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03 皇帝と皇女、父と娘になる


 銀髪。エリスと同じ顔に赤い瞳。それらを持った少女は、突然俺の前に現れた。


「皇后の様子はどうだ、イーノック。」

「はい、昨日はいつも通り第七皇女様とお会いになっていました。ベッドから体を起こすことが出来ていたようなので、普段より体調が良いようです。」

「そうか。」


 いつも通り、俺の右腕とも言える騎士のイーノックに皇后であるエリスの様子を報告させる。容態は決して良いとは言えないが、娘と穏やかな日々を送っているらしい。

 そこに俺も居ることが出来たなら、と何度想像したことか。けれど日々弱っていく彼女を目の当たりにして、俺は正気を保っていられるのだろうか。

 健康だったエリスが倒れたあの日、苦しみに喘ぐ彼女を見て、耐えられないと思った。エリスは不治の病だ。これから良くなることはない。

 ならお互いに美しい記憶のまま終わるのが一番良いだろう。壊れていく彼女を見ていると、彼女との思い出まで壊れてしまっていく気がして怖かったのだ。


 そんな時、庭園に何者かが忍び込んでいる気配がした。すぐにイーノックが対処すると、草むらの陰から現れたのは、まるで子供の頃のエリスを銀髪にしたかのような見た目の少女。

 どうやら俺とエリスの娘だという。どうりでエリスに似ているわけだ。少女の名前はベアトリス、確かに俺とエリスで付けた名だった。

 ベアトリス…第七皇女の噂は俺の耳にも入っている。

 曰く、魔力が微塵もない無能だとか、泥遊びが好きで下品だとか、皇族の証を持たない出来損ないだとか。聞くところによると明るい素直な性格らしいが、どうしようもなく馬鹿で気弱なことは確からしい。

 ベアトリスが生まれた時、青い瞳を持っていなかったので俺はすぐに離宮送りにしようとした。エリスとの子ならまた作ればいいし、此処で皇族の証を持たない皇族なんて蔑まれて迫害を受けるに決まっているからだ。離宮は北の果てにあるので環境こそ良くないだろうが、あるべき所にいた方がまだマシなのではないかと思った。

 まぁ俺は子供にそこまで愛着があった訳ではなかったということだ。

 けれど、エリスは違った。


「青い瞳を持っているかどうかなんて関係ない、私の子には変わりないのよ。」


 挙句の果てには自分も一緒に離宮に行くとまで言い出したので、それはたまったものじゃないとベアトリスを皇女宮に住まわせることを許可し一番良い部屋を与えるようにと指示しておいた。

 全てはエリスが喜ぶだろうと思ってしたことで、決して娘のためを思った訳ではない。何故ならいくら俺とエリスの子だと言っても、ベアトリスはエリスではないから。


 けれど、まさかこれほどまでに似ているとは思ってもみなかった。昔のエリスとの思い出が蘇ってきて、胸が締め付けられる。


 彼女と同じ顔で、瞳で、俺を見るな。


 エリスから目を背けている現実を突きつけられた気がして、俺はすぐに娘を庭園から追い出した。


 きつく睨みつけた自覚はあるので、もう娘は此処に来ることはないだろう。

 そう思っていたのだが。


「お父様!一緒にお菓子を食べませんか!」

「…」


「私、今日はお父様と一緒にお散歩したいです!」

「…」


「お父様、これあげます!」

「…何だこれは。」

「四つ葉のクローバーです、持っていると幸運が訪れるんですよ!」

「…」


「見てください、お母様が新しいドレスをプレゼントしてくださいました!」

「…馬子にも衣装だな。」

「まご…?お母様はセンスが良いんですよ、とても素敵でしょ!」

「当然だ、エリスは昔から流行にはうるさかったからな。お前も母親を見習え。」

「はーい。」


 このままでは駄目だ、と思ったのは最近だ。

 最初こそ無視していたものの、此奴がめげずに毎日皇宮に来るせいで、どうにも近頃娘との距離が近付いてしまったような気がしてならない。それだけならまだ良いが、娘を見ているとエリスと思い出して会いたくなってしまうし、何なら此奴自身がベラベラと母親の話を俺にしてくるから余計だ。

 しかしいざもう一度遠ざけようとしても、此奴を前にすると元気でまだ幼かったエリスを相手にしているようで、毒気を抜かれてしまう。

 ああ、君はいつもそうだ。いつでも俺の頭の中にいて、俺はいつまでも君の幻影を追ってしまう。


「お父様は、どうしてお母様に会わないんですか?」


 すっかり日常になってしまった午後のティータイム中、クッキーを頬張りながらベアトリスがそんなことを聞いてきた。

 俺は甘い物は好かないが、エリスも昔からケーキやらチョコレートやらが大好きで紅茶と合わせてよく食べていた。それでもいつまでも細い腰や華奢な体躯は変わらないままで、そんなところも此奴はエリスに似ている。


「何故そんなことを聞くんだ。」

「だって、お父様はお母様のことが大好きなんでしょ?」

「…」

「そしてお母様もお父様が大好き。」


 好き同士は一緒にいるものなんですよ、本で読んだもん、と言う娘の言葉に、今まで疑問に思ってすらいなかったことが初めて違和感として胸に巣食い出した。

 何故、俺はこんなにも頑なに彼女に会おうとしないんだろうか。こんなに彼女を愛しているのに。彼女を彷彿とさせる娘を見たくなくなるほど、会いたいと思っているのに。

 エリスが苦しむ姿を見たくないから?そんなのただの自己防衛じゃないか。俺は俺の命よりエリスが大切なんだ、彼女が苦しんでいるのなら、俺が傍で支えれば良い。

 昔、俺が母親から愛を得られず苦しんでいる時、エリスが傍に居てくれていたように。


「私と皇后宮へ行きましょう、お父様。」


 何度目かのベアトリスの誘いに、俺はついに頷いた。


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