死兆の先に見えるもの
「…シラノ…必ず、助けてやるからな!」
俺がそういうと、シラノはなぜか悲しそうな目でこちらを見つめてきた。これから助かるかもしれないというのに、シラノは全く嬉しそうな表情は浮かべていない。俺はそんなシラノに少し鳥肌が立った。
「…ソウタお兄ちゃん…なんで、私を愛してくれないんですか…?」
「は?…あっ、愛してる!妹を、愛さない兄なんていないはずだ!」
「じゃあ…」
シラノは俺の顔元にぐっと顔を寄せてから俺の手を掴み、そのまま手に何かを掴ませた。球状の、硬く冷たい何か…
「…!これって…」
「アルマ・アニマ…知ってますよね。私もあの時、お兄ちゃんたちと一緒に骨董品屋にいましたから、お兄ちゃんがこれに強い興味を持っていたこともわかります。…お兄ちゃん、これのもう一つの使い方、知ってますか?アルマ・アニマは魂に眠る魔力から鎧を作るアーティファクトですが、魂と直接融合するとどうなるでしょう…」
シラノは不適な笑みを浮かべ、俺の手に握られたアルマ・アニマを自分の胸へと押し当てる。
「…何をするつもりだ…!」
「あははっ!簡単です!火に近づきすぎると火傷するように、魂はアルマ・アニマの圧倒的な魔力に完全に飲み込まれ、永遠の眠りにつきます…お兄ちゃんが私を殴るのは、醜い姿の私が見たいからなんですよね…?お兄ちゃんのためなら、私は魂さえもアーティファクトに捧げます!」
「…!やめろ…!そんなことさせてたまるか…!」
俺は手を引こうとしたが、もう遅すぎた。シラノは体の中にアルマ・アニマを埋め込んだ。その瞬間、シラノの体から真紅の雷光が迸り、周囲に凄まじい轟音と共に爆風が巻き起こった。部屋は完全に崩壊し、周囲の建物も次々と崩れていく。俺はそれと同時に強く吹き飛ばされたが、建物の瓦礫に爆風が遮られたおかげで大事には至らず、すぐに起き上がることが出来た。そして周囲を見渡してみると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。街は瓦礫に溢れており、綺麗なくらいの更地と化していた。逃げ惑う人々の悲鳴や泣き声があちこちから聞こえてくる。
「ぐわぁ!…この状況で俺が生きていることは奇跡なくらいだけど…くそっ、プリナは…!」
遠くの瓦礫の山を見ると、その一角に未だ寝ているプリナの姿があった。ただでさえボロボロだったマントがさらにボロボロになっているように伺える。
「プリナ!」
俺は急いでプリナの元へと駆け寄った。少し怪我はしているようだが、死んではいない。ぐっすりと眠っている。俺はそれに安心するとともに、シラノに強い警戒心を抱きながら背後を振り返った。そこには眩しく赤い光を放つ何かが、どこか禍々しい雰囲気を放ちながら立っていた。…本当にあれがシラノなのだろうか…いや、あれをシラノと呼ぶのは無理がある気がする。強いて言うならばあれは、囚われた魂の成れの果てといったところだろうか…
「シラノ…!くそっ…どうなってやがる…シラノは死ぬんじゃ無かったのか…!?」
「…なんとなく…理由はわかります…ソウタさん…」
背後から掠れた声が聞こえてきた。プリナだ。どういうわけかプリナが目を覚ましたのだ。プリナはゆっくりと腰を上げ、ズボンについた土埃を払いながら俺の横に立った。
「プリナ…!?お前…なんで…!?」
「私にあの程度の魔法が通用すると思ったら大間違いです!眠ったふりをして実はずっと起きていたんですよ?」
プリナは自信満々な顔をして俺にドヤる。シラノの魔法がプリナに効いていなかったのはすごいと思うが、全部見てたんなら少しくらい助けてくれても良かったのではという気持ちの方が強いかもしれない。
「…まぁいいか…それで、理由って?」
「私、あの部屋でシラノさんのことをずっと観察してたんです。そしたら、シラノさんの魂に不純な魔力が混ざっているような気がして…その不純物があったから、アルマ・アニマはそれを呼び覚増してしまったんじゃないかって…」
プリナの言いたいことはなんとなくわかる。アルマ・アニマは魂に干渉できるアーティファクトだ。魂に眠る魔力を練り上げることで、魔力の鎧を形成することができる。その力がシラノの魂にある不純な魔力に干渉したのなら、その不純な魔力が体外に現れても不思議ではない。しかしシラノいわく、その力に触れすぎると魂が耐えきれなくなり、崩壊してしまうとのことだった。つまりプリナのいうことが正しいのなら、シラノの魂に混ざっている不純物はアルマ・アニマの強大な魔力にも耐えうるほど強い魔力だということになる…
「それじゃあ…その不純な魔力って…もしかして…!」
「はい。…一概にそうとは言えませんけど、シラノさんが呪われていた時の名残が何らかの形で残っていた可能性があります」
「つまりあれが…五年前騎士団をほぼ壊滅させたシラノの暴走体ってことか…」
暴走体は依然として動きを見せない。ただ遠くを見るように立ち尽くしたままである。人の形をしているが、もはや人とも魔物とも区別できない化け物になってしまったシラノを、これからどう助けるというのか…答えは単純だろう。
「…プリナ…やるしか、無いってことだ」
「本気ですかソウタさん!?聞いた感じ、とんでもなくやばいような気がするんですけど!?」
プリナは頭に両手を当てて、少し後ろに下がるような様子を見せた。だが今更だ。ここまで来た以上最後までとことん付き合ってもらうことにしよう。
「やるしか無いんだよ。…プリナ、ラストスパートだ。よろしく頼むぞ!」
「うう……ああ、もう!どうなっても知りませんからね!?私がバフをかけるので、ソウタさんは囮になってください。その隙に私が特大の魔法をバンバンぶち込んでいきますから!」
そう言ってプリナは空中から大きな魔法の杖を取り出し、詠唱と共に俺に魔法をかけた。
「…大いなる風の神よ…かの者に祝福を与えたまえ…『カプト・ヴェントス』!」
魔法がかけられた瞬間、俺の身体中に凄まじい力が湧いてくるような気がした。まるでこの場所の空気と一体になったかのような感覚だ。
「…なるほど?わかった…!んじゃ、あと頼んだぞ!」
俺は暴走体に向かって一直線に駆け抜けた。体が尋常で無いほどに軽い。風そのものになったかのようだ。そして俺が暴走体のすぐ目の前まで来たところで、暴走体はようやく動きを見せた。ゆっくりとこちらを見ると、手のひらを突き出し、そこから何本にも分かれた稲妻を発生させ攻撃してきた。俺は稲妻の隙間を掻い潜るようにして避けていくが、その隙間を縫うように暴走体は次々と稲妻を繰り出してくる。
「くそっ…キリがねぇ…プリナ!まだか!?」
「はい!もう少し隙を作ってもらえたらいけます!えっと、そうだ!飛んでください!上にジャンプです!」
襲いかかる稲妻を何とか掻い潜り、俺はプリナに言われた通りに上空高くへと飛び上がった。すると暴走体はそれを追うようにして飛び上がり、俺に雷のエネルギー弾のようなものを投げつけようとした。咄嗟に身をよじって回避しようとした時、遠くからプリナの詠唱が、虫の音のような音だが確かに俺の耳に届いてきた。
「…今です!黒き嵐よ…天より降臨し、邪を穿て!『ハスタ・テンペスト』!」
その瞬間、俺の顔面すれすれを通るようにして、巨大な風の槍が暴走体を穿ち、地面に叩き落とした。周囲には凄まじい爆風と砂煙が巻き起こる。この一撃をまともに受けたのなら、さすがの暴走体も無事では済まないだろう。
「…やったか…?……待て、これフラグってやつ…!」
俺の直感は正しかった。砂煙が突然吹き飛ばされたかと思うと、その向こうから電光石火の勢いで暴走体が、雷の剣を構えて俺の元へ突進してきた。それは赤い稲妻を纏っており、周囲の全てを砕き散らしてしまいそうな異質な威圧感を放っている。そしてその刃は今まさに、俺の体を貫こうとしていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。少しでも面白いと感じていただけたなら幸いです。
いいね等で応援していただけたらさらに頑張れます!