あぁ、あいつなら知っているよ。本当にクソみたいな人間だ。
ある日から僕の心に平穏という日々が消えた。
「死ね!」
学校に行こうとした途端、曲がり角を曲がればこれだ。
包丁を持った小汚い中年が子供みたいに叫びながら突進してくる。
「はいはい」
それを僕は苦もなく避けて、よろけた彼の身体を突き飛ばして転んだ頭に踵を何度も振り落とす。
痛みや悲鳴、そして許しを請う言葉を無視して僕は彼の頭の上に全体重を乗せて飛び乗る。
「謝るくらいならすんなよ」
手向けの言葉と共に足を通して心地良い感覚が全身に流れる。
首の骨が折れ、命が失われたのだ。
「……大丈夫?」
物陰から見ていた幼馴染の彼女が震えながら問う。
「あぁ。見ての通り。ごめんね、毎日毎日」
「いや、私はいいんだけど……」
少し震えている彼女の身体をそっと抱きしめる。
そんな僕らの前で中年の遺体がまるで存在もしていなかったかのように消え去っていった。
「まったく。いい迷惑だよ」
彼女はまだ震えていた。
当然か。
目の前で人が死んだだけじゃなく、消え去っていくなんて……正気じゃいられないに決まっている。
「ごめんね。僕のせいで」
「ううん、私は大丈夫なの。だけど……」
何か言おうとする彼女の頭を優しく撫でる。
僕の身に起こる理不尽なことを知りながらも一緒に居てくれる。
――まったく、本当に僕には過ぎる恋人だ。
***
自分で言うのもなんだが僕は文武両道の人間だ。
ついでに言えば顔も性格も悪くない。
誰からも好かれる人間って奴か。
そんなもって生まれた才能があるのに加えて運にも恵まれている。
――何せ、こんな事が起こるのを事前に知ることが出来たのだから。
***
「ねえ。本当にこれどうしようもないのかな」
「あぁ。そうらしい」
「警察に言おうよ!」
「こいつら僕と君にしか見えないみたいだし警察にもどうしようもないよ」
「そうだけど……」
彼女は僕の胸の中でさめざめと泣いてた。
あの気味の悪い中年が『毎日のように』襲ってくるのには理由がある。
「私。信じられないよ。あんな気持ち悪いおじさんが……並行世界のあなたなんて」
そう。
あの中年男共は並行世界の僕らしい。
俄かには信じられないが『一人目』がそう教えてくれた。
『俺達は許せねえんだよ! ただ一人【成功】し、全てを手に入れた自分自身が!!』
要するにだ。
並行世界の僕『達』は自分のあまりにも惨めな人生が許せず、並行世界へ移動できる装置を造ったらしい。
それでどの世界の僕も失敗していたことで自ら傷の舐め合いをしていたのだが、唯一の例外である【僕】を見つけてブチギレて毎日のようにこうして自分殺しをしようとしているというわけだ。
「僕だって信じられないし、信じていないよ」
「でしょ!?」
「あぁ。本当にな」
よく分からないがあいつらが僕に固執する理由は彼女にもあるらしい。
大方、並行世界の僕は彼女にもこっぴどく振られたに違いない。
「私、断言するよ。どんな世界で何があろうとあんな人間にあなたは絶対にならないって!」
不器用にも僕を慰めようとしてくれている彼女を愛おしく抱きしめる。
「ありがとう」
そして、抱きしめながら心の中で呟くのだ。
むしろ、僕からすれば『生々しいくらいのリアルさ』があるんだけど。
――って。




