02 邂逅、氷の皇帝
私がこれまで皇宮に寄り付かなかった理由は、“皇位継承権に興味ないですよアピール”をするため。これに尽きる。ついでに言うなら、神聖力があることを誰にも教えていないのも“皇位継承権争いとは無縁ですよアピール”をするためだ。
原作のベアトリスに魔力の代わりに神聖力があることは周知の事実だったから、私みたいに“ホコリ”なんて不名誉な蔑称を付けられるほどの扱いは受けていなかった。むしろ青い瞳を持っていなくても出自と能力から周りの兄姉から一目置かれていたくらいだ。
でも、だから最終的には死んでしまった。ベアトリス自身は皇位継承権に微塵も興味が無かったにも関わらず。
その事実を知っていた私は、オギャアした瞬間「あ、無能なバカになろう」と心に決めた訳だ。周りの人間が皆私を舐め腐っているのはその信念に基づいた私の行動が原因だったりする。
わざと野生の猫と泥水で遊んだ時は大変だったなぁ…と昔の思い出に胸を馳せつつ、ふと周りを見るとすっかり見慣れない庭園が目の前に広がっていた。
一瞬驚きのあまりフリーズしてしまったが、此処の美しい噴水が吹き上がる庭園には見覚えがある。
私とてただの一度も皇宮に来たことがない訳ではない。皇女なのだから一度でも来ておいた方がいいだろうと散歩と称してマリーが連れてきてくれたことがあるのだ。
さて、皇宮の庭園に辿り着いたは良いがここからどうやって中に入るんだろうか…と思案していると、二人分の足音と話し声が聞こえた。
「皇后の様子はどうだ、イーノック。」
「はい、昨日はいつも通り第七皇女様とお会いになっていました。ベッドから体を起こすことが出来ていたようなので、普段より体調が良いようです。」
「そうか。」
青髪に灰色の瞳の騎士を連れた、私と同じ銀髪に青い瞳の男。おぉ、これはまたイケメンが二人…じゃなくて!
どうしよう、そもそも私は父といえど皇帝に会うのは初めてだ。私は髪と目の色で分かったから良かったけど、向こうからすれば私は何人もいる子供のうちの一人、しかも出来損ないで皇族の証も持っていないときた。
イメージとしては私が皇帝と会って、皇帝が皇后にそっくりな私を見て原作通り妻に会いたくなる感じなのを想定してたけど、なんか今の会話聞いた感じじゃ皇帝は母のことを常に気にしてたっぽい…?
取り敢えず色々と作戦を練る必要がありそうだったので、出直そうとその場をひっそり去ろうとすると、悪寒が走り首にヒヤリとした物が当てられる。 それが青髪の騎士の手元から伸びた剣だと理解するのに数十秒かかった。
「ひっ…?!」
「第七皇女様?」
けれど騎士はすぐに私が第七皇女だと気づいたようだ。さっきの会話からして母の様子を監視してるっぽいし、それだと私の顔と名前が一致してても不思議じゃないか。
彼はすぐに「失礼致しました」と言って剣を鞘に収めてくれたので一安心したところで、その様子を見ていた皇帝が口を開いた。
「何だこのガキは」
いや父親のあんたは分からないんかーい。ほんとに皇后以外の人間に興味無いんだなこの人…。確かに原作でも基本皇位継承に関してすら我関せずって感じだったし、ベアトリスが他の英雄たちと魔王を倒した時ですら労りの言葉もなかったし。
娘だよ!貴方と貴方の愛する妻の娘だよ!!と言いたいところだったが、私を見る視線が絶対零度過ぎたのでやめた。
そんなんだから悪政してる訳じゃないのに“氷の皇帝”なんて呼ばれるんだよ!人に向ける目が冷たすぎるんだって。
「この方はベアトリス第七皇女殿下です。皇帝陛下と皇后陛下のお子にございます。」
「あっ、ベアトリス・デル・フィニアンと申します!」
「ほう…、第七皇女と言えばとんでもない出来損ないの問題児だと聞いたが、まともに挨拶くらいはできるようだな。」
なんて失礼な奴!!
引き攣りそうになる頬を必死で抑えて、私はにこにこと顔に笑顔を貼り付けた。
こうなったら今思いついた作戦Bで行こう!その名も“皇帝メロメロ作戦”!!先程の、私の顔を見せて母を思い出させる作戦の延長線のような物だ。
皇帝…シルヴェスター・デル・フィニアン。魔力の量が甚大で、当時第四皇子でありながら皇位継承権を得た天才だ。おまけになまじ顔が良いのでさぞ令嬢からモテたそうだが、小さい頃からの幼なじみであり婚約者でもあった現皇后の母しか眼中になかったらしい。
しかしこれは、言い換えれば父は母の子供時代も知っているということだ。そして私は自他共に認める母のクローン。これまで「昔の皇后様そっくりですわ!」という言葉を何度言われたと思っている!
ゆくゆくは、私が皇帝に媚びを売ってちょっと仲良くなったところで母のいる皇后宮に招待するという魂胆だ。
まぁ私が下手に皇帝と仲良くなりすぎると、これまで積み重ねてきた“皇位継承権争いに興味ないですよアピール”が破綻しかねないので程々にするけど。
取り敢えずまた父と母が会って話をできるようになることがゴールかな。それが私が母にできる精一杯のことだろう。
「何故お前はこんなところにいるんだ。」
これまで此処に来たことはなかっただろう、と言う皇帝。はい、来ました来ましたこの質問!答えは当然一つでしょ!
「お父様に会いたかったから!!」
私のありったけの愛嬌を詰め込んでそう言って笑う。
どうだっ、この顔でこのセリフ!流石の氷の皇帝も一発で骨抜きに…、と思ったのだが。
「…」
「…」
「……」
気まずい。なんかすごい無言になってしまった。え、さすがにキモかった?キモすぎて声も出ない?
「…帰れ」
「えっ」
「聞こえなかったのか?帰れと言ったんだ。」
「で、でも私」
「…自力で帰らないならつまみ出すぞ」
作戦は成功したかと思われたが、何故だかめちゃくちゃキレられた。帰らなければ本当に衛兵でも呼んでつまみ出しそうな勢いだったので、私は大人しく皇女宮に帰ることにした。
…まぁ今日のところは、だけど。
だって私は皇帝が愛する皇后との娘なわけだし?殺されるだとか離宮に飛ばされる心配は皆無だ。だったらもうとことん作戦続行するしかないよね。私は何事も中途半端なのは大嫌いなのだ。
次の日から、私の父への猛アタック(笑)が始まるのだった。