13 ノアの観察眼
声のした方を振り返ると、神官のものよりも幾分デザインの異なる衣装を身に纏った男性が立っている。
「皇后陛下と第七皇女殿下にご挨拶申し上げます。第七皇女殿下は、お会いするのは初めてですね。」
「ご機嫌よう、枢機卿。ベアトリス、此方はシャルル・グレン枢機卿よ。」
枢機卿は原作にはほとんど登場しないため、勝手に小太りの中年男性を想像していたのだが、予想に反して彼は淡い水色の髪に黒曜石のような瞳を持った耽美な美男子だった。だから私はそんな枢機卿を見て驚いたが、何故か枢機卿も私を見て目を見開く。何で彼も私を見ておどろくんだろうと疑問に思ったものの、途端にある重大なことを思い出した。
そうだ、教皇と枢機卿、大司教には会っちゃいけないんだった…!!
神聖力を扱える者は、相手が神聖力をどの程度持っているのか見ただけで分かるのだ。これは魔力においても言えることだが、神聖力を持つだけの者とは違って感覚として体内の神聖力を感じ取れることができる。
つまり私も枢機卿の神聖力が分かるのと同様に、枢機卿にも私の神聖力が分かってしまうということだ。
「第七皇女殿下、失礼ですが貴女は…」
「あーー!!私急にお手洗いに行きたくなってきました!レジーナ、案内してくれない?!」
「え?か、かしこまりました。」
「…」
「もう、ベアトリスったら枢機卿のお話を遮っちゃダメでしょ?レディたるもの人のお話は最後までしっかり聞くものよ。」
「…いえ、私のことはお気になさらず。ただ皇女殿下が噂通り可愛らしいお方だと思っただけですので。」
「あら、そう?」
枢機卿は人好きのする笑顔を浮かべてそう言った。いや今確実に私に神聖力のこと言おうとしてたよね?もしかして察して見逃してくれた…?
何はともあれこれ以上此処で枢機卿と一緒にいるのは良くないと思い、レジーナにお手洗いに連れて行ってもらって席を外したのだが、これが失敗だった。
「ベアトリス、一週間後に枢機卿とお茶をする約束を取り付けたから失礼のないようにするのよ。」
「…え?」
ひとまず(私のゴリ押しによって)イヴォンヌを連れて帰ることに成功し、ほくほくしながら乗っていた帰りの馬車で笑顔の母からそんな爆弾が投下された。
み、見逃してくれた訳じゃなかった…!さてどうやって言い逃れしようかと私はがっくり肩を落とすのだった。
「イヴ、このクッキーも食べてみて。すっごく美味しいわよ!」
「あ、ありがとうございます、ベアトリス様。」
多少の代償はあったものの、イヴォンヌを連れて帰ることができたのは大きな成果だった。彼女が未来の聖女という逸材であることもそうだが、何よりイヴォンヌはとても可愛く愛らしいので日々の癒やしができた。
私はイヴォンヌを愛称で呼ぶようになったけど、イヴォンヌはまだ緊張しているのか何処か固い。いつか打ち解けてくれたら良いな。
「また聖書を読んでるの?絶対この絵本の方が面白いのに。」
「聖書を読むのが習慣だったので…。」
あの地下室の中で唯一イヴォンヌが持っていた物だ。どうやら聖書を読んで体内で神聖力を練る訓練をしていると神聖力を扱えるようになる事例が過去にあったことから、地下室の子供たちは皆聖書を配られていたらしい。
先天的に圧倒的な才能を持つベアトリスと異なり、直に聖女となるイヴォンヌの才能は後天的な物なようで、イヴォンヌは今はまだ神聖力は扱えないし量も質も他の神官と大差ない。こういう努力が功を奏したんだろうし、イヴォンヌはすごい努力家だ。
「聖書って何が書いてあるの?」
「帝国の絶対神テティス様の教えです。内容は…私たち人間がどんな存在なのかとかですかね。」
「ふーん、難しそうね。」
「おいベアトリス、ノアが呼んでる…って、何だこのちんちくりん!!」
「?!」
「テオお兄様!!ちんちくりんじゃなくてイヴォンヌですよ!」
「でも此奴皇族じゃないだろ?誰なんだよ。」
まだ五歳じゃデビュタントも迎えてないし何処の家門の奴か分かんねー、と大声で言うテオに怯えてイヴォンヌは私の後ろに隠れてしまった。
あーもう、イヴォンヌは人見知りだし怖がりだからノアは兎も角気性が激しいレナルドとテオには会わせないようにしてたのに!
「イヴは神殿出身で、私の友達です。」
「神殿出身…って、お前が神殿から連れてきたっていうガキのことかよ!第七皇女が神殿から孤児連れてきたって噂になってたぞ!」
「ふん、お父様だって許可してくれましたし誰にも文句は言わせませんよ!」
「お前な〜…」
「でもまぁ良い機会ですし、テオお兄様も一緒に遊びませんか?ぜひイヴと友達になってください!」
「?!べ、ベアトリス様…?!わっ、私なんかが皇子殿下のお友達になんてなれるはずがありません…!」
「私とは友達になれたんだから大丈夫よ!お兄様もいいですよね?」
「俺?まぁ別に良いけど。孤児と話す機会なんて早々無いし面白そうじゃん!」
「さっすがテオお兄様!」
「だろ〜?じゃあ早速行くぞ!着いてこい、孤児!」
「えぇっ…?!」
イヴォンヌがテオに引っ張られて二人の姿がぐんぐん遠ざかる。うん、テオは気性は激しいけど好奇心旺盛で貴族にしては珍しく身分で人を見下したり差別したりしない質をしてるから、初対面のハードルは高いかもしれないけどイヴォンヌとも仲良くやってくれるだろう。これがレナルドとかだったら「はぁ?何でこの俺が孤児なんかと」くらいは言いそうだし、たまたま来たのがテオで良かった。
それでもまぁ優しくて知的なノアの方が良かったかなぁとも思ったが、私の想像より二人は相性が良いらしくどんどん仲良くなった。
物静かで聞き上手、おまけに素直なイヴォンヌと話したり何かするのは活発でお喋りなテオにとって楽しいものらしく、しょっちゅう皇女宮に来てはイヴォンヌを連れて遊びに出た。
「本当に仲良くなったよね。」
「テオお兄様とイヴですか?」
「そう。テオがあそこまで構うの珍しいよ。」
「ですね〜。まるで兄妹みたいです。」
「寂しくないの?」
「え?全然寂しくなんてないですよ。そういえば、
私明日は神殿に行かなきゃならない日ですし、テオお兄様にイヴォンヌの面倒を見てもらおうかなって考えてるんですけど大丈夫ですかね?」
「大丈夫だと思うよ。僕も一応見ておくから。…それより前から思ってたんだけどさ。」
「はい?」
「ベアトリスってバカなふりしてるけど実は結構賢いよね?」
「えっ」
よほどテオはイヴォンヌと二人で遊びたいのか、皇女宮に来る時は必ずノアを連れてきて私の相手をさせるようになった。
だから私は必然的にここ数日ノアと過ごすことが多かった訳だけど、木陰で私は絵本を、ノアは何か難しそうな小説を読んでいる時にそんな会話をした。ノアが言うには、初めて会った時から違和感は感じていたらしい。
「何を隠してるの?」
「や、やだなぁノアお兄様、私のことをそんなふうに思っててくれたなんて嬉しいです!えへへ、そんな賢く見えますか?眼鏡とか掛けちゃおうかな〜?」
「…ま、別に今話してくれなくてもいいけど。何かあったら僕のこと頼ってもいいんだからね。」
ベアトリスは僕の妹なんだから、とノアは小さな声で付け足した。見ると、そっぽを向いているので表情は見えなかったが耳が若干赤くなっている。
「あっ照れてる!照れてますね、お兄様!」
「うるさい。でもやっぱり気をつけなよ、僕みたいにちょっと人のこと観察するのが得意な人にだとすぐバレるから慎重にね。」
この時は「ノアお兄様が頭良すぎるだけじゃないですか?」と言ったものだが、次の日私はノアの言葉を身に染みて実感することとなる。




