二度目の一日目は明るく
だんだんと意識が戻ってきた。周囲はさっきまで黒と「赤」に包まれていたが、今は柔らかな光に包まれている。まるで俺が転移してきた直後のような…そうだ、俺はイシの力で過去に戻されたのだ。
「ここは…聖炎の宿の玄関…?本当に過去に戻ってきたのか…そうだホド姉さん!彼女は…!?」
俺はさっきまでのことを思い出した。ホド姉さん…俺が殺した人だ。イシの話だと、彼女はもう俺の力に囚われていないはずである。俺は恐る恐るドアをノックした。
「…はい」
あの時と同じだ。華奢な体つきをした少女の声がドアの向こうから聞こえてきた。しばらくしてからドアが開いて、そこから出て来たのはやはりシラノだった。疑り深く、怯えた目をしている。
「…えっと、どなたですか?何のご用で…」
「俺は八乙女 操太。今日から君の家族になる男だ」
「え…?何を言って…」
「男子禁制は最近解除されただろ?そんなことよりホドね…ホドさんはいる?」
俺はとにかくホド姉さんの様子が気になって、困惑するシラノとの会話をまるでイベントスキップのようにさらりと受け流した。そしてシラノと体がぶつかってしまいながら半ば強引に家の中へと体を押し込む。
「んあっ…ちょっと…わかりましたから…今呼びますから…ほっ、ホド姉さん!助けて!」
シラノはホド姉さんを呼んだ。いや、呼んだというよりかは助けを求めたと言った方が正しいかもしれないが。その後程なくして、ドタバタと慌ただしい足音を立てながらホド姉さんが玄関に顔を出した。初めて会った時と同じ、綺麗な黒髪だ。
「シラノちゃんどうしたの…って、何だ…ソウタ君か…初めまして、ホド・ヤヌデルだよ。ホド姉さんって呼んでくれていいよ?みんなそう呼んでるんだ。こっちはシラノ・シヴァルーベルちゃん。ようこそ、聖炎の宿へ!」
「あ……はい…!よろしくお願いします」
ホド姉さんは明るい笑顔で迎えてくれた。ついさっきあんなことがあったなんて知る由も無いだろう。俺は安堵と罪悪感が複雑に入り混ざった感情を胸に、二度目の初日を始めた。
それからの事は対して一週目と変わらなかった。部屋に案内された後、ホド姉さんは意気揚々と階段を駆け降りていく。そんなホド姉さんを、自責の念からだろうか、何となく哀愁漂うような目で俺が見送る…といった具合だ。ただ一つだけ違うところがあるとすれば、俺は今回ベッドで寝る事はしなかった。その影響でエルマと話すこともなく、俺は時間が来る少し前にはリビングへと足を運んでいた。
リビングの奥にあるキッチンからはホド姉さんの心地の良い包丁の音が聞こえてくる。横ではシラノもタマネギのような野菜をぎこちない手つきで切っている。必死に涙を堪えている様が何とも子供らしく、本当に妹を持ったかのように思えてくる。そんな二人を観察していると、横から突然活力に溢れた声が響いた。気配が全くしなかった…大体誰かは想像がつく。
「わっ!ぼーっとして、何してるの?」
「うわっ、びっくりした…!ルk…じゃなくて、あなたの名前は…?」
「ウチはルカネ。ルカネ・ストークだよ!ルカ姉って呼んでね!こう見えてスパイやってるんだ!」
ルカ姉はやっぱり眩しい笑顔を放っていた。それにしても、初対面からいきなり脅かしてくるとはなんともルカ姉らしい。
(ちょうど良い機会だし…ルカ姉のこともう少し知っておこうかな…)
俺はルカ姉について少し質問をすることにした。この少女は一見オープンに見えて意外にも謎が多いのだ。
「えっと、ルカ姉、スパイってどんなことをやってるんですか?」
俺の質問にルカ姉は一瞬困ったような表情を見せた。しかし一呼吸置いてから再び明るい笑顔を浮かべて、親切に答えてくれた。
「ソウタ君…だったっけ?君はスパイって聞くと、都市の商業連盟とか敵国の情報を盗んだり、待ち受ける敵の工作員とド派手な戦闘を繰り広げたり…なんてのを思い浮かべるかもだけど、実際そんなに派手な事はしないんだ。ウチなんかがする仕事っていったら、せいぜい小癪な手段を使って敵から得た情報をそこそこの値段で民間の情報屋に売るくらいでさ」
ルカ姉は気恥ずかしそうな表情を浮かべながら頭をぽりぽりとかく。何となくまだ隠していることがありそうではあるが、身内としてここは詮索しないでおこう。
「そうなんですね…でも、それも立派なスパイだと思いますよ?誰でも出来ることじゃないですし」
「あっはは…問題は結果じゃなくて過程なんだよなぁ…ええと、そう!そういえばソウタ君も何となくスパイっぽいよね!さっきからホド姉さんとシラノちゃんのことずっと観察してるの知ってるんだからね!」
ルカ姉は焦った様子で話題を逸らし、俺をからかうようにして顔を寄せてきた。
「えっ!?いや、別に変な事は考えてないですからね!?」
「わかってるよ。ウチはスパイだからね。人の心はある程度読めるの。そんなことより、そろそろ料理が出来上がる頃じゃないかな!あ、ほら!いっぱい運ばれて来たよ!」
それから俺は住人たちの紹介を聞いて、テーブルにこれでもかと並べられた豪華な料理をみんなと平らげた。この料理を食べるのは二度目だが、一度目のように全く飽きずに食べ進めることができた。そしてやはりホムボムは美味かった…
歓迎会が終わった頃、外はすっかり日が暮れ、やけに明るく見える月が目線の上まで登って来ていた。俺は部屋に戻った後、今後について考えてみることにした。今後俺が殺す家族のことだ。ホド姉さんは一度殺しているので当分対峙することはないだろう。会話の定義がどこまで当てはまるのかがわからないが、今日一番話しているのは間違いなくルカ姉だ。だとすると次に対峙するのはルカ姉である可能性が高い。
「…ルカ姉…やっぱり殺すしか無いのか…だとすれば、現役のスパイだもんな…用心した方が良さそうだ…」
俺はゆっくりと深呼吸をしてから、ベッドに横になった。現役のスパイであるルカ姉を本当に殺せるのか…もしもホド姉さんの時のように躊躇ってしまうことがあったのなら、俺はあっさりとルカ姉に殺されてしまうだろう。そんなことを考えていたら急に眠気がきてしまった。俺は今日という日がこれ以上繰り返されないことを切に願いながらそっと目を閉じる。襲いくる睡魔に身を委ね、このまま寝てしまおうとしていた時、誰かが勢いよくドアを開けて入ってきた。俺は驚いてベッドから飛び起きた。
(おいおい嘘だろ…?ホド姉さんでもノックくらいしたぜ?)
…そこにいたのは案の定ルカ姉だった。殺意をまるで感じさせないニコニコの笑顔で俺の前に立っている。
「ヤッホー!ソウタ君!迎えに来たよ!」
「る、ルカ姉!?えっと…どうしたんですか?」
俺は全身を震わせながらもそっと拳に力を入れた。その間にもルカ姉は一歩一歩俺の方へ歩みを進めている。
「?…どうしたもなにも…」
「…!」
「お風呂、行こっ!まだまだ聖炎の宿の歓迎は終わってないよー!」
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