14 シャルル枢機卿との会談
「私のことは気軽にシャルルとお呼びください、皆そう呼んでいますから。」
次の日、イヴォンヌをテオとノアに預けて神殿に行くと、枢機卿が神殿の比較的奥まった場所にある第一中庭にティーセットを用意して待っていた。
初めは軽い世間話をし、少し経って改まった様子で枢機卿が口を開く。
「私が“あの時”何を言おうとしていたのかもうお気づきだとは思いますが…、皇女様、貴女は神聖力を扱うことができますね?」
「…はい。」
「何故それを隠すのですか?見たところ貴女の神聖力は膨大だ、数年後には私やエセルレッド教皇猊下をゆうに越えるほどの力をお持ちです。」
「…」
「現在皇女殿下は皇帝陛下から寵愛を受けていますが、以前は冷遇されていたとお聞きしています。今も皇女殿下を侮り罵る貴族たちは多い。しかしこの神聖力を公表すればそういった扱いを受けることは無くなります。皇位継承位も大幅に上がるでしょう。皇女殿下からすれば利点しかないと思うのですが…」
きた!当然バカ正直に「将来この力が原因で皇位継承争いに巻き込まれて死ぬのでそれを回避したいからです。」なんて答える訳にはいかない。だから、この質問が来ることは当然予想していたし、今日に備えて私はしっかりこの質問に対する回答を考えてきたのだ。
「それは…」
「それは?」
「私、皆から守られるお姫様になるのが夢なんです!ほら、この絵本みたいに」
「嘘ですね。」
「えっ」
にっこり笑顔で否定された。えっ?
「大変無礼なのは承知の上で申し上げるのですが、皇女様は“魔力の無い無能なバカ”だという評価をされていると耳にします。」
「…(ほんとに失礼だな…)」
「しかし私の目にはそうは見えないのです。普通皇女様くらいのお年の方は自尊心が高く、持っているものやできることはすぐに人に見せびらかしたりします。けれど皇女様はそのような態度をとるどころか自分の評価を下げるような行動ばかりする。」
レナルドに簡単に通用した絵本作戦は枢機卿には全く通じなかったようだ。枢機卿はティーカップの淵を指で撫でつつ、私の瞳を覗き込む。
「何故ですか?絵本のお姫様に憧れたからという浅い理由だとはとても思えません。皇女様の行動には、何か深い意味があるような気がするのです。…それとも私に理由が話せないことにも意味がありますか?」
「…いいえ。」
私は観念して首を振った。ここまで私という人間性がバレている以上、枢機卿を嘘で誤魔化しきることはできないだろう。
「まず私が神聖力を隠してきた理由ですが、それは神殿に住みたくなかったからです。お父様やお母様、お兄様と離れて暮らしたくなったので。」
だから本心も織り交ぜて話すことにした。
神聖力を操れることが判明したら、原作のベアトリスもそうだったようだが修行の一環で神殿に住むことになる。それは正直御免だったのだ。
「皇后陛下からはともかく、以前皇女様は皇帝陛下や皇子殿下からは冷遇されていましたよね?神殿は確かに皇族の住む宮殿ほどではないかもしれませんが、見ての通り豪華で広く、膨大な神聖力をお持ちの皇女様からすれば相当居心地の良い場所なはずです。昔の境遇を考えれば神殿の方が余程好条件では?」
思ったより食い下がるな。五歳児相手にここまで言う?普通。まぁいい、もう一歩踏み込んだことを言ってみよう。場合によっては良い方向に物事が進むかもしれない。
「けれど、神殿は腐っています。」
「以前の神官たちの汚職事件のことを仰っているのでしょうか?それでしたら既に解決済みで、もう二度と同じことは起こらないよう監視の目を強化するなど対策を取っていますが…」
「そのことじゃありません。シャルル枢機卿…ご存知ですか?神殿の地下室で何が行われているのか。」
「…地下室?」
枢機卿は怪訝そうに眉根を寄せた。地下室に来た神官たちが話していた通り、やはりこの人は地下室で起こっていることは何も知らないみたいだし、確実に関与はしていない。それに加えて枢機卿はどうやら私のことをとても買ってくれている。
私が此処で神殿の悪事を告発したら、枢機卿ならあの惨状をどうにかできるんじゃないのか?思っていたよりも早くあの子たちを助けてあげられるかもしれない。
私は枢機卿に地下室で神聖力を持った子供たちが集められ、惨い人体実験をされていることを話した。それからおそらく首謀者は大司教と司教であることも。
「私があの日連れて帰った桃色の少女…イヴォンヌも其処に閉じ込められていた子供たちの中の一人です。」
「そうか、だからあの時皇女様は是が非でもあの少女を皇宮に…。神殿に留めておいて、いつ見つかってまた地下室に戻されるか分からないからだったのですね。」
「はい、まぁそういうことになります。」
「まさか神殿でそんなことが起きていたとは…、こうしてはいられません。」
枢機卿は立ち上がり「少し席を外すことをお許しください、教皇猊下に報告をしてきます。」と言って何処かへ去っていった。
そこからの展開は早かった。
十数分後もしないうちに枢機卿は戻ってきて、私の神聖力を口外しないこと、イヴォンヌの身の安全を保証することを約束してくれた。
「しかし皇族でもないイヴォンヌをいつまでも皇女宮に住まわせる訳にもいかないでしょう。実際今も皇帝陛下にかなり無理を言っているのでは?」
「…はい、確かにその通りです。」
「たった今、私は皇女様から聞いた話を全て猊下にもお話致しました。至急大司教と手先の神官たちを捕え、地下室の子供たちを救出する手筈です。子供たちは皆神聖力を持っているとのことだったので、身寄りのない子は神殿で引き取り神官候補として育てようと考えています。」
私さえ良ければイヴォンヌのことも神殿で引き取り面倒を見てくれる、との申し出だった。
枢機卿の言う通り、私は父にどうしてもとお願いして無理やりイヴォンヌを皇女宮に住まわせている。今はまだ大丈夫だが、成長するにつれて皇族の住まいである皇宮に孤児であるイヴォンヌが居ては様々な貴族から反発を買うだろうし、他の皇族や使用人からもどんな扱いを受けるか分からない。
「…イヴォンヌをどうかよろしくお願いします。あの子は将来聖女になり得る器ですし、とても良い子です。私の我儘で皇宮に留めさせて危険に晒したくない。」
「承りました、皇女様。」
私の一存にはなってしまうが、原作のイヴォンヌも神殿で暮らしていた。きっとあるべきところにいた方があの子のためにもなるはずだ。




