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あの再会と別れが意味するもの

  灯りが全て消え去った夜、瓦礫の大地の空には昨夜のような淡い光の月が浮かんでいた。相変わらず俺を嘲笑うかのように見下ろしてきていやがる。軽く舌打ちをしながら、俺、そして俺の中のシラノは瓦礫だらけの道をたどって聖炎の宿に帰ろうとしていた。



 『あの…ソウタさん…宿に戻るのはいいんですけど…その、どう説明したらいいんでしょうか』



 そうシラノが不安そうな声色で話す。



 「大丈夫だ。何とかなる…あの人たちが、お前の魂に気付かないとは思えないし」



 そうしてしばらく歩き続けて、ようやく目の前に聖炎の宿が見えてきた。宿は何事もなかったかのように相変わらずの質素な佇まいで俺たちを出迎えている。俺が宿へ歩みを進めるごとにシラノが深呼吸する声が頭に響いてくる。



 「…シラノ…緊張してるのか?」


 『あ、いえ…ホド姉さんやルカネさんに会うのは五年ぶりですし、他のみんなに関しては実際に会ったことはないわけですから…」


 「つまり緊張してるんじゃないか…大丈夫だって。何とかなるさ」



 俺はシラノを宥めながら歩みを進めていき、ついにドアの前にたどり着いた。俺はドアにそっと触れ、一呼吸置いてからドアを叩いた。



 「…はい」



 しばらくしてから、掠れた声が奥から聞こえてきた。俺の記憶が正しければ、この声はルカ姉のものだ。かつての活力は完全に消え去り、枯れ木のように朽ち果てた気配だけが漂っている。


 ガチャリ…


 ドアが開いて出てきたのは、確かにルカ姉だった。だが髪はボサボサで、何となくやつれているような気もする。ルカ姉は光の籠っていない目で俺をじっと見た。



 「あ、えっと…お久しぶりです…」



 俺が挨拶をしようとしたその時、ルカ姉は突然目の色を変え、俺に殴りかかってきた。俺はそれを寸手のところで何とかかわし、拳を構えた。皮肉なことだが、イシから与えられた身体強化の力が所々役に立っている。



 「今更なんで戻ってきたの…?謝りにでも来たつもり?それとも逆ギレして殺しにでも来た?」


 「待ってくださいルカ姉…!違うんです…シラノは…!」


 「あたしは言い訳を聞きたいわけじゃないよ…?まあ、何を言われようと、君に構ってる余裕はないの。もう二度と顔を合わせないで良いようにどこか遠い国にでも行ってくれない?」



 明らかな憎悪の感情を感じる。これはつまり絶交ということだろう。やはり許されてはいなかったか…だがここで諦めて引く訳にはいかない。俺はルカ姉の元へ駆け寄った。



 「ルカ姉!せめて話だけでも聞いてくれませんか…!あの時シラノは…」 


 「うるさいっ!」



 ルカ姉は空中から巨大な槍を召喚して、俺を突き刺そうとした。当たれば即死だろうが、かわす余裕もないので防ぎ切ろうと覚悟を持って腕でガードしようとした時、宿の奥から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。


 「待って!」


 「…!ホド姉さん…」


 「…なんでよホド姉さん!こいつはシラノちゃんを殺したんだよ!?許せる訳ないでしょ!こんなやつ殺したって、バチは当たらないはずだよ!」


 「ルカネちゃんっ!!」



 ホド姉さんは今まで聞いたことも無いような怒号をあげると、ルカ姉を重力のような魔法で押さえつけ、動きを完全に封じてしまった。その力は凄まじく、宿の玄関の床が大きくひび割れてしまっている。



 (…ホド姉さん…?何なんだこの力は…)


 「この間言ったよね…憎しみから得られるものはさらなる憎しみだけだって。ソウタ君を殺したからって、シラノちゃんが帰ってくることはないの…そうしたらぶつける先が無くなった憎しみは、別のどこかへ向かってしまう…キリが無いんだよ…」


 「じゃあどうしろって言うの!?あたしの憎しみは…シラノちゃんの未練は…ずっと晴れないままでいいの!?」



 ルカ姉は声を荒げ、ホド姉さんの重力の中で必死にもがく。ホド姉さんはそんなルカ姉に近づくと、呼吸を整え、目線を合わせてからゆっくりと語りかけた。



 「あのね、ルカネちゃん…本当にシラノちゃんがいなくなったと思う?私にはわかるんだ…シラノちゃんは確かにまだいるって」



 ホド姉さんはそう言うと立ち上がり、俺の方を指差した。



 「ソウタ君の中に、ソウタ君の魔力じゃないもう一つの魔力を感じる…それに魂も…ねえソウタ君…そこにいるんでしょ?シラノちゃんが」


 「…どういうこと…シラノちゃんがいる…?うそ、そんなはずない…確かにシラノちゃんは…」


 「信じられないっていうならこっちに来てごらん?証明なんて簡単なんだから」



 ホド姉さんは魔法を解除し、ルカ姉を自由にすると、俺の方へ来るよう促した。ルカ姉は警戒しつつも、そっと俺の元へ歩みを進める。



 「…どう?ルカネちゃん。何か気づくことはない?」


 「…ソウタ君の中に?……!?これって…氷属性のタイプ・Ⅲ《トリア》!?ソウタ君にこんな魔力は宿ってなかったはず…つまり…」


 「…はい。俺の中には今二つの魂があります。一つは自分のもの…そしてもう一つは、シラノのものです」



 それを聞くと、ルカ姉は驚いた表情を浮かべ、息を詰まらせながらたじろぐようにして後ろに数歩下がった。



 「そんな…ほんとに、そこにいるの…?シラノちゃんは、まだ生きてるっていうの…?」


 「はい。確かにここにシラノはいます。今だって、シラノのやつ、緊張してずっと呼吸が荒いんですよ?」



 そうして俺はシラノと魂を入れ替わった。シラノは突然入れ替わったことに困惑している様子だったが、少し呼吸を整えてからルカ姉に話しかけた。



 「…ルカネさん…お久しぶりです…シラノです」


 「…!シラノちゃん!?シラノちゃんなの…!?」


 「はい…一応…」


 「…!シラノちゃーん!」



 シラノが恥ずかしそうに頬を赤らめると、ルカ姉はシラノもとい俺に激しく抱きついてきた。俺の体だからよかったもののシラノの体だったら骨の一、二本折っていてもおかしく無いだろう…



 「ちょ、ルカネさんっ…!強いです…!」


 「あー!シラノちゃんだよー!声がソウタ君だからなんか若干キモいけどシラノちゃんだよー!」



 どういう意味だよ…ルカ姉に若干殺意が湧いた。



 「っとそれはさておき…何でこうなったの?」



 ルカ姉はシラノに事の経緯を問いかけた。確かに、シラノはここにいる訳だが普通に考えてこの状況はあまりにも変だろう。



 「えっと、実はですね…」



 シラノはルカ姉とホド姉さんに、こうなってしまった経緯をかいつまんで説明した。シラノは呪いが残ったまま逃れられていたこと、そして昨日の夜俺とプリナがようやくシラノを助け出したということ…しかし最後に、プリナは「謎の影」に心臓を貫かれて死んでしまったと言いかけたところで、シラノは言葉が詰まってしまった。



 「…プリナさんは…」


 「待って、シラノちゃん…さっきから言ってるプリナって、あのプリナ…?シラノちゃんが逃げてたってことも気になるけど、そんなことより…」



 ルカ姉はプリナという名前が出てきた辺りから徐々に身構え始めていた。まるで災害の話でもしているようなテンションだ。一方ホド姉さんはというと、「プリナ」という言葉に若干目線が動いたものの、終始シラノとルカ姉の話に割って入るようなことは無く、沈黙を貫いていた。



 「えっと、どう言えばいいんでしょう…これはこんな場所で言っていいのかどうか…」



 シラノは続きを話すことに少し躊躇う様子を見せた。だがそんな時、ホド姉さんがようやく口を開いた。



 「…言っていいよ。大丈夫だからさ、言ってごらんよ」



 その言葉を聞いてシラノは恐る恐る事の顛末を話した。プリナは「謎の影」に心臓を貫かれて死んでしまったこと、俺とその「謎の影」には面識があること、そしてプリナの遺体は委ねられるべき人が持ち去っていったということ…それを聞いたルカ姉は取り乱した様子を見せてシラノもとい俺に迫ってきた。



 「…!何…それ…祭司がそんなあっさり殺される訳ないじゃん…!それに、ソウタ君とその…影?に面識があるってどういう事なの!?ねえ!?」


 「ルカネちゃん、一旦落ち着いて。…二人とも、今は多くを語る必要はないよ。その事実が本当なら、全世界を揺るがす大事件なんだから。…後のことは私に任せて。いい?二人は当面の間宿で大人しくしてること。じゃ、ルカネちゃん、あとは任せたから」



 ホド姉さんはルカ姉とは対照的に冷静だった。そして俺とシラノに外出禁止を指示すると、すぐに宿の奥へと消えていってしまった。残された俺たちとルカ姉は困惑していたが、ひとまずルカ姉の判断を仰ぐにした。



 「…ルカネさん…」


 (ルカ姉…)


 「…はぁ…ホド姉さんの言うことはいつも大体筋が通ってて、結果的にうまくいくことが多い…だから今回もホド姉さんを信じるしかないよ」



 そうして俺たちは拭えぬ疑念を残しつつも、宿の中に戻ることにした。…どこか、歴史が大きく動き始めそうな予感がする…


 一方その頃、ホド姉さんの自室にて



 「はぁ…どうしよ…ほんとに」



 ホド姉さんは自室の机に突っ伏して頭を抱えていた。しかししばらくすると体を起こし、机の引き出しから何かを取り出した。濃いオレンジ色の宝石をあしらった耳飾りだ。どこか引き込まれそうになるような気配を纏っている。



 「…ああは言ったけど、私なんかに何とかできるのかな…ねぇ、先生…私は()()に相応しいかな…」



 昇りかける朝日が耳飾りに反射し、その何とも言えない美しさを際立てている。ホド姉さんがその耳飾りを耳につけようとした時、突然部屋の窓を黒い鳥がつついて来た。口には手紙が咥えられている。 



 「…ふーん…早かったね…?」

 

 


ここまで読んでくださりありがとうございます。少しでも面白いと感じていただけたなら幸いです。

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