主人公が世界に愛されているとは限らない
「…はい、どうぞ」
歓迎会の日の夜、重々しい雰囲気を纏って突然やってきたホド姉さんに困惑しつつも、俺はドアを開けてホド姉さんを部屋の中に招き入れた。声には微妙な違和感があったが、顔を見てみると寝る前と変わらないにこやかな笑みを浮かべている。
「ありがとう、ソウタ君」
「それで、聞きたいことがあるって、何ですか?」
「えへへ、それはね…」
次の瞬間、ホド姉さんは微笑を浮かべながら俺の目を見つめて来たかと思うと、ベッドの上に俺を押し倒し、俺の首元にナイフを突き立てた。
「!…何を…!?だっ、誰か…!」
「騒いだって無駄だよ。他の子達には睡眠薬で眠って貰ってるから。…正直に答えてくれればそれでいいの。君は、今日家族たちを見てどう思った?」
ホド姉さんは急に顔から笑みを消して俺に問い詰める。…この感じ、少しでもへまをすれば俺の命は無いだろう。彼女は本気だ。ナイフを握っている右手には一つの迷いも感じられない。
「…どうって…別に何とも…」
「嘘をつかないで」
ホド姉さんは俺の首に突き立てたナイフの刃を少し食い込ませた。
「…!」
「じゃあルカネちゃんは?君、あの子といる時すごく楽しそうだったよね?」
「…確かに、ルカ姉といると自然と前向きな気持ちになれる気がしますけど…」
「それって何?自分とルカネちゃんは相性抜群とでも言いたいの?私の方が長く話してるのに?何もわからない君を今日導いてあげたのは私だっていうのに?」
ホド姉さんはさらにナイフの刃を食い込ませてくる。痛い…恐らくもう血が出ているのだろう。
「…ホド姉さんには…とても感謝してます…でも、関係を深めるのにはまだ…時間が…」
「じゃあルカネちゃんは何なの!?『ルカ姉』なんて呼んじゃってさあ!?へえ、私なんか恋愛対象外なんだ。おばさんは恋愛する権利すらないんだ。このまま一人寂しく死ねば良いんだ」
嫉妬に狂い、被害妄想を膨らませ、独占欲を爆発させる…もはや狂気しか感じない。今のホド姉さんは理性を失った獣のようだ。
「ちょ、そこまで言ってないじゃないですか!?思考が飛躍しすぎてますよ!?…っていうか、ホド姉さんって俺のこと…」
「そうだよ!なんか文句あるの!?私に好かれて文句でもあるの!?もういい、君なんて、死んでしまえ!」
そう言ってホド姉さんは鬼のような形相でナイフを俺に振り下ろしてくる。もうダメかと思ったその時、俺は気がつくと何もない真っ白な空間に一人ポツンと立っていた。
「ここは…なんだ?あの世か?…いや、刺された感触が無かった…俺はまだ死んでない…?」
「そう、君はまだ死んでない」
俺が戸惑いを隠せず辺りをキョロキョロとしていると、突然何も無かったはずのところから一人の少女が現れた。ただしその姿は全身真っ黒の影のような存在で、人間というより魔物といった方が近いような気がする。
「うわぁ!何だこの化け物!?」
「化け物とは失礼だな…ボクは《君が生み出した世界》の化身だよ?呼び名は特にないけど…そうだな、『イシ』とでも呼んでくれ。今はこの世界自体が不完全だからボクの体も不完全な姿でしか形成されてないんだ」
少女…イシの声は淡々としていた。どんな表情をしているか全く見えないが、たいして俺に興味を示していないような顔をしているのだろう。
「イシ?…『世界の意思』ってことか…?よくわかんねぇけど、お前はこの世界についてどこまで知ってるんだ?」
「そりゃ、全てさ。世界の化身だからね。たとえば、ここは一時的にボクが作り出した精神世界。そしてこの精神世界の外に広がる世界は君が生み出した異世界だから、ボクは常に君の中にいるしか無いってこととか」
「つまり、この異世界は俺が生み出した世界で、お前は世界の化身だから、俺の存在に縛られてるって事か」
「そういうこと。君の思考だって読める。君はこの世界を恋愛シミュレーションゲームか何かのように考えてるみたいだけど、そんな甘いものじゃ無いからね?」
そう言ってイシはのそっと顔を寄せてくる。表情は見えないのに何となく嘲笑っているのを感じる気がする。
「…じゃあ俺はどうすれば良いんだよ!突然こんなところに召喚されて、今絶賛殺されかけてるんだぞ!?」
俺は寄ってきたイシ顔に自分の顔で寄って押し返した。
「ちょ、君から寄ってこないでよ…それで、どうすれば良いかって?そんなの簡単。君はボクのアドバイスの元、この地獄のゲームをハッピーエンドでクリアさせればいいの。今から君にはそのカギを教えようと思う」
「カギ…?」
「そう、君は自分に何の能力もないって思ってるみたいだけど、そんな事ない。君には、会話を交わした異性が強制的に自分に好意を抱くようになる、『狂恋』という立派な常時発動型のスキルが付いている。ただしこの力は強力すぎるが故、時折対象の愛が暴走してホドのようになってしまうことがあるんだ」
「ふーん…って、欠陥スキルじゃねえかよ!?」
そう言って俺はイシの胸ぐらを掴もうとするが、何も触れた感触がない。イシは冷静に一歩下がってまた話し始めた。
「まあ話は最後まで聞いてくれ。それに対する対処法がないわけじゃないんだ。愛の暴走に対抗する唯一の方法、それが、暴走した人間を殺してから、暴走する前の時間まで『世界の力』でタイムスリップすること。君のスキルは対象の命が尽きた時に効果を失うってことを利用するんだ。この世界では、一部の病気のように、スキルに対しても一定期間免疫がつく。つまり、スキルに免疫がついた状態を維持しつつ『世界の力』でそれを過去の時間軸に反映させて、一からやり直すっていうからくり。どう?単純でしょ?」
イシは淡々と説明するが、正直よくわからない。イシの力の全貌が見えない今、彼女の言う対処法というものをどこまで信用して良いのかわからないのだ。
「どこが単純なんだよ…でも要するにそれって…俺がホド姉さんを殺すってことだよな…それに、その言い方だと、しばらく経ったらまた暴走しだすんじゃ」
「大丈夫。これはこの世界の法則を使った方法なんだ。ボクの力を少し応用すれば…まぁそれでもしばらく経てばまた暴走する可能性が高いけど。でもそんな日常を過ごしながら突破口を見つけるのが君のやることだろう?んで、ホドを殺すのはさほど難しくないと思うよ?何てったって君にはボクの加護があるんだからね。次に現実に戻った時、君は凄まじい身体能力を手に入れているはずさ」
イシは無責任に適当な口ぶりで俺をあしらう。どうせ人がやることなのだから自分には関係ないと言うタイプなのではなかろうか。こんなのが俺から生まれたとは考えたくないが、間違いなく嫌われるやつだ。
「…聞こえてるからね」
「あ、」
「無駄口叩く暇があったらさっさと行ってくれば?」
俺はもう少しこいつに文句を言ってやろうと思ったが、この後すぐに周囲は眩い光に包まれた。そして気がつくと、目の前には鬼のような形相で俺にナイフを振り下ろしているホド姉さんがいた。
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