殿下、その婚約破棄宣言何度目ですか?
シルヴィア王国立学園──そのメインホール。
三か月に一度の恒例パーティが、今まさに開催されている。
もう殆どの生徒が会場にいる中、私はヒールの音を響かせながら会場へ向かっていた。
理由は単純。ぎりぎりまで論文を書いていたせいで、ちょっとしたトラブルから開始時間に遅れてしまったのだ。
もちろん、同い年の婚約者は迎えにも来ないし、会場近くで待ってもいない。
あの人はきっと、別の女性と一緒なのだろう。
扉の前に立つと、衛兵が恭しく礼をして重い扉を開ける。
直後、好奇の視線が一斉にこちらへ集まった。
当たり前だろう。公爵令嬢であるシャナ・メルビスが、パートナーも付けずにひとりで現れたのだから。
しかし、集まった生徒たちはいつも通りに挨拶してきて、さらっと「大変ですね」とか声までかけてくる。
……この空気、もしかして。
「やっと来たか、シャナ・メルビス!」
やはり。
「王太子の名をもって、お前との婚約を破棄する!」
はい、いつものです。
✤✤✤✤
「……婚約破棄、と仰いましたか。殿下」
カイン・シルヴィア。
シルヴィア王家現国王夫妻の一人息子で、第一王位継承権を持つ王太子。
頭は悪くない。勉学も剣の腕も優秀。なのに、恋愛面は壊滅的で、私の気を引きたいがためにほかのご令嬢を口説くという訳の分からない戦術をとる。
「これで婚約破棄を言い渡されたの……十八回目ですわね」
学園に入学してから四年の間で、十八回だ。
「こっ、今回は本気だぞ!」
「カイン様……わたし怖いです……」
今日の「駒」には、カインの腕にしがみついているモニカ・コルテ男爵令嬢を選んだらしい。
男爵家とはいえ元は商家の出身の彼女は、まだ学園に編入して日も浅い。
だから彼女はこれは半日常的に行われる恒例行事なのだということを知らないのだろう。
いつも、このように令嬢をひっかけては私のところに連れてきて、それがダメなら次から次へ。それが四年で十八回目。
それでも最近はすぐに捨てられるという噂が広まって、この王太子に本気になるご令嬢は少なくなっていたが。
「シャナ!お前はモニカを虐めていたらしいではないか!」
「……は?」
「モニカは辛いと泣いていたんだぞ!」
「わ、わたし……あの、廊下ですれ違ったとき睨まれて、それで、怖くって……」
……もしかしてそれ、ただ廊下ですれ違っただけでは?
この令嬢のことは本当に記憶が無いので、恐らくそうだ。
「睨む…ですか?私がコルテ男爵令嬢を睨む理由がありませんわ」
「理由ならある!お前は嫉妬しているんだろう!」
「は?」
「俺がモニカと仲良くしているから!婚約者としてさぞ肩身が狭…」
「くはありませんでしたよ」
「えっ」
「肩身は狭くありませんでしたよ」
「な!」
少し言い返してみると、自信満々だった彼の顔がぺしょりとしぼんだ。
「どちらかというと…呆れ、ですわね」
「……お前は、俺が他のやつといても構わないのか…?」
ぷるぷると震えている姿に、ふふ、と思わず笑いが漏れた。
「殿下は、そのままでよろしいのですよ」
──それにしても、こんな方法をとって婚約破棄を私が本気にしてしまうことを考慮していないところが、なんとも愛らしい。
「シャナ……!」
会場の空気がゆるむ。コルテ男爵令嬢は、いつの間にか退場していた。
「それはそれと殿下、これはパーティです。場を乱すのは王太子としていかがなものかと──」
「シャナ……」
「……」
場の全員が、ほぼ同じタイミングで顔を覆った。
✤✤✤✤
──結論から言えば、この場で婚約は破棄されなかった。
というか、されるはずがないのだ。本人にそもそもその気がないし、国王陛下が耳に入るや否や即却下なさった。
翌日。王城に呼び出された私は、国王夫妻から直々に詫びの言葉を受けた。
「シャナ、我が愚息がまた婚約破棄などと……」
「本当に申し訳ないわ」
「いえ、もう慣れておりますので。大丈夫ですわ」
「慣れてはいけないのだがな……」
陛下は深くため息をついた。
「せめてもう少しマシなやりかたはないのかと、少し話をしておくよ。すまなかったね」
✤✤✤✤
ちなみに、殿下の「他の子と仲良く大作戦」は過去13回も全て失敗に終わっている。
私が特に何もしなくても、2日ほど経てば「やっぱりお前がいい」と自然と私の所へ戻ってくるのだ。
……猫より帰巣本能の強い王太子である。
そして数週間後。
学園の廊下で、またも息巻いた王太子と別の貴族令嬢に遭遇した。
──またですか。スパン短くなってませんか?
「シャナ・メルビス! 王太子の名をもって──」
「殿下、それ十九回目です」
「そっ、そんなにか??いや、今回はもっと凄い作戦が…」
このアホ、一体どうしてくれようか。