迫り来る影
薄暗い訓練場の端にある目立たない部屋は、俺の部屋になっている。今日もいつものように訓練を終え、疲労と共に体をベッドに叩きつけた。目を瞑るとすぐに意識が遠のいていったが、遠のく意識の中にうっすらと聞こえてくる声があった。
「属性錬金付与、飛風槍!」
魔法の詠唱のようなものや、爆発音が実践室から微かに響いている。眠気などどうでも良くなった俺は、ゆっくりと腰を起こし、実践室へと向かった。
「…エルマ…まだ訓練を続けてたのか…?」
「…あ、ソウタ…起こしちゃったかしら…何でもないのよ。すぐにアタシも寝るわ」
不思議な色彩の瞳を持つ少女は、少し申し訳なさそうにしながらも堂々とした態度でこちらを見てから、また魔力人形の方へ体を向けた。首元や頬には汗が滴っている…これまでずっと訓練を続けていたのだろうか。
「…良いけど、あんまり無理したら駄目だぞ?…ふわぁ…流石に眠いな…んじゃ俺はそろそろ」
「…勝手にするといいわ。…今に見てなさい…あんたがそうやって悠長にしている間に、アタシはこの呪いを突破してやるんだから…」
エルマはそう言って再び魔力人形に魔法を繰り出し始めた。その音を聞いていると、俺はふと一ヶ月ほど前…初めてこの世界に来た時のことを思い出した。歓迎会の少し前、眠ってしまった俺をエルマが起こしてくれた時…エルマはとても優しい声をしていた。しかし今ならわかる…初対面の相手に、エルマはあんな風には接してくれない。
「…なあ…お前、ここ最近で自分の性格が変わったなーとか、感じないか?」
それを聞いたエルマは一瞬ぴたりと攻撃を止めたが、小さくため息を漏らしてからまたすぐに魔力人形に攻撃を始めた。
(…?…エルマ…やっぱりまだ何か…)
不可解に思う点はいくつもあったが、今ここで詮索しても恐らく何も出てこないだろう…静かに部屋に戻り、再びベッドに入ろうとした、その時だった。凄まじい轟音と共に訓練場の天井が破け、頭上からは月明かりと共に何本もの巨大なクリスタルのような構造物が顔を覗かせた。
「なっ…なんだ…!?エルマは…ミュインの姉貴は…!?ここは異空間とかじゃなかったのか!?」
「…ヤオトメ ソウタ…」
エルマやミュインの姉貴を探しに行こうと足を進めかけた時、突然頭上から落ち着いた若い男性の声が聞こえてきた。声がした方を見上げると、そこには赤い光が一つ怪しげに浮かんでいた。
「…!誰だ!?」
「私は【鋼の祭司】…ゲンマ=カリュプス=イローマ。プリナ嬢を殺したのは…貴様か?ヤオトメ ソウタ」
男はそう言って俺の前にゆっくりと降りてきた。黒いマントにフードを被っており、片目は前髪で隠れて見えない。
「…鋼の祭司…あんたも…祭司なのか」
「質問に答えろ。…貴様が、プリナ嬢を殺したのか?」
鋼の祭司、ゲンマはそう言って俺を睨みつける。…俺は本能的に感じ取っていた。この男は、すでに俺を殺す準備ができていると。
「…プリナ…?何のことだ…?確かに俺はプリナと面識があるし、最期の瞬間もそこにいた…でも殺したのは俺じゃない!」
「ならば誰が殺した…力の祭司が言っていた…お前がプリナ嬢を殺したのだと。かの祭司を否定する覚悟があるというのなら、この場で釈明して見せよ」
ゲンマは俺に詰め寄り、至近距離まで顔を寄せて睨みつけてきた。すごい圧…何も言えなくなってしまいそうだ。しかし俺は何もしていない…悪いのはイシだ。そう、俺が怯む理由など一つもない…【力の祭司】がどんな人物だろうと。
「…俺は殺してない…殺したのは、この世界の…」
「この世界の…?」
「…この世界の…意思だ」
俺がそう言うと、ゲンマは顔を遠ざけ、小さく笑みを浮かべながらケラケラと笑い始めた。
「ハハハハ…どんな言い訳をするかと思えばそのような戯言を…もっとマシな言い訳を考えるんだったな…もういい。やはり貴様は死刑だ!」
次の瞬間、ゲンマの足元に巨大な真紅の魔法陣が現れたかと思うと、その周囲からさまざまな色のクリスタルのような構造物が現れた。構造物は眩いばかりの光を放ち、今にも爆発しそうである。もうダメかと思ったその時、聞き覚えのある重厚な声が訓練場に響いた。
「あれ、ゲンマじゃないか!」
「…なっ!?」
その瞬間、クリスタルは発光を止めると共に、霧のように姿を消した。ゲンマはその声の方を見て、狐につままれたような顔をしている。
「…あれ?二人とも、知り合いなのか…?」
「…姉さん!?」
「…は?」
俺は目を丸くしてゲンマの方を見た。そしてすぐに今度は声がした方を見た。どれだけ目を凝らしてみてもそこにいるのは確かにミュインの姉貴だ。
「二人とも…え?ミュインの姉貴!これってどういう…」
「あー言ってなかったか?姉さん姉さんっていうけど、そこにいる厨二病は私のいとこだ。ちょっと変わったやつだけど、仲良くしてやってくれ」
「…はぁ…」
ミュインの姉貴はなぜ天井に風穴が空いていることについて言及しないのだろうか…こんなの当たり前といった顔つきでミュインの姉貴はゲンマの方へと歩み寄る。
「あーあ…またこんなに散らかして…この天井を修復するの、誰だと思ってるんだ?」
「ばっ、馬鹿にするな!私は祭司だ!上級官職だぞ!そこの男は、プリナ嬢を…!」
「はいはい。お前が祭司な訳無いだろ?早く家に帰れ」
ミュインの姉貴の態度は一貫していた。ゲンマが口答えする間も無く、嘲笑するようにして受け流す。そのうちゲンマも嫌気がさしてきたのか、何かワーワーと騒ぎながら天井から飛んで逃げていった。
「くそっ!今日のところはひとまず引いてやる…次に会ったときは姉さんとお前をまとめて私の石で擦り潰してやるからなっ!」
だんだんと遠ざかっていくゲンマの背中は何となく情けない…
「…何だったんだ?あいつ…」
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