17 第七皇女が愛する人
「何を考えてる?」
昔の思い出に胸を馳せていると、隣にいたチェザーレからそんな言葉をかけられて意識を今に戻す。彼の指が私の頬を撫でた。
「ただチェザーレと初めて会話した日のことを思い出していたの。黒が好きって言ってたわよね。」
「あの時のことか。次の日ベアトリスがほんとに黒の種類を大量に調べてきて話し出すからびっくりした。」
「あら、迷惑だった?」
「まさか。俺との約束を守ってくれたのはお前が初めてだったから。」
「…ならこれからいくらでも私が約束をして、それを守ってあげるわ。」
「言ったな。」
チェザーレは時折酷く悲しげな目をする。そんな彼を見る度に私は胸が締め付けられ、彼を呑気な幸せな元に置いてあげたいと思うのだった。文字通り、私はチェザーレを愛しているということなのだろう。
きっかけなんて今はもう分からない。ただこの十年を一緒に過ごすうちに、彼の見えにくく気づきにくい優しさに触れる機会が多くあったということは確かだ。
「愛してるわ、チェザーレ。」
「急にどうした?」
「いいえ、ただ言ってみただけ。」
「…俺も、そんなお前を愛してる。」
以前よりずっと逞しくなったチェザーレの胸板に顔を埋める。彼の匂いが鼻を撫で、また彼の手が私の背に回った。こんな時、私はこれまでの人生で一番幸せなような心地さえするのだ。
愛に飢えた彼に溢れんばかりの愛を与えたいと思うのはおかしいことだろうか。
私は日々彼に愛を伝えた。そして彼も私を愛していると伝えてくれる。私たちは確かに愛し合っていたが、それでも婚約者はおろか恋仲になることすら無かった。ただそうなるには私たちには秘密が多すぎたのだ。
私が彼に自分に前世の記憶があること、そして私は小説で私ではない“ベアトリス・デル・フィニアン”の人生を知っていることを隠しているように、彼もまた私に何か隠し事をしているようだった。
「ベアトリス…お前にいつか全てを話すから。それでもまだお前が俺を好きでいてくれたなら、その時…」
「待ってるわ、チェザーレ。私も貴方に話さなきゃいけないことがあるの。」
チェザーレに私の全てを話すのは、無事に二十歳を越えることができた時にすると決めている。こんな非現実的な話信じてもらえないかもしれないという思いもあるけれど、それ以上に原作のベアトリスが死んだのは二十歳の時のことだったから。
もしこのまま原作通りに事が進むなら、魔王が世界に大量の魔物を放つのは私が十八になった年。そしてベアトリスが魔王討伐部隊に選出されるのは十九歳の時のことだ。そこから半年ほどかけて魔王を討伐し、皇位継承争いに巻き込まれて死ぬ。
色々迷った末の決断だが、私はきっとこれから原作通りの行動をとることになるだろう。最初こそ私の代わりに魔王討伐を任せようとしてイヴォンヌを助けたけど、今やすっかり大切な存在になったイヴォンヌを危険な戦いに参加させたくないし、何より万が一魔王討伐に失敗してチェザーレが生きるこの世界を危険に晒したくないから。
「そうだわ、これから少し時間はある?」
「俺は全然暇だけど。」
「ふふ、なら着いてきて。いつか一緒に行きたいと思っていた場所があるのよ。」
深刻なことを考えていたら何だか頭がパンクしそうになってきたので、原作のベアトリスが好んで行っていた場所があるのを思い出して其処へチェザーレと一緒に行ってみることにした。
「…!」
「ね、素敵な場所でしょ?」
「あぁ。…綺麗だ。」
ベアトリスが好んで行っていたのは、神殿の近くの丘にある小さな花畑だ。私も此処に一人で来るのは何となく気が引けたので初めて来たが、寒い地域でも生育できるクリスマスローズの花が咲き乱れる本当に美しい場所だ。
「今度イヴォンヌとテオお兄様とノアお兄様とも一緒に来たいわね。それからレナルドお兄様も!」
「イヴォンヌと双子は良いが彼奴はダメだ。」
「もう、相変わらずレナルドお兄様と相性が悪いんだから。」
「ふん、向こうが俺を認めないのが悪い。」
チェザーレと話をしつつ私はクリスマスローズを使って花冠を編むことに挑戦していた。花冠を作るのに王道のシロツメクサじゃないので少し難しいが、茎が細いのでできないこともない。
「…できたわ!」
「?うわっ、何だこれ。」
「思った通り!チェザーレにとっても似合、う…」
光に透ける金髪に菫色のクリスマスローズの花冠を乗せた途端、その光景に何処か既視感を覚えたと同時にずきり、と頭に耐え難い痛みが走った。
「っ…?!」
「ベアトリス?!おい、しっかりしろ!」
目眩がして視界が大きく揺れたと思うと、そこで急に私の意識が途絶えた。
「(…?あれ、此処は…?)」
再び私の意識が浮上した時、私は全く見覚えのない場所にいた。




