愛の鞭ってパワハラと履き違えてはいけない
ゲンマが去ったあと、俺はミュインの姉貴の指示で天井の修復を行なっていた。この世界の補修方法は何とも独特だ。魔法で錬成した建材を魔法を使って貼り付けていく…体力を使うことはないが、代わりに魔力の消費が多く、体の内側からどっと疲れが来る。
「これも修行だと思えー!そこの補修が終わったら次は床の掃き掃除…それに拭き掃除と魔力照明の修理もだ!」
「ひえー!?」
どういうわけか今日のミュインの姉貴は要求が多い。シラノの魔力はかなりの量があるが、それでもこうもずっと鞭を打たれていると流石に限界が来てしまう。
「しっかりやれよ?修行の一環なんだからな」
ミュインの姉貴の無理難題はこの後もしばらく続いた。そして夜明け近くになってすべての補修を終え、すっかり元通り、いや、もはや新築同様になった訓練場の中央に立つミュインの姉貴のもとに、俺は千鳥足になりながらやつれた顔で向かった。
「はあ…はあ…ミュインの姉貴…これで、いいですか…?」
「うむ…まあいいだろう。これは私の愛の鞭だ。明日からもまた励むように」
ミュインの姉貴はそう言うと奥の部屋に戻っていった。やっと解放される…そう思い、俺も部屋に戻ろうとした時、先ほど補修した訓練場の壁の鉄板が一枚剥がれ落ちた。終盤に補修した箇所だ。魔力が底をつきかけていた状態で補修したためうまく接着できていなかったのだろう。
「あ…壁が…まあいいか…また明日補修を…」
「おい」
魔力が底をつきかけていた俺はそのまま部屋に戻ろうとしたが、それを太い声が引き留めた。そして俺がそれに振り返る時にはすでに、光の宿っていない眼をして俺の肩を強く掴むミュインの姉貴の姿があった。
「…!?」
「おい、あれは何だ?なぜ落ちた?」
「すみません!もう魔力も底をつきかけていた状態だったので、うまくくっつけられてなかったみたいで…」
「魔力が底をつきかけて…ねぇ…根性が足りてないみたいだなぁ?」
そう言うとミュインの姉貴は俺の服の裾を掴み、音を置き去りにするほどの勢いで俺を鉄の壁に投げつけた。かなり頑丈なはずの壁が大きく凹んでいる…イシの力による身体強化がなければ普通に死んでいただろう…それでも死ぬほど痛いが…
「グハァ!?…何するんですか…!?」
「これもお前への愛の鞭だ。ヤオトメ ソウタ…私は、お前を誰よりも愛している…だからこそ、あえて罰を与えるのだ」
この感じ…久しぶりだ…おそらくミュインの姉貴は俺の力の影響を受けている。こうなった以上、少なからず戦闘は避けられない。だが魔力が減っているこの状況で、傭兵であるミュインの姉貴に勝つことが出来るのか…
「はあ…はあ…修復は明日必ずやります…だから…」
「ん?ああ、それなら別に明日やってもらって構わない。しかし…今は罰を受けてもらう時間だ。これは、愛の鞭…だからな……あーあ、お前が壁にぶつかったせいで壁が凹んでるじゃないか…これはまたお仕置きが必要みたいだな!」
ミュインの姉貴は再び俺に凄まじい速さで襲いかかってきた。この巨体から繰り出される速さとは思えないような…まさに電光石火の如き勢いだ。その風圧と共に俺の脳裏には「死」の一文字が鮮明に浮かび上がった。防ぐための指令が脳から筋肉に伝わるよりも先にミュインの姉貴の拳は俺の顔面目掛けて飛んでくる。しかし、走馬灯が走ろうかというタイミングで、少し離れた場所からよく見知った少女の震える声が聞こえてきた。
「…何、してるの…?何で二人が戦って…いや、ミュインが、一方的に殴ってるのかな…?」
「…!エルマ…!助け…」
助けて…そう言いかけたが、寸前で思い止まった。エルマに助けを求めるようなことをしてはならない…万が一ミュインの姉貴がエルマに本気を出そうものなら、どうなるかわからない。しかし俺の言い分を読み取ったのか、それに逆らうかのようにエルマはぎこちない笑顔を浮かべた。
「はは…あんた、アタシを舐めてるでしょ…でもね、どんなに弱くてもね、引けない時ってのがあるの…!いい!?あんたはアタシが助ける…黙って助けられてなさい!」
エルマはそう言って震える足を必死に前に出し、渾身の力で魔法を繰り出した。
「属性錬金付与・全属性・狂嵐!」
何色もの竜巻が訓練場の空間をかき乱すようにしてミュインの姉貴に襲いかかった。今まで見たものよりも威力が高いような気がする。しかしミュインの姉貴はそれに対し鼻で笑うと、拳を一発地面に撃ち付け、エルマのものよりもさらに強い爆風を起こして全ての竜巻を相殺してしまった。
「…今のやつ、魔力が一切こもってなかった…フィジカルだけでアタシの魔法を相殺したっていうの!?」
「…邪魔なんだよ…今は私とソウタが語り合ってるところだろう?お前みたいな弱い負け犬は要らないんだよ!」
ミュインの姉貴はそう言うと、瞬きする間もなくエルマの正面に接近し、そのまま頭部を掴んで遠くの壁まで投げ飛ばした。訓練場には凄まじい轟音が鳴り響き、エルマが打ち付けられた壁は俺の時よりも大きく凹みができていた。
「エルマ!!…ミュインの姉貴…いや、ミュイン!こんなことして、タダで済むと思うなよ!」
「ほう?お前もずいぶんでかい口を聞くようになったな…私は…こんなにもお前を愛していると言うのに…!」
次の瞬間、ミュインの姉貴は俺の前から一瞬にして消えたかと思うと、その直後には俺の顔面の間近にまで拳を迫らせていた。視界はその圧倒的な拳で埋め尽くされ、逃げる気力さえも失わせてくるほどだ。今度こそ死を覚悟したその時、脳内から幼なげな少女の声が響いてきた。
(…スイッチです、ソウタさん)
「…え?」
そして俺は引き込まれるような感覚と共に突然内側のシラノと体を入れ替えた。入れ替わるや否や、シラノは目にも止まらぬ速さでグラキエスを召喚し、ミュインの拳を弾き返した。
「…!その剣技…さてはシラノだな?…余計な真似を…」
(シラノお前…今まで何を…てか、魔法まだ使えたのか!?)
「私くらいになると、魔力の貯蓄くらいはしておくものです。実は私、ミュインさんが暴走し始めたあたりからずっと、私の残った全魔力を凝縮していました…今なら、一撃でミュインさんを葬れます」
そう言ってシラノはグラキエスを両手で持ち、胸元で構えた。今まで見たこと無いほどに魔力は練り上げられており、その氷の冷たさや悍ましさがひしひしと伝わってくる。
(待てシラノ…!本当にやるのか…?それをやったら、ミュインは…!)
「ええ、木っ端微塵です。たとえミュインさんでも。…でも、大丈夫です。全責任は私が取ります。それに、こうしなきゃいけないんですよね?ソウタさんの体に染みついた何かが、ずっと囁いてくるんです…」
シラノは俺の体で緊張に満ちた表情を浮かべた。全身から汗が滴るのをはっきりと感じる…
(シラノ……わかった…多分今回はお前の時のようにはいかないはずだ…だから、やってくれ)
「はい…!魔力全解放・終焉之氷!」
シラノがその氷の剣を振り下ろすと、氷は青と紫が混在するような幻想的な光を放ちながら天に昇るが如くミュインを下から突き上げた。そして訓練場の硬い鉄の天井を突き破り、軽く二十メートルは上がったかというところで氷は激しい爆音、爆風と共に砕け、闇夜の空からは美しい結晶と生臭い血が降り注いだ。終焉之氷の魔力がオーロラのように空を照らしている…氷の結晶は流星群のようだ。ならこの赤い雨は花火だとでも言うのか?何にせよ…
(汚ねえ花火だ…)
「それは…いいんですか?色々と…」
(…知らん)
そんなことを言っていると、突然視界が真っ白い光に包まれた。何事かと一瞬思ったが、まぁここまでくれば大方予想がつく。視界が晴れ、そこに見えたのはやはり、できればもう顔も見たくなかったあいつだった。
「…やあ」
「…やっぱりお前なのか…イシ」
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