義妹との語り合い、その拳はイシをも砕く
日が傾き始めた昼下がり、俺とプリナはシラノの居場所に出来るだけ早く辿り着くべく、マジカルトラッカーに従い歩みを早めていた。マジカルトラッカーは確かに正確だ。シラノの魔力である、「タイプ・Ⅲ《トリア》」を持つものの場所に確実に辿り着くことができている。しかし、これまで何ヶ所も辿り着いたが、その全てがシラノとは無関係であった。野良猫に始まり、時には果物屋のおばちゃんだったり、肉屋のゴミ捨て場にたかっていたハエだったり…挙げ句の果てには街角のパブの看板と、もはや生き物ですらないものまであった。途中、プリナは得意の魔法だという「人格分離《ペルソナ:リベル》」によって四人ほどに分身し、その力を使ってあちこち探し回ったりもしたが、極端な性格をしている分身体が言うことを聞かなかったり、そもそもその程度の分身では焼け石に水だったりで、俺たちが途方に暮れるには十分すぎる理由だった。そんな感じで走り回っているうちに、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
「…結局見つかりませんでしたね…」
「ああ…まさか、本当に同じ魔力を持ってるもの全部が対象だとは思ってなかった…ていうか、あの看板はどうなってんのさ!?なんであれに魔力が宿ってたんだよ!?」
「あー、あの看板ですか…見た感じ、魔性花をすり潰して作った染料で文字が書かれてたようでした…そんなものまで対象だとは…これは別の作戦に出た方がいいかもですね…」
「そうだな…とりあえず今日も宿に…って、あれ?マジカルトラッカーが…」
俺は新しい宿を探そうと、プリナに例の地図を出すように頼もうとした。しかしその時、手元のマジカルトラッカーが、今までに無いほどに強く赤い光を放ち始めた。それにマジカルトラッカーはさっき立てた状態に戻したはずなのにも関わらず、一人でに再び折れ曲がった状態になっている。
「…!プリナ!?これは一体…」
「強い共鳴反応…こんなの私でも見たことない…これってもしかして…同一個体が近くにいるってこと…?ソウタさん!マジカルトラッカーに従ってください!急がないと反応が消えてしまうかもです!」
今まで俺の方が先急いで行動していたのが嘘のように、プリナは俺の背中を叩きながら急かしてくる。…この先に本当にシラノがいるのだろうか…改めてシラノと対峙した時、俺はどんな顔をして彼女に会えばいいのだろうか…俺は固唾を飲んでマジカルトラッカーが示す先へと足を運んだ。
しばらく歩き続けて、小さな路地に入った時、マジカルトラッカーは突然さらに強い光を放ち始めた。そして辺りが鮮やかな赤色に包まれ、俺の目が眩み始めたところで、マジカルトラッカーは大きな音と共についに砕け散ってしまった。
「うわ!…砕けた…!?これってつまり…」
前方を見てみると、そこにはこぢんまりとした雰囲気を醸し出す質素な木製のドアが一つ、俺たちを待ち構えていたかのように壁についていた。
「…ソウタさん…いよいよですよ」
「…ああ、迷子の妹を迎えに行く時だ…!」
俺は勢いよくドアを開け、プリナと共に薄暗い部屋の中へと足を踏み入れた。
部屋の中は思っていたよりもずっと広かった。あの壁の向こうにこんなスペースがあるようには見えなかったが…これも魔法の一種だろうか。部屋の中には多種多様なアーティファクトが所狭しと並べられていた。聖炎の宿のシラノの部屋にあったものの数倍…もしかするとあの骨董品屋よりも数が多いのではなかろうか…圧巻の光景に息を呑んでいると、俺の背後から突然幼なげな声が聞こえてきた。
「いらっしゃい、ソウタお兄ちゃん…」
「…!シラノ…!?」
気配がしなかった。一切の空気の揺れも感じられないような動きで俺の背後に近づいてきていた。プリナは気が付かなかったのだろうか…そう思い横にいるはずのプリナの方を向くと、プリナは人形のように固まったまま床に倒れ込んでいた。
「プリナ…!シラノ…プリナに何を!?」
「安心してください。この人にはちょっと眠ってもらってるだけですから…」
シラノは相変わらずの純粋な目で俺を見る。プリナの体を確認してみたが、確かに外傷はなく、眠っているだけのようだった。
「…で、プリナを眠らせたのはなんでだ。こんなことする必要あったのか?」
「え?だって…私とお兄ちゃんの愛の間に、他の女はいらないですよね?でも殺すとお兄ちゃんが怒るだろうから、とりあえず眠ってもらったんです…そう、永遠に」
「…!シラノ!……お前、やっぱりまだ暴走が解けてなかったんだな…」
そう言うとシラノは不思議そうな表情を浮かべたが、己の愛を盲目的に信じているような口ぶりで再び狂気的な笑みを浮かベて話を進めた。
「え?暴走って、なんのことですか…?私の愛のことなら、解けるはずないじゃないですか。この間、後少しのところでルカネさんに邪魔されたので、とりあえず暴走していたということにして後でゆっくりとお兄ちゃんと愛し合おうと思ってたのに…びっくりしちゃいました…お兄ちゃん、容赦なく私の首を切り落とすんですもん…でもあれもお兄ちゃんの愛なんですよね?わかりますよ?好きなものほど傷つけたくなりますよね?…私は構いません…さあ、たくさんお兄ちゃんの愛をください!」
シラノは両手を広げると、いくらでも攻撃してくれと言わんばかりに満面の笑みを浮かべて俺の元へゆっくりと歩み寄ってきた。…ここで殺してしまうのか?いや、今度こそ殺すわけにはいかない…きっと他に何か方法が…
『殺して』
…まただ…俺が他の方法を探そうとするたび、イシの声が頭の中に響いてくる。頭の中を掻き回すようにしつこく、何度も、「殺して」と囁いてくるのだ。
(…だめだ…俺はもう…この子を…!)
『殺さなければ誰も救えない…』
(…殺さなければ…誰も救えない…)
俺の意識はここで途絶えた。それからはいつもの如くシラノの顔面をこれでもかというほど殴り続けた。しかし、実に不気味である。こんな状況下にあるというのに、シラノは血だらけになった顔でにこやかに笑みを浮かべているのだ。
「えへへへ…ソウタお兄ちゃんの愛…私は今、全力でそれを感じ取っています…もっとください、もっと…」
シラノはなぜか殴打を懇願して、俺に手を伸ばしてくる。俺はそんなシラノに容赦なく拳を振り下ろし続けた。何度も何度も、馬乗りになりながら一方的に殴り続けた。シラノから表情がなくなるまで…
「……」
「はぁ…はぁ…最高です…私、このまま天に召されてもいいくらいです…さぁ、最後までしましょう…お兄ちゃんの愛を、存分にください…!」
シラノは目を瞑り、穏やかな顔持ちで自身の全てを俺に委ねてきた。俺は拳を振り上げ、すでに原型を留めていない少女の顔にとどめの一撃を与えようとした。しかし、どういう偶然か、俺の理性がそれだけはさせなかった。拳がシラノの顔に触れる直前で、俺の拳はぴたりと止まったのだ。
(…だめ…だ…これ以上は…!)
「…?なんで…ソウタお兄ちゃん…?なんで最後までやってくれないんですか…?ほら、あなたのシラノはここで待ってますよ?」
…手元が震える。イシの力に体が支配されて、今にもシラノを再び殴り始めてしまいそうだ。しかしここで負けるわけにはいかないのだ。俺はこの少女を必ず助け出すと決めた…世界の意思だろうがなんだろうが関係ない。
「…!俺は…諦めない…!…シラノ…俺が絶対、助けてやるからな…!」
俺は全力でイシの束縛を振り切り、自分の理性を取り戻した。世界の意思とはいえ、俺の中から生まれたものだ。そんなものに体の自由を奪われてたまるものか。
『…驚いたね…君がボクの洗脳を振り切るだなんて…でもそれからどうするのかな?いつも行ってるはずだ。殺さなければ誰も救えないと』
忌々しい少女の声が頭の中に鬱陶しく響いてくる。だが俺はそんなものは気にしないと決めた。
(…俺は、俺のやり方でシラノを救ってみせる…!)
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