朝日の元に湧き上がる衝動
温泉でシラノとの仲を深めた俺は、帰宅するなり意気揚々とした面持ちでベッドに飛び込んだ。最初にベッドに寝転んだ時よりもずっと心地よく感じる。俺はそのまま目を閉じ、深い眠りへと落ちた。
次の日、俺は大きなテーブルを一人で占領して朝食を食べながら、求人票をパラパラとめくっていた。昨日の温泉の帰りにホド姉さんから職に就くことを勧められたのだ。ルカ姉からはスパイになろうと誘われたが、それは丁重に断らせてもらった。本当は誰かに相談したいところだが、あいにく今日はみんなそれぞれ朝早くから外出しているのでそれも出来ない。そういう訳でこの広いテーブルもなんだか退屈そうな顔をしている。
「はあ…郊外の魔物討伐に地下ダンジョンの探索…どうしてこうも危険な仕事ばかり…大体誰がこんな求人票持って来たんだ…?」
どれだけページをめくろうと、目に入るのは戦闘能力を必要とするような危険な仕事ばかりである。「イシ」の加護があるとはいえ、それ以外はろくに魔法も使えない普通の高校生である俺にとっては全て大手企業のようにしか見えないのだ。
「…やめた!こんなことならやっぱりしばらくはニートだ!」
俺は求人票を乱暴に机に叩きつけた。諦めて朝食を平らげようとした時、玄関のドアがゆっくりと開く音がした。
「ん?誰か帰って来たのか?」
しばらくしてから、リビングに入って来たのは、シラノだった。何やら大きな袋をいくつも手に下げている。華奢な体が故か、少し辛そうに息を荒げている。
「はぁ、はぁ、ただいまです、ソウタさん…」
「シラノ?随分早かったな。そんなに沢山の荷物をこんな短時間で買って来たのか?」
「はい。限定品だったので、急いで買い漁って来たんです。本当はお昼ご飯でも食べてこようかなって思ってたんですけど、早く開封したかったのでもう撤退して来ました」
シラノはそう言うとテーブルの上にたくさんの袋を並べ、興奮したように笑みを浮かべながら、袋の中を漁り始めた。
「ソウタさんにも見せてあげます。私のコレクションです」
シラノが袋の中から自信満々に取り出してきたものを見て、俺はギョッとした。これは、なんというか、このくらいの女の子が好みそうなものとは到底思えない代物だ。
「えっと…シラノ、これは一体…」
「何って、古代のアーティファクトですよ?これは髪の毛を一センチ伸ばすやつで、こっちはドラゴンの鱗をピンク色にするやつ…あ、こっちなんて、隣のおばさんと取り合いになって…」
シラノの話はこのあとかなり長く続いた。話し終えた頃には朝食に飲んでいたスープがすっかり冷めてしまっていた。
「…そっ、そうなんだな…まぁ、そういうのも良いと思うぞ、うん」
終盤ほとんど内容が入って来ていなかったが、俺はそれっぽい言葉でなんとか受け流した。
「…すみません、ここまで話を聞いてもらって…」
「いや、良いんだ…これとかさ…」
俺は少しでも興味を持ったように見せるためにテーブルにずらりと並べられたアーティファクトに手を伸ばした。するとその手の上からシラノの小さな手がそっと蓋をするように覆い被さってきた。
「あ、それは…」
「え、ああ、触っちゃまずかったか?」
「いっ、いえ、そういう訳じゃなくて、ちょっと調整が必要だったので…でも、そんなのもう、どうでもいいかもです」
今まで平常心だったシラノの表情が話の最中に急に曇った。それはアーティファクトのこととは特に関係無いようだが、経験上なんだか嫌な予感がする。
「…ソウタさん、私の部屋にお招きします。ついて来てください」
「え、いいけど…」
シラノはテーブルの上のアーティファクトを全て袋の中に戻すと、こちらを見向きもせずに真っ直ぐ二階にあるシラノの部屋へと向かった。
「…どうぞ」
俺はシラノの後を追い、シラノの部屋の中に恐る恐る足を踏み入れた。部屋の中には呪われるのではなかろうかという程の数のアーティファクトが所狭しと並べられている。
「なあシラノ、何をするんだ?」
「…ソウタさん、悪く思わないでくださいね」
そう言うとシラノは部屋の鍵を閉め、俺を部屋にあったアーティファクトの力で出した魔法陣に縛りつけた。シラノの荒い息遣いが俺の目に拭いきれない恐怖と不気味さを植え付けてくる。この瞬間、俺は理解した。このあと俺はこいつを殺すのだと。
「!?シラノ…お前…!?」
「すみませんソウタさん、悪く思わないでください。ソウタさんに触れていいのは、私だけなんです」
そう言ってシラノは俺の体にそっと抱きついてきた。息が荒い。今シラノはどう言う感情なのだろうか…何にせよ確実に言えるのは、シラノがこんな状態になっているのは間違いなく俺の力のせいだということだ。俺はシラノを引き剥がそうとしたが、体の動きが魔法陣で封じられているせいで指一つ動かすことが出来ない。
「…シラノ!お前、なんで…!」
「私、男の人を見たのは初めてだったんです。あなたのガッチリとした体を見て、そして肌で感じた瞬間思いました。これを感じていいのは私だけだって。だから他の誰にも触れさせません。ずっと私のものにしてあげます」
シラノは不気味な笑みを浮かべ、俺の手を取った。そしてそのまま自分の頬に押し付け、息を荒げながら俺の手を擦り続けた。
「ああ、これです!この硬いけど安心感のある感じ…!はぁはぁ、もう一生離しません!」
「…シラノ…お前、男の人を見たのは初めてだって言ったけど、それってどういう事なんだ?」
単純な疑問だ。今朝だって街に出かけていたのだから、これまでだって街で男の人に会っているはずだ。しかしそれを聞くと、シラノは俺の手を離し、不思議そうな顔をした。
「ソウタさん…あなた、本当に何も知らないんですね。この国にはそもそも男の人はいないんですよ?」
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