表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

滅びた世界に転生したら、嫌われていたはずの大魔法使いから告白されました。

作者: あずま八重
掲載日:2026/03/31

 らんらん、るんるん。ご機嫌でジョウロを運ぶ。重たくてよたついてしまうのは相変わらずだが、中の水はもうこぼさない。アラサー女性の体から男児の体になって半年。付きにくいと言われた筋肉もどうにか付いてきたお蔭だろう。


 白い通路を右に折れて自室に入る。ドアをつけられるものなら付けたいが、地下での換気を考えると衝立を置くのが精一杯だ。


「ふんふーん。大きくなーれ、すくすく育てー☆」


 その衝立の裏に置いた、自分と同じ背丈の〈2代目チャーリーくん〉にお水をあげる。異世界転生前に育てていたパキラをイメージして作った愛植物は、当然何を言うでもなく、注がれる愛情を一身に受けている。


 他の観葉植物にもお水をあげ終えて、カラになったジョウロを置く。少し経つと、葉先から小さな光がいくつか生まれてほわりと飛んだ。幻想的な光景は何度見てもため息が出る。


「そういえば、チャーリーくんから微精霊が生まれたことないな」


 元の世界の植物だし別段不思議ではない。けれど、この滅びた異世界を復興するには何よりまず魔素、ひいては微精霊を増やす必要がある。それを考えると、スキルで生成する植物はこれまで通りこちらの世界のものにしたほうが良さそうだ。


「ま。元気に育てばそれでいいか」


 チャーリーくんの幹を撫でてから、作業台でスキルのレベル上げにいそしむ。

 まずはイメージした物を生み出すスキル〈想造(クリエイティオ)〉。これで10センチほどの折り紙を作り、くしゃくしゃに丸めて広げる。今日はこれの複製に挑戦してみようと思う。


 手元でくるくる回しながらよく観察する。試しにいくつか〈想造〉してみたが、どこかに穴が開いたり、ペッタンコにならないものばかりだった。


「ああーっ、うまくいかない! 量より質とは言っても、ちょうどいい課題を考えるのも難しいなぁ」


 失敗作を重ねて置き、もう1つのスキル〈再構築(リフォーム)〉で紙製のサイコロに造り替える。と、視界の端が明るくなった。目をやれば、チャーリーくんの前にこぶし大の光が浮いている。微精霊にしてはずいぶん大きい。よく見ようと近付けば、目の前で光が弾けた。


 眩しさにギュッと目をつむる。まぶた越しにも明るいのが収まってからおそるおそる目を開ければ、光の代わりに緑の小人が浮いていた。


「だぁれ?」


 首を傾げ、つぶらな瞳が私の顔をのぞき込む。かわいい。天使か。


「レイだよ。あなたのお名前は?」

「ないよ。レイ、付けてくれる?」


 え、こんなかわいい子に私が名付けていいの?


 急なことで戸惑うが、まずは少し離れて容姿を観察する。新緑の葉っぱでできた衣服をまとい、鹿ツノのように枝が頭から生えている。短い緑の髪にトンガリ耳、瞳の色はエメラルドを思わせる。


 緑色や植物に関する単語が脳裏を駆け巡る。けれど、最後に浮かんだのはそのどれでもなかった。


「ジベール。なんてどうかな?」


 以前読んでいた小説に出てくる、快活なキャラクターの名前だ。彼も緑系の服を着ていたから浮かんだのかもしれない。


 小人は手元を見つめ、噛みしめるように何度も名前を呟いている。頬がゆるんでいるところを見るに、喜んでもらえているようだ。くるりと宙返りを披露して、満面の笑みで言う。


「おれ、ジベール! レイ、よろしくな!」


 何はともあれ報連相。ジベールを連れてフィルの元へ向かう。この時分なら畑にいるだろう。


 フィラルディア・オクタ・ヴィオルフ、だと長いのでフィル。大魔法使いとしてアルダン国国王に仕えていたエルフだ。滅びたこの世界に私の魂を召喚、転生させた人物でもある。

 予想どおり、彼はひなたぼっこ兼ティータイムを嗜んでいた。


「フィル、ちょっといいかな」

「うん? どうした小僧――」


 こちらを向いたフィルがビタッと動きを止める。沈黙が落ちたあと、カチャリとティーカップを置いた。


「何がどうしたら貴様の隣りに精霊がいる!」

「知らないわよ! チャーリーくんから生まれたらしいってことしか私にも分かんないんだから!」


 キチンと報告に来たのに、どうして私は怒られているのか。かわいいジベールがオロオロしているじゃないか。

 フィルは何やらブツブツと落ち込み気味につぶやいている。緑がかった銀髪を掻き上げ、ため息までつく。その呆れ顔までイケメンで眼福です。


「順を追って説明してくれ。あと、チャーリーとは誰のことだ?」


 スキルで作った植物をそう呼んでいること、いつもどおり水をあげたことを告げる。これといって特別なことは何もしていない。


「名前か……盲点だったな」

「そうだ。この子の名前、ジベールっていうの」


 またしてもフィルが動きを止める。心なしか白目をむいているように見えるが気のせいだろう。イケメンの変顔は見てはいけないのだ。


 それにしても、これが精霊か。なんの精霊になるんだろう? 他の精霊もみんなこんなにかわいいんだろうか。


「精霊に……名前だと……?」


 お、戻ってきたらしい。が、放心状態は変わらずのようだ。


「ねぇジベール。貴方って何の精霊なの?」

「オレ? 見たとおり緑の精霊だよ」


 なるほど、色で分かれるタイプなのか。他の属性は今度改めてフィルに聞いてみよう。今は今のことだ。

 パンと手を叩いて、ハッとしたフィルに向き直る。


「で、精霊に名前を付けるとなんなの?」

「主従関係が発生する。妖精と違って精霊には基本的に名前があるが、名は大精霊からもらうものと聞いていた。その大精霊がいない今、名前があるということは小僧が名を付けたのだろう?」

「はい。付けてと言われましたし」


 また別のダメージが入っているようで、フィルの体が一段かしぐ。


「ちなみに、ジベールにはどんな意味が?」

「特にないです」


 さらに一段フィルがかたむく。僕ならもっといい名前をとボヤきつつ、咳払いとともに元に戻っていった。


「まぁ、精霊が生まれたこと自体は喜ばしい。それだけ魔素濃度が上がったという証左だからな。小僧も頑張った甲斐があるだろう」

「なぁオマエ。どうしてレイのこと名前で呼ばないんだ?」


 名前は大事だろ。とジベールが憤慨する。


「ジベール様。かの――彼はいいのです。そもそも僕と彼の2人しかいませんし、名前で呼ぶ必要性がですね」

「でも今はオレもいるだろ? 3人になったんだから、これからは名前で呼ぶのか?」

「それは……その……」


 おっと、普段は強気なフィルが言い負けている。私にチラリと目線を送ってくるが、ここは観念してもらおう。私だってそろそろ名前で呼んでほしい。


 深いため息を吐いて「分かりました」と折れるのを見て、ジベールが満足げに頷く。


「オレのことも『ジベール』って呼んでくれよな」

「よろしいのですか、ジベール様!」

「だからジベール! 様は要らないの!」


 また別の押し問答が始まって、私は微笑ましく聞いていた。




 翌朝、事件は起きた。ジベールが騒ぐ声で目をさますと、私は宙に浮いていた。


「え、なにっ、どういうこと!?」

「オマエ、誰だ!」

「誰って、レイだよ?」


 顔を見合わせて、2人で眼下を見下ろす。そこで寝ているのは鏡では見慣れた小さな男の子で、じゃあ私は何なのか?


 ふと手を見て、いつもより大きいことに気付く。前腕、上腕と視線を動かして、懐かしい胸が目に飛び込んできた。顔を触り、髪を触り。それはもしかしなくても元の体だったのだけれど、でも、何も着ていないのはなぜ? というところで思考が止まった。


「いったい何の騒ぎだ?」


 衝立からヒョコッと顔を出したフィルが、私が叫ぶよりも早く引っ込む。私は私でキャアキャア声を上げながら寝具を引き寄せようと手を伸ばすが、何も掴めないのでベッドの陰に隠れた。


「いったいどうなってるのー!」

「落ち着け、魂が抜けただけだ」

「じゃあ、なんで抜けたの!」


 言いよどむ声が衝立越しに届いて、少しだけ冷静になる。ジベールは体のほうに寄り添ってベッドに座り込んでいた。


 私の魂を召喚したのはフィルだ。なら、この姿のことも知っていて当然か。知らぬ間に裸を見られていたことを思うと憤死ものだが、女性が苦手なフィルからしても困ったことだろう。


「……魂がその器に馴染んでないからだ。体格差もあるし、何より性別が違う」


 話によれば、私が気付いていないだけで抜け出ていたことが何度もあるらしい。どれも決まって朝方で、なかなか起きてこない日に様子を見に来ては入れ直していたと。まさかそんな何度も無防備な姿を晒していたとは……恥ずか死ぬ。


「じゃあ、魂に合わせた器を作ればいいんじゃねーか?」


 突然のジベールの言葉に、なるほどと頷く。ああ、でも、この男児の体を作るのにも肉をたくさん使ったって言ってなかったっけ。そうなると、今作れる鶏肉をたくさん作らなきゃいけないよね。


 フィルも同じことを考えたのか、衝立からそーっと顔を覗かせる。


「前と違って今は小僧――あ、いや。レイのスキルもあるから素材は問題ない」

「なら、今すぐ作ろうぜ」

「ムリ言わないでください、ジベール。僕は、その……」


 もごもごまごまご、歯切れが悪い。フィルがこうなるのは女性関係だから――


「つまり、女の体を知らない、と?」

「…………はい」


 絞り出すような返事に、深いため息を吐く。これは私が頑張るしかないようだ。


「とりあえず、体に戻してください」

「あ、ああ。分かった」


 そろそろとベッド前まで来るフィルを待って、意を決して立ち上がる。ただし、胸と股はなるべく隠して。


 フィルの指示に従ってベッドへ横になり、目を閉じる。グイと引っ張られる感覚と、吸い込まれるような目眩を感じたあと、声を掛けられて目を開ける。


「おはよう、レイ!」

「うん。おはようジベール。フィル、ありがとう」

「大したことはしてない」


 フイッとそっぽを向いて、せわしく部屋を出て行く。その様子がなんだかおかしくて笑っていると、首を傾げたジベールに見上げられて、ますます笑った。


 まずは素材を揃えようという話になり、私はせっせと大豆を〈想造〉しては〈再構築〉で鶏に変え、鶏肉へと段階〈想造〉していった。生前の体重を考えると、1羽1キロとしても70羽近く必要になる。


「どんな不調が起こるか分からないのだから、1日10羽までにしておけ。休憩もしっかり取ること」

「はーい」


 フィルの言いつけを守り、7日かけて肉を蓄える。他の素材準備はフィルが進め、空き時間で平行して女性の体について一緒に学んだ。人体知識は十分持っていたので、それが造形にキチンと繋がるよう粘土で何体も作りイメージトレーニングをする。魔法も私のスキルも、イメージ次第で成否が決まるのだ。


 そうして居間のテーブルに揃えた素材の山を前に、フィルが深呼吸を繰り返す。大魔法使いであることを誇りに不遜な態度を取っている普段を思うと、緊張しているなんて嘘のようだ。


「では、人体錬成を始める」


 配られた視線に、私とジベールは頷いてみせる。


 フィルが呪文を唱え始めた。さすがに翻訳はされないようで、何を言っているのかはさっぱり分からない。詠唱が進むほど素材が黒く溶けていって、段々と人の形へと変わっていく様をただただ眺めた。


 出来上がった私の体は当然裸体で、作っておいて目のやり場に困っているフィルを押しのけ、私はシーツを掛けた。


「さぁ、あとは魂を入れ替えるだけだ。隣りに寝てくれ」


 テーブルに上がるのは少し抵抗があったが、言われたとおり仰向けになる。ジベールが心配そうに私の顔を覗き込むので、大丈夫だよと声を掛けた。さわれるなら撫でたのだけど。


「目を閉じて、自分の呼吸にだけ集中するんだ」


 吸って吐いてを深く繰り返してるうち、意識が遠のく。次に目を開けたとき、間近にジベールの嬉しそうな顔があって、それを避けるようにフィルの顔が覗いた。


「体に違和感はないか? 痺れがあるとか、指先が動かないとか」

「……うん。ないと思う」


 横向きになって、シーツを巻き込みながらゆっくり身を起こす。気怠さはあるが、男児の体のときとは違って「自分の体だ」という不思議な実感があった。


「鑑定かけるぞ」

「いいよ」

「よし。――この者の秘めし才能を我が前に示せ。〈鑑定(エスティマティオ)〉」


 青い半透明の板が宙に現れる。私のほうからはフィルの顔しか見えないけれど、あちら側から見る分には文字情報が並んでいることだろう。鑑定受け入れの許可を出したから、それもビッチリと。


「気になる記述はなさそうだ。再転生、おめでとう」

「あ、ありがとう?」


 めでたいことかはさておき。言われてみれば確かに、二度目の転生と言えなくもない。


 シーツを巻き巻き、テーブルからゆっくり下り立つ。まずは服を作らなくちゃなぁ。間に合わせはシンプルにTシャツとパンツでいいとして、凝ったものはまたフィルに描いてもらおう。


「なぁなぁ。こっちの体、オレがもらっちゃっていい?」

「え?」


 そんな言葉に振り向けば、そこにジベールはいなかった。代わりに、私だった小さな体がむくりと起き上がる。両腕を伸ばして指をワキワキ。肩を回して、首を左右に曲げ伸ばし。少年は最後にこちらへ満面の笑みを浮かべた。


「体、いいな!」




「精霊が受肉……そんなの聞いたことが……」


 椅子に座り込み、うなだれたフィルが呆然とつぶやいている。

 ジベールは椅子を伝ってテーブルから下りると、私にギュッと抱きついてきた。


「これでレイにさわれるな!」


 かわいさに胸を打たれる。離れるのを待ち、しゃがんで頭を撫でた。


「レイ。気安く撫ですぎじゃないか?」

「いいじゃない。それともヤキモチ?」

「違う! これは、その……精霊様に不敬だと思ってだな」

「オレは気にしないぞ」


 ジベールの言葉にフィルが詰まる。いっそうシワの深くなる眉間がおかしくて、私はフィルの前に立った。


 椅子に座ったまま、どうにか距離を取ろうとしている気配がする。この体とは長い付き合いになるのだ。これを機に、女性への苦手意識が改善されればいいのに。


 フィルの頭を撫でる。くせっ毛のジベールと違う、サラサラの感触が気持ちいい。声にならない声を上げている彼を長くからかっていたくもあるが、サッと手を引っ込めた。


「そう悪いものでもないでしょう?」

「…………そうだな」


 ふいと横を向いて、けれど何でもないことのように答える。その耳が心なしか赤くなっているのに気付いて、ホッとした。


 体は異世界転生前に近いものへ変わったが、日々の日課は変わらない。部屋の植木への水やり。スキルのレベル上げ。畑仕事の手伝い。イメージ力を鍛えるフィルの描画指導。――ただ、その全てでジベールが私にベッタリしていることについて、フィルから不満が出るようになった。


「じゃあフィルもくっ付けばいいじゃない」


 描く手を止めて口を尖らせる。ジベールに、という意味で言ったつもりだった。ところが、意趣返しなのか何を間違えたのか、フィルが後ろから私の肩に抱きついてきた。

 背中を伝ってくる温度と拍動。つられて私の心拍も上がり、顔が熱くなる。


「フィル! オレのレイだぞ」


 ジベールが腰に抱きつきながら吠える。それを上から見下ろしたフィルの吐息が首にかかって背筋が跳ねた。


「……そうですね。しかし、レイは物ではありません」


 え、本当にヤキモチなの? 嘘でしょ?

 頭の中がグチャグチャで、2人を振り払うために立ち上がった。


「お、お手洗い!」


 声を上げてその場から逃げる。

 洗面所に駆け込み、気持ちをリセットしたくて顔を洗った。少しは冷静になれた気がして、水がしたたるのも構わずじっくり思いを巡らせる。


 ジベールはいい。弟のようなものだ。でもフィルは……。


 女の体に戻った途端、異性を意識してしまうのは何故なのか。男児の体だったときと同じで、心が体の属性に引っ張られてしまうのだろうか。女性が苦手で、初めこそ私の中に女を見て戸惑っていたあのフィルが、やっと男児の私に慣れて普通に接してくれるようになったことを喜んだのはつい最近だ。


 今さら女を出して嫌われたくはない。ないのだが、向こうから来る分にはいったいどうしたらいいのか。前世、いや前々世含めて彼氏など持った試しもない身なのに、果たして軽く躱せるだろうか?


 ――やるしかない、か。


 タオルで顔を拭い、両頬に活を入れる。平穏なスローライフを送るためにも、頑張らねば。


 居間に戻ると、そっぽを向き合った2人がいた。抵抗はあるが、間にある椅子へ座り直す。


「ねぇフィル。相談なんだけど、私の服を考えてくれない? 畑仕事のジャマにならなくて、でもデザイン性のあるのがいいなーって」

「ふうん。それなら、ベースは今のシャツとパンツのままで飾りを足したらいいんじゃないか?」


 たとえば、こう。とサラサラ紙に書き出してくれる。私がスキルで作りやすいよう、複雑な模様は避けている。男児姿のとき、難しい刺繍を再現しようとして失敗三昧だったからだ。


 グイと袖口を引かれて、ジベールに向き直る。どうしたのと聞くより早く、紙を差し出してきた。


「オレも描いた! どう?」


 鉛筆を持つのすら初めてだったからか、ガタガタの濃い線が走っている。その中で見て取れるのは、フィルが描いたのを真似たらしいということ。


「これ、私の服? 上手だねぇ。鉛筆持ちにくくなかった? 持ち方教えてあげる」


 膝に招いてジベールを座らせる。と、フィルのほうを見たので、つられて見れば不機嫌そうな顔があった。これはあれだ。ジベールは得意げな顔をしているに違いない。


 迂闊なことをしたと反省する間もなく、今度はフィルが見て見てをしてくる。色鉛筆で彩られた襟・袖・裾は、思ったより女性向けでかわいくなっていた。前から思っていたが、フィルはデザインするのが好きらしい。


「かわいい! じゃあこれで作ってみるね。ありがとう!」


 珍しく嬉しそうにはにかむ。そんなフィルをかわいいと思ってしまって、胸の高鳴りを下唇を噛んで耐える。


「レイー」

「レイ」


 あちらを立てればこちらが立たず。こちらを立てれば……一事が万事そんな感じで段々めんどくさくなってきた。


「はぁー…………夕飯作ってくる」

「オレ手伝う!」

「まだその体に慣れてないんだから、また今度ね」

「それじゃあ、僕が手伝おう」

「フィルはフィルのことに時間使って。私が当番なんだから」


 むすーっと同じ顔をしている2人を尻目に、台所へ引っ込む。夕飯を仕込んでいる間、隣でヤイヤイ言い合ってる声が聞こえてくる。それがいつの間にかドタバタ音に変わっているのに気付いて、私は叫んだ。


「お願いだから、2人とも仲良くして!」




 私が食事当番の日は、和食と決めている。今日は、鶏ももの照り焼き、豆腐の味噌汁、ほうれん草のごま和え。主食は当然白米だ。米、味噌、豆腐、醤油、ごまはスキル製である。ありがとう〈想造〉ちゃん。


 三者三様に「いただきます」をする。いつもと違って静かな食卓。フィルは淡々と食べているし、ジベールも無言でガツガツ食べている。味については問題なさそうだが、美味しいと言われないのはこんなに寂しいものなのか。


「聞かないのか?」


 一足先に食べ終えたジベールが口を開く。何の話だろうと思っていると、フィルが答えた。


「まだ食べているだろう?」

「なんだよ、啖呵切っておいて。じゃあオレが聞く」


 真面目な顔をしたジベールが私に向き直る。


「なぁ。レイは、オレとフィル、どっちが好きなんだ?」


 ドキリと心臓が跳ねる。まさかそんな典型的な質問を投げられるとは思わなかった。


 どっちが? フィルは何より顔が好きで、最近は角も取れて中身も好みになっていたし、ジベールはとにかくかわいくて好きだ。でも「どっちも好き」ではきっとダメなのだろう。


 頭を抱えてグルグル考えるも、なんと答えれば正解なのか分からない。好き。好きとはなんだろう? 思考が哲学の領域に入りかけたとき、名前を呼ばれた。顔を向ければ、眉間に深いシワを刻んだフィルがいて。かしこまった雰囲気に当てられ、私も居住まいを正した。


「その……僕が……だと言ったらどうする?」


 肝心の部分が聞き取れなくて、今度は私の眉間にシワが寄る。


「ごめん、もう一回言ってくれる?」

「だからっ……好きだと言ったらどうする?」


 聞き間違えだろうか。あのフィルから告白? まさか。


「誰が?」

「僕が」

「誰を?」

「レイを!」


 ――聞き間違えじゃなかった!


 ええと、それはたぶん恋愛的な意味でだよね。顔だけでなく耳まで真っ赤にしておいて、親愛的な意味でしたとは言わないだろう。

うそうそうそ、あのフィルが? あのフィルがだよ!? 頑なに「小僧」呼びをして、心身ともにあれだけ距離を取っていた、あのフィルが私を好き?


 この世界に来たばかりの半年前を思い返す。小さな体を思うように動かせなくて、地上の有り様を見るために長いらせん階段を上がれと言われて、とてもムリだと言ったら露骨に嫌な顔をしたままお姫さま抱っこで飛翔してくれた。それからも、体力の限界を計れないで倒れたときは小脇に抱えて部屋まで運んでくれたけれど、やっぱり中身が女の私を意識してしまって嫌々さわるような状態だった。


 それでも面倒見のいいタイプだし、子どもを嫌っている様子もなくて、でも女は苦手で。いやぁ、苦労を掛けた思い出しか浮かばない。


「なッ、どうした!」

「レイ!?」


 急に両頬をつねりだした私に、2人が驚いて声を上げる。

 痛い。夢じゃない。誰かに想ってもらえるなんて、異世界に来る前を入れても初めてのことだ。こんなに嬉しいものだとも思っていなくて、感極まって目がうるうるしてきた。


「……レイ?」


 テーブル向こうで下から覗くように首を傾げるフィルを見て、ああやっぱり好きだなぁと観念する。

 正直な気持ちを言おう。つねるのを止めて頬を手のひらで揉み、ジベールに顔を向ける。


「ジベールのことは好きだよ。でも、それは親愛の好きなの」


 私の言葉に、ジベールは静かに頷く。

 次にフィルへと向き直る。不安そうな表情もイケメンで、恥ずかしさで顔を逸らしたくなるがそこは耐える。


「フィルのことも好き。親愛もあるけど、それだけじゃなくて……たぶん恋愛的な意味も含んでるんだと思う」


 たぶん、か。噛みしめるようにつぶやいて、フィルが大きく頷いた。


「僕も自分の気持ちを自覚したばかりで、戸惑いがないわけじゃない。だが、少しは期待できそうで安心した」


 スッと立ち上がり私の横まで来ると、跪いて私の手を取った。


「もっとハッキリ言えるくらい、惚れさせてみせるよ」


 ニコリと、これ以上ない笑みを浮かべてのダイレクトアタック。想像しなかったといえば嘘になるが、想像以上の威力に心が……心が!


「イチャイチャするのは、オレがいないときにしてくれよな」


 テーブルに頬杖を突いてジベールが拗ねる。年相応というにはどこか大人びた表情に、精霊の精神年齢っていくつくらいなんだろうと雑念が湧いた。


「オレじゃあ番えないのは分かったよ。でも、一緒にいていいだろ?」

「もちろん! これからもよろしくね、ジベール」

「だが、くっ付くのは程々にしてくれないか?」

「んぅ? やーなこった!」


 言うなり椅子から立ち上がったジベールが胸に飛びついてくる。


「貴様、いい加減にしないか!」

「あーあ、貴様って言った! 精霊様だろ?」

「敬称も敬語も要らないと言ったのは、そっちだろう!」

「じゃあ貴様からもサマを取ったらいいんじゃない?」

「はっ! 木から生まれた精霊なんだから、それもいいな。木!」


 テーブルの周りをグルグル、グルグル追いかけっこが始まった。

 私は深いため息をつく。「喧嘩するほど仲が良い」とは、どこのお偉いさんが言ったのだろうか。まぁ、どこか楽しそうだからいいとしよう。ただ、今は――


「2人とも! まだ食事中!!」


 こんな調子だけれど、滅びていたこの世界に人が増えるのは、そう遠くない未来だ。



〔滅びた世界に転生したら、嫌われていたはずの大魔法使いから告白されました。/了〕

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ