風の祭司はやはり風のようで
その黒い影は刃のような腕でプリナの心臓を貫いている。それが腕を引き抜くと、プリナは電池が切れたように地面に倒れ込んだ。プリナの体からは大量の血がボトボトとこぼれ落ち、目からは次第に光が消えていく。
「プリナ…!」
俺は感情に身を任せてプリナの元へ駆け寄った。俺がプリナを抱き上げると、プリナは虚ろな目をしながら、俺に何かを伝えようと手を伸ばしてきた。
「ソウタ…さん…」
「…なんだ…?」
「言っておかなきゃいかないことがあるんです…実はあの時、ソウタさんに『可愛い』って言われて、私すごく嬉しかったんです。これは私の出自が関係してるんですけど…ゲホっ…私、昔から人と対等に接せれる立場じゃなかったんで…ゲホっ!」
プリナは激しく咳き込む。次第に声も掠れていき、体からも温もりが消えていくのがわかる。
「…プリナ…」
「ソウタさんが私を知らなかったっていうのもあると思いますが…私、初めて人と対等な立場で話せて、とても嬉しかったんです…今回ばかりは、ソウタさんの学の無さに感謝ですね…はは」
こんな時に冗談を言っている場合か…プリナは震える体で必死に笑顔を作って見せる。だがもう限界が近いのは言うまでも無いだろう。
「私に関することが知りたいのなら、私の故郷にある『聖魔導教会』の総本山を尋ねてみてください…そこの大聖堂の助祭は私と旧知の仲ですから、これを見せれば何でも教えてくれるはずです」
そう言ってプリナはずっと身につけていたボロボロのマントを手渡してきた。結び目には緑色の宝石をあしらったブローチが印象的に輝いている。
「これ…いいのか…?」
「大事なものだからこそあなたに渡すんじゃ無いですか…これだけは必ず、何があっても教会に届けてください…ゲホっゲホっ!」
「…わかった…約束する…俺が絶対そこに届けてやるから」
「ほんと…頼みましたよ?…はぁ、はぁ…ソウタさん…短い間でしたけど、楽しかったですよ?」
プリナはそう言い残すと、ゆっくりと目を閉じた。最期の瞬間とは思えない程に幸せそうな顔をしている。
「…プリナ…?プリナ!待て、まだ逝かないでくれ…!そんな…まだお礼も言えてないのに…また俺は友達を…ん?また…?」
なぜだろうか、俺は自分の発言に違和感を感じた。また友達を…この言葉にどこか違和感を感じたのだ。ホド姉さんや、シラノの分身体を殺した時も確かに友達を失ったが、それとはまた別の感覚だ…まるで、何か大事なことを忘れているような…
「はあ…お別れは済んだかい?あんまり待つのは得意じゃ無いんだけど…」
イシが何食わぬ顔で俺に話しかけてくる。表情など見えないが、どうせ何食わぬ顔をしているに違いない。それどころかあくびをしているようにすら見える。
「…イシ…よく俺に話しかけられるよな……答えろ。なんでプリナを殺した!」
「あははっ、いい顔するね!まあそう怒らないでよ。これは君への罰さ。勝手なことしてくれちゃってさぁ?ボクがいつ殺さなくていいなんて言ったかな?困るんだよね…」
イシはまるで俺が悪いかのように責め立ててくる。あまりに身勝手な態度に俺は堪忍袋の尾が切れてしまいそうだった。
「じゃあまた時を戻せよ!ほら、あれだ!出来るんだろ!?」
「はぁ…君ってつくづく馬鹿らしいよね。ボクの力には制限があるんだよ。君のスキルの影響を受けてる人間を君自身が殺さないことには、プリンケプスは発動できない。…考えてみてごらん?ボクは世界の化身で、この世界は君から生まれたものだ。君の行動がボクのスキルのトリガーになっててもおかしくはないだろう?」
イシの言葉に、俺は言い返す言葉が見つからなかった。この化け物が好き放題するのを、指を咥えて見ているしか無かった。
「ほんとに…いい表情を見せてくれるよね、君は…でも、やっぱりこれじゃあ薄味で食った気がしないなー…んじゃ、今度は楽しみにしてるから」
「…!待て!今のどういう意味…」
俺は必死にイシを引き止めようとしたが、イシは虚空に消えるようにして去っていってしまった。どこに消えたのか、どこを追えばいいのかも分からず、後には弱々しく伸ばす俺の手だけが残った。…それにしても、イシがしれっと言っていた「食った気がしない」とは、一体何を食った感想なのだろうか。そして俺が俺の発言に対して感じた違和感の正体…いずれにせよその答えはイシが握っているに違いないだろう。
「くそっ…!何なんだよあいつは…そもそも世界の化身とか意味わかんねぇし…はぁ、もういいや…俺、これからどうするべきなんだろうな…」
『まずはプリナさんを埋葬してあげるところからじゃないですか?』
途方に暮れる俺の頭の中に、シラノの声が響いてきた。確かにそうだ。シラノの言う通り、友人であり恩人であるプリナを埋葬してやらなければいけない。そう思ってプリナの方を振り返ると、またも予想だにしていなかったことが起きていた。プリナの姿がないのだ。
「…!どうなってんだ!?確かにさっきまでそこに…!」
『ソウタさん、慌てる必要はないです。彼女は祭司ですから…きっと委ねられるべき人の手で埋葬されたんですよ』
シラノはさぞ当然かのような口調でそう言う。さっきまでそこにあったはずの遺体が突然無くなっているのだから普通は多少なりとも取り乱すであろうに、まるでシラノにはそう言えるだけの確信が元から備わっているかのようだ。
「それって、どういうことなんだ…?祭司って一体…」
『それは私から言うべきではありません。今私が言えるのは、プリナさんは【風の祭司】だと言うことだけ…多くの人にとって、プリナさんのような人間のことを語るのは恐れ多いことなので。そんなことより、今はそのマント…いえ、正確にはブローチを大聖堂に届けるのが先だと思います』
シラノはやけに真剣な口調で俺に助言をしてくる。あまりに熱心に言うので、俺は次の目的地をプリナの故郷であり、聖魔導教会総本山のあるアイマ王国に定めることにした。…だが、その前に俺にはやるべきことがある。
「その前に、シラノ。帰ろう…俺たちの家へ…」
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