12 神殿の隠された地下室
「(うわ、暗いし寒い…、別邸の地下牢より酷い環境だ。)」
此処にいる子供たちは皆目に生気を失い、ただ茫然と時が過ぎるのを待っているように見えた。神官用の服ではあるがボロボロの物を身に纏い、十分な食べ物を与えられていないのか痩せこけている。私のような人間が来るのは珍しいらしく、目を見開いてまじまじと此方を見る子もいれば、ただちらりと一瞥するだけの子もいた。
“ベアトリス”として生まれた以上、今は無理でも絶対に助けるからねと心の中で呟きつつ、目当ての子を探す。
世界各国から攫ってきた子供もいるから人数が多いし、何より広い。長く続く地下室をしばらく歩いて、ついに一際目立つ桃色の髪の少女を見つけた。 私に気づいたのか、怯えたようなエメラルドの瞳が此方をじっと見る。
「怖がらないで、私は貴女を此処から出しに来たの。一緒に外に出よう。」
「え…」
この少女はイヴォンヌ・エイプリル。原作でベアトリス亡き後、聖女にまで上り詰めた逸材だ。
「もしかしてお姫様…?お姫様ですか?」
「え?うん、まぁ…?」
皇女だからお姫様ってことになるよね?私が頷くと、イヴォンヌは涙をはらはらと流し出した。
「私、ずっと夢で見てました…、お姫様が、私を助けてくれる夢。来てくれて本当にありがとうございます、お姫様。」
「…」
イヴォンヌの神聖力は本物だ。彼女の言う“夢”は、極限状態に置かれた強い神聖力を持つ者が見る予知夢のことだろう。
ベアトリスに匹敵するほどの質と量の神聖力、今イヴォンヌを助ける理由はそれだ。だから私は感謝されるようなことをしていないし、むしろこんな邪な考えから善人ぶって彼女を助けようとしていることを謝らなくてはならないほどなのに。
申し訳なさから胸がズキズキと傷んで、泣いているイヴォンヌの髪を、私はそっと撫でた。
「私はベアトリス・デル・フィニアン。貴女、名前は?」
「名前…一五六です。」
「一五六?此処ではそう呼ばれてきたかもしないけど…、それまでの本当の名前は?」
「その、私は捨て子だったので…」
「…そうなのね。じゃあ今日から貴女の名前イヴォンヌよ。」
「イヴォンヌ?」
「そう、イヴォンヌ。」
原作でもきっとベアトリスが名付けてあげただろうから、私が今付けても問題はないだろう。エイプリルの姓は聖女になる時に爵位が与えられて得たものみたいだしまだ先になるけど。イヴォンヌは名前が気に入ったのか嬉しそうに顔を綻ばせた。
「よし、じゃあ誰か来ないうちに此処を開けるわよ。ちょっと待ってね。」
この時のためにテオから教えてもらったピッキング技術を生かし、カチャカチャと鍵を弄る。ほどなくしてカチャンと鍵が外れた。
「できた!さ、早く地上へ…」
「全く、エセルレッド教皇猊下もシャルル枢機卿も面倒くせぇよなぁ。」
「本当だよ。全員に平等にしろとかどんな綺麗事だっつーの。」
「このガキ共のことがバレたら大変なことになりそうだな。」
「そうだな。けど正直此処までの規模だとバレるのも時間の問題だろ。それまでに早く大司教様が教皇に、司教様が枢機卿になってくれればなー。」
神官二人が会話する声が聞こえた。コツコツと石段を叩く無機質な足音が響く。見回りだろうか。まずい、此処にいることがバレたら…皇女の私はさすがに殺されはしないだろうけど、イヴォンヌはどうなってしまうか分からない。
震える彼女をぎゅっと抱き締めた。そうだ、私がしっかりしないと。責任を持ってこの子を守らなきゃ。足音は段々と此方に近づいてくる。
「…始まる…」
イヴォンヌがぽつりと呟いた。始まるって何を?、そう聞こうとしたが、聞く前に分かってしまった。足音は私たちのいる奥までは来ずに、少し手前で止まった。そしてキィと別の牢の扉が開けられる。
「ほーら、ガキ共お待ちかねの実験だぞ。今日は一一三、お前だ。」
「あ、あぁ…どうか、どうかお許しを…!!」
次の瞬間、一一三と呼ばれた少年の悲鳴が響き渡った。グチャ、グチャと嫌な音がする。聞かせたくなくて、私はイヴォンヌの耳を塞いだ。
「やっぱり肉体に混じってる神聖力の濃度が落ちてるな。こりゃ大司教様に報告だ。」
「そうだな。じゃあ次はこの薬の効果だ。傷口に塗ってどれくらいの効果が出るのか…」
「っうぅ…っ」
時折聞こえる少年の呻き声。神官たちの下品な笑い声。この時間が永遠に続くかのように感じられたが、しばらくして実験は終わったらしくようやく神官たちの足音が遠ざかっていった。
「…早く出よう。」
私はイヴォンヌの手を引き足を進めた。途中さっき実験をされていたらしい少年の牢に近付き、驚く少年に神聖力を注ぐ。するとぐちゃぐちゃで見るに耐えなかった患部はみるみるうちに塞がっていった。
「ごめん、ごめんなさい。必ず助けに来るから。」
「あ…」
力のない自分が初めて情けないと思った。少年は疲れ切り衰弱していたので、私の言葉に対して何か返事を言うことは無かった。
「…わぁ。」
イヴォンヌはそれまでずっと黙っていたが、地上に出るとその眩しさに目を細め、そしておそらくは生まれて初めて目にするであろう太陽の光に瞳を輝かせ感嘆の声を漏らした。地下室から一歩外に出れば、光に包まれる礼拝堂はとても美しいのだ。
「此処は本当に地下室と同じ世界ですか…?」
「うん。地下室の外には、まだまだ綺麗なところがたくさんあるよ。」
彼女の持つ桃の髪もエメラルドの瞳も、暗い地下室なんかよりも明るい礼拝堂の方がずっと似合う。当初の“ベアトリスの代わりとなる神聖力の持ち主を探す”という目標はひとまずクリアした訳だし、これからこの子にはできるだけたくさんの美しいものを見せてあげたいと思った。
「ベアトリス、お祈りはもういいの?…って、その子は?」
「!」
「あっ、お母様。」
びくりとイヴォンヌの肩が震え、私の後ろにサッと隠れてしまったので、「大丈夫よ」小さく声をかけてから不思議そうな顔をしている母に向き直る。
「私の新しいお友達です。イヴォンヌっていうんですよ!」
「あら、そうなの。神官の服を着ているようだけど…この子のこと知ってる?レジーナ。」
「いいえ、神官で桃髪の少女はいないかと…」
「じゃあ平民かしら?神殿に入り込んじゃったのね。」
「ねぇ、イヴォンヌは帰る場所がないと言うんです。一緒に帰っちゃダメですか?」
「えぇ?!」
いきなりの提案にさすがの母も驚いたらしい。けれど此処で引き下がってはいけない。押せ押せの精神だ。
「さすがに出自の分からない平民を皇宮に招き入れたりしたら陛下が怒るんじゃないかしら…」
「お父様には私が一生のお願いをします!お願いです、皇宮に住まわせてくれとは言いませんから!私このままイヴォンヌに会えなくなるのは嫌です…。」
「それならば、神殿でその子を引き取りましょうか?」
すると急に背後から声が聞こえた。




