効く」
「効かせるつもりはない」
「分かってる」
帰宅後、真白は自室で案内文の草稿を書き直した。〈支援を終えることは失敗ではありません〉という一文を入れては消し、〈離れることも関係の一部です〉に変え、やはり硬いと思ってまた直す。言葉にすると簡単に正論になる。正論になると、人に押しつけたくなる。そこが難しい。
結局、最後に残ったのは短い一文だった。
〈手を伸ばすことも、手を離すことも、どちらも練習が必要です〉
真白はその文を見て、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。親離れも子離れも、一回で終わる決断ではない。何度も失敗しながら、少しずつ距離を作る練習だ。学校の制度にそこまで書けるかは分からない。それでも、その考えだけは外したくなかった。
制度の見直し案が配られた日の午後、伴走役だった三年生の一人が、廊下の端で泣いていた。支えを終えたあと、ぽっかり時間が空いたのだという。相手のために使っていた時間も、気持ちも、急に帰る場所を失う。
「依存って、される側だけじゃないんですね」
彼女は笑いながら言った。
真白はその笑いが痛かった。支える側の甘さは、ただ気持ちよくなっていただけではない。役目を失うのが怖かったのだ。必要とされなくなることが、思っていたより寂しいのだ。
「知ってた?」
帰り道、真白が聞くと、九条は頷いた。
「予想はしてた」
「言わなかった」
「言っても、実感が来るのは終わったあとだ」
悠真は少し遅れて言う。
「親が子離れできないのも、たぶん似てる」
「またそこ」
「今回の件、ずっとそこだろ」
真白は苦笑した。薄々感じていたことが、ここまで露骨に生活へ染みるとは自分でも思っていなかった。
夜、真白は支える側向けの補助資料に、一文だけ書き足した。
〈相手が離れたあとに残る寂しさは、あなたの優しさの証明ではなく、あなた自身の課題です〉
きつい文だと思う。だが、そこを曖昧にしたままでは、また新しい支配が始まる。甘い善意が、自分の寂しさの埋め草に相手を使ってしまう前に、言葉にしなければいけない。そういう局面が、この頃の真白にははっきり見えていた。
補助資料を印刷し終えたあと、真白はコピー機の熱の残る紙束を両腕で抱えた。支える側の寂しさまで書く資料なんて、誰が読むのだろうと思う。
けれど読まれなくても、書いておかなければならないことがある。救いたい気持ちは美しい。それでも、その美しさが相手をつなぎ止める理由になった瞬間に、関係は少し濁る。親が子の成長を喜びながら、同時に寂しさを抱えるみたいに。
真白は紙束の重みを感じながら、その寂しさを持つこと自体は悪くないのだと、ただそれを相手に払わせないことだけが必要なのだと考えた。
翌朝、補助資料を配ったあとの教室は妙に静かだった。支える側の寂しさを課題と呼ばれたことに、何人かが戸惑っている。真白はその戸惑いを否定しなかった。
支えることが終わったあとに空白を感じるのは、悪人だからではない。
ただ、その空白を埋めるためにまた誰かを必要とし始めた瞬間、救済は新しい支配になる。親が子の世話をやめられないのも、子が親の判断から離れられないのも、根っこではその空白への恐れなのだろうと、真白は配り終えた紙の余りを見ながら思った。
その週末、真白は家で食器を拭きながら、ふと母に聞いた。
「子どもが手を離れていく時って、寂しいものなの」
母はしばらく考え、布巾をたたみ直してから答えた。
「寂しいよ。でも、寂しいからって戻したら、相手のためじゃなくなる」
「簡単に言う」
「簡単じゃないから、今でもたまに口出ししそうになる」
真白はそこで少し黙った。支える側の甘さは、学校の制度の中だけにあるものではない。家の中にも、毎日の会話にもある。
月曜、生徒会室でその話をすると、九条は珍しく即答した。
「いい答えだ」
「母のね」
「誰のでも、正しいものは使う」
「その言い方」
真白は呆れつつも、少し救われる。支える側の寂しさを否定しないこと。けれど、その寂しさを相手の足枷にしないこと。自分たちがやっているのは、たぶんその不器用な訓練だった。
帰宅後、真白は補助資料の余りを机に広げたまま、しばらく片づけられなかった。支える側の寂しさを書くことは、自分の中の見苦しさを認めることに似ている。
けれど認めないままでは、また誰かの不安を埋めるために相手を必要としてしまう。
親が子どもの帰宅時間を必要以上に知りたがるみたいに、支える側もまた、相手の気配を自分の安心に使ってしまうのだろう。
真白は紙の端をそろえながら、その寂しさを持つことと、その寂しさで相手を縛ることは違うのだと、自分に言い聞かせた。
週明け、真白は配布した資料の感想を回収した。〈読んで少し怖かった〉という一文があり、真白はその正直さにほっとした。怖いと感じるのは、自分にも同じ寂しさの芽があるからだ。支えることが終わったあとに残る空白。
親が子ども部屋の静けさに慣れないみたいな、その生活の穴。真白は紙をそろえながら、空白を悪者にしないこともまた必要なのだと思った。
埋めずに置いておく時間があるから、人は次の関係で同じ抱え込み方をしなくて済むのかもしれない。




